会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【17】理性の崩壊

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 終電がくると、二人は壁際の奥の二人席へと隣り合って腰を降ろした。

 ガタンゴトン、と電車の動き始める音に、菜乃は一気に眠気を催した。

 最初の一杯をちびりちびりと飲んで、後はこっそりとノンアルを頼んでいた菜乃であったが、飲み慣れないアルコールは、たった一杯でも菜乃を十分に酔わせた。

 菜乃のアパートまで二駅。
 菜乃は眠い目を頑張って閉じないように、小さく首を振った。

「眠たいなら少し寝てろよ。着いたら起こすから」

 隣に座る五十嵐からぶっきらぼうだが、気遣うような声が、菜乃に掛けられる。

「あ、でも、すぐ着くし。大丈夫です」
「いいから――」
「あ、……」

 遠慮する菜乃に焦れた五十嵐は、菜乃の背中から手を回すと、そのまま強引に菜乃の頭を自分の肩へと傾けた。

「寝てろ」
「こ、こんなの余計に寝れませんって……」

 まるで恋人同士のような光景に、恥ずかしさに身じろぐ菜乃だったが、五十嵐の手はびくともしない。

「うー……」

 菜乃が弱々しい声を漏らす。

「無駄だ。諦めて寝ろ」
「もう、なんですかそれ……」

 五十嵐の一方的な命令に、菜乃は抗議の声を上げるが、その目は既にとろんと半分閉じかけていた。
 幸い菜乃達の席は、壁際で電車の入り口から背を向ける形の席だ。
 どうせ誰にも見られていないなら……

 そう自分を納得させると、菜乃は観念したように五十嵐の肩でそっと目を閉じた。


 * * *


 ガタンゴトン、と電車に揺られる音と共に、自分の肩で静かな寝息を立てて眠る菜乃を、五十嵐は起こさないよう、そっと覗き込む。

 酔ってほんのりと赤く染まった頬。

 自分の肩で安心したように眠る菜乃に、五十嵐は再び胸がキュッと締め付けられた。

 (――可愛いな)

 眠って無防備になっている菜乃の手に、そっと自分の手を重ねる。

 このまま菜乃のアパートに着いたら、菜乃を子犬を愛でるように、全力でわしゃわしゃしたい衝動に駆られる。

 (多分絶対引かれるし、怒るだろうが)

 手を出さないことを条件に、五十嵐は菜乃のアパートに泊まることを許されている。

 別に菜乃を抱きたいと思っている訳ではない。
 恋愛することと可愛いと思うことは別だ、と五十嵐は自分の心に必死に言い聞かせた。

 菜乃を女として見たら、きっと安住の場所を失ってしまう。
 男女の関係になってしまえば、きっと晶と比べてしまう。
 菜乃に対して失望感を抱いてしまう。

 五十嵐はそれが怖くて自分の芽生え始めた感情に、必死で蓋をした。


 * * *

「おい、着いたぞ。起きろ」
「ふ、ふぁい! 」

 五十嵐の呼び掛けに、パチッと菜乃は眠い目を無理矢理こじ開けた。

 寝起きでふらつく菜乃の手を握り、五十嵐が電車から降りていく。
 そのまま駅前でタクシーを拾うと、菜乃のアパート迄の行き先をタクシー運転手へと告げた。


「あの、もう眠気覚めたので手、大丈夫です」

 タクシーの中でも、ずっと菜乃の手を握って離さない五十嵐に、菜乃は遠慮がちに声をかけた。

「……ああ、そっか」

 外の景色を見るように、菜乃から視線を背けている五十嵐が、気のない声で答える。
 手は依然として繋がれたまま。

「もう大丈夫ですよ? 」
「ああ……」

 菜乃がもう一度、畳み掛けるように声を掛けるが、五十嵐は素っ気ない言葉を返すだけだ。
 そんな五十嵐の態度に、菜乃は戸惑いの表情を浮かべた。

 (――なんで、ずっと手を握ってるんだろう)

 お酒が回っていつものように人肌が恋しいのだろか、と菜乃は五十嵐の心情を分析し始めた。
 菜乃には一切欲情しないと、以前にはっきりと言われている。
 女心としては複雑だが、手を出されても困るので、それに関してはそっちの方がありがたい。

