会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【14】独占欲とときめき

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 見事な変身を遂げた菜乃を、五十嵐は何となく背中に隠しながら、手を繋いだまま予約席まで連れてきた。

「お、ようやく主役が到着したな。――え? 後ろにいるのってもしかして小森さん? 」

 五十嵐の登場に、真っ先に声を掛けた田丸だったが、五十嵐の背中に隠れていた菜乃の存在に気が付くと、驚きの声を上げた。

「は、はい。すみません、遅れてしまって……」

 五十嵐の背中から申し訳無さそうに菜乃がおずおずと顔を出す。

「え、小森さん!?  やだ、凄い可愛い! 別人みたい!」

 菜乃の姿を目にしたデザイン部の女子達が一斉に騒ぎ立てる。そんな中、小早川だけは一人その場でにっこりと満足そうに微笑んでいた。

 皆の注目を一身に浴びた菜乃は、どうしたら良いのか分からず、真っ赤な顔で助けを求めるように五十嵐の背中の服をギュッと握り締めた。

 (――たく、仕方ねぇな)

「ほら! もう飲み放題の時間始まってるから、皆じゃんじゃん注文し始めないと! 」

 菜乃のいじらしさに胸を打たれた五十嵐が、皆の気を菜乃から反らすよう、助け舟を出した。

「え、そっか! じゃあ、私生ビールで! 」
「手っ取り早く全員生で良くね? 」

 五十嵐の目論見通り、皆の意識が菜乃からメニュー表へと移る。
 菜乃はホッと小さく息を吐くと、助けてくれた五十嵐に向かって、困ったようにへらりと小さく微笑んだ。

 (何だよ。なんでいちいちそんな可愛い反応するんだよ――)

 生まれたての雛のように自分に縋る菜乃に、先程から五十嵐の調子は狂いっぱなしだった。
 いつものように馬鹿にすることも、放って置くことも出来ず、五十嵐は内心途方に暮れた。

 (あー、もう。ほんっとにこいつって……! )

 五十嵐はそのまま空いている席に菜乃を引っ張っていくと、自分もさりげなく菜乃の隣に腰を下ろした。

「んじゃ、生10でいいかな。……と、お前酒飲めるのか? 」

 五十嵐がタブレットを手に取り、注文しようとした直前、はたと菜乃がこの間の飲み会でノンアルを飲んでいたことを思い出した。

「は、はい。大丈夫です」

 本当はあまりお酒には強くない菜乃だったが、流石にこの雰囲気の中、一人だけノンアルを注文するのは場を白けさせてしまいそうで、菜乃は笑顔を浮かべると大丈夫そうな素振りをした。

「……ふーん」
「さ、さぁ、何食べようかな。お腹空きましたね……はは」

 胡散臭そうに菜乃をじっと見る五十嵐の視線から逃れるように、菜乃はメニュー表を見る振りをして顔を隠した。


 * * *


 皆の手元に生ビールが渡ると、飲み会の代表として菜乃が乾杯の音頭を取ることになった。

「え、え~と。今回はその、この前の飲み会の仕切り直しと言うことで……。皆さん、楽しんでください。乾杯」
「「かんぱーい!!」」

 挨拶を何とか無事に終わらせた菜乃は、緊張で火照った顔を手でパタパタと仰いだ。

「おい――」
「ひゃっ! 」

 ピトリと菜乃の右手に冷たいグラスが当てられて、反射的に菜乃は短い悲鳴を上げた。

「ちょっ……! 五十嵐さん、冷たいじゃないですか! 」
「暑そうだったから冷やしてやったんだけど。それより、ほら」

 抗議する菜乃をしれっと交わし、五十嵐が菜乃の目の前に自分のグラスを掲げる。

「あ……」

 その意味を理解した菜乃は、慌ててテーブルに置いたグラスを手に持つと、遠慮がちに五十嵐のグラスにチン、と自分のグラスを合わせて乾杯した。

「お疲れ様」

 五十嵐は菜乃に労いの言葉を掛けると、ぐいっと一気にビールをあおった。

「お疲れ様です……」

 菜乃もこくりと一口だけビールを口に含んだ。

「「…………」」

 二人の間に奇妙な間が訪れる。

「……あの、さっき。皆から注目されて困ってた時、助けてくれてありがとうございます」

 おずおずと菜乃がビールを両手で持ちながら、五十嵐に先程のお礼を述べた。

「――別に。助けたつもりなんかないし……」
「でも、結果的には助かりましたので。五十嵐さんに助けて貰うなんて何か変な感じですけど」

 ふふ、と菜乃が小さく笑う。

 (やば……)

 再び五十嵐の心臓がギュッと掴まれたように苦しくなる。
 菜乃と出会ってから彼女の困ったような顔や怒った顔は散々見てきたが、自分に対して笑顔を見せたのはこれが初めてのことだった。

 (なんでこいつ、さっきからこんなに――)

『二週間後の飲み会で、私がこの服を着た時、少しでも可愛いと思ったら今言ったこと訂正して、私に謝って下さいね』

 (――可愛いなんて、今日のこいつを見た時からずっと思っているよ)

 五十嵐は先程からずっと菜乃から目が離せない自分に気が付いていた。


 二週間振りに会って、確かに見た目が変わったことも大きい。
 だが、それよりも菜乃のアパートに行くことを禁じられていたこの二週間が、五十嵐には何よりも辛かった。
 やっと見つけた安住の場所。
 孤独な夜はかつての女を思い出し、古傷が疼いて眠れない日々が続いた。
 酒を飲むと女を抱きたくなるから、この二週間は頑張って酒を絶った。

 二週間振りに会う菜乃は、確かに見た目は変わったが、それでも彼女と関わる中で感じた――まるでお日様のような温かさは、最初からずっと変わらずに彼女の中に残っていた。

 多分、菜乃が今迄のように地味で冴えない太った姿のまま今日を迎えたとしても、五十嵐は彼女を見たらホッとするような気持ちになっただろうと思った。

 それは決して恋愛対象としてではないとしても。

 五十嵐は既に彼女を――安住の場所を手放す気はなかった。

「なぁ――」

 五十嵐が観念したように、菜乃にいつかの発言を謝ろうと口を開いたその時だった。

「おーい、五十嵐! 食べる物注文するからタブレット貸して! 」

 奥の席の田丸が、タブレットを持ったままの五十嵐に焦れて声を掛けてきた。

 大事な所で邪魔が入って、思わず五十嵐は「チッ」と小さく舌打ちした。

「――ん、これ持って」
「え? あ、は、はい!」

 五十嵐はタブレットを菜乃に手渡すと、田丸に向かって声を張り上げた。

「おい、お前ら。こっちで全部注文するから、欲しいの片っ端から言えよ! 」
「お。じゃあ、唐揚げ三つとたこわさ二つで」
「私は半熟玉子のポテサラ一つ」
「あ、じゃあ、だし巻き玉子一つ」

 五十嵐の一言で皆が次々に料理の注文を挙げていく。

「唐揚げ三つとたこわさ二つ――」
「は、はい! 」

 注文を確認しながら五十嵐は隣の菜乃にメニューを伝える。
 焦りながら必死でタブレットを打つ菜乃の姿に、また愛しさが込み上げる。

 (俺、マジで変だわ――)

 恋愛対象外だと思っていた菜乃に、こんなにも心が揺さぶられている事実に、五十嵐は戸惑いを隠せずに、困ったように額を押さえて、深く息を吐いた。


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