 タクシーがアパート付近にやって来ると、ふと、菜乃は大事なことを思い出した。

『二週間後の飲み会で、私がこの服を着た時、少しでも可愛いと思ったら今言ったこと訂正して、私に謝って下さいね』

 (そうだ。五十嵐さんに、あの時の件を謝ってもらわなくては。そうじゃなければ、私のアパートには上げないって言ったんだし……)

「五十嵐さん、アパートに着く前に答えて下さい」

     そう言って、菜乃は話を切り出した。

「なんだよ、さっきから」

      鬱陶しそうに、五十嵐がチラリと菜乃に視線を向ける。    
      菜乃は一度小さく息を吐くと、意を決して五十嵐に真意を問いただした。

「私のこの格好見て、どう思いましたか? あの時の約束通り、少しでも可愛いと思ったなら、私とこの服を馬鹿にしたことを謝って下さい」

 菜乃の言葉に五十嵐がじっと静かに菜乃を見つめる。

 (な、何言われても傷付かないから――)

 辛辣な言葉を放つ五十嵐を予想し、菜乃は反射的に身構えた。

 だが菜乃の予想とは違い、五十嵐は何とも複雑そうな表情を浮かべたまま、どう言おうかと、思案しているようだった。

「――あの、そんなに言いにくそうにされると、非常に私も傷付くと言うか……」

 五十嵐が”夜、気楽で気兼ねなく泊まれるから“という理由で、菜乃のアパートに泊まりたいことは知っている。
 だったら五十嵐は菜乃に謝るしかないのだ。
    嘘だとしても表面上謝るだけで事は済むのだ。
 だけど、それを素直に口に出せないと言うことは、心の底から菜乃を可愛いと思えなくて、嘘でも謝る気が起きないと言うことなのだろう。

 菜乃は、今夜の飲み会での五十嵐の態度から、もしかしたら五十嵐も変身した菜乃を少しは可愛いと思ってくれているのかも、と感じていた。
    だけど、それは自分の勝手な思い込みだったと気付く。

「はは……。やっぱり、私なんかが少し痩せて、お洒落をしたところで、五十嵐さんには、ちっとも響かなかったってことですよね」

『どうせ、何着たってお前は子ブタのまんまだよ』

 五十嵐の言葉が脳内にフラッシュバックし、再び菜乃の心を傷付ける。

「私は、何を着たって子ブタのまんま……」

 そう呟いた菜乃の目から、ポロリと一粒涙が溢れた。

「――なっ!? ちょっ、おい! 」

 五十嵐は目の前でポロポロと涙を流す菜乃を目にし、激しく動揺した。

「お客さん、着きました」
「あ、降ります! ――ほら、行くぞ! 」

 目的のアパートに到着すると、五十嵐は泣いている菜乃の手を引いて、慌ててタクシーから降りた。

 タクシーが去り、その場に二人残される。

 菜乃は堰を切ったようにグスグスと泣き出した。

 (――こいつ)

 菜乃にしては少し様子がおかしい。
    五十嵐のなかである答えが導き出された。

 (泣き上戸か……? )

 菜乃がアルコールに弱そうなことは何となく最初から分かっていた。
 飲み会で最初の一杯こそ、皆に合わせてビールを飲んでいた菜乃だったが、二杯目からこっそりノンアルに変えていたことを、五十嵐は気付いていた。

 先程も酔って電車で眠るなど、未だに酔いが回っているに違いない。

「どうせ、私はブタですよ! 飛べないただのブタですよ! 」

 段々主張がおかしい方向へと変わってきている。

 (今度は絡みだした……)

 外で騒ぎ出されても困る。

「とにかく中に入ろう」

 五十嵐は目の前の酔っぱらいを宥めるように、努めて優しい声を掛けた。

「駄目です! 私のことを『可愛い』って言って、『この間はすまなかった』って謝ってくれなきゃアパートには絶対入れません! 」
「おい、声でかっ……! 」

 いよいよ荒れてきた菜乃に五十嵐は面倒臭いと思いつつ、腹を決めた。

「悪かったよ。この間は言い過ぎた。……これでいいか? 」

 不本意ながら五十嵐がようやく謝罪の言葉を口にした。

「駄目です! 全然感情が込もっていません!やり直し!  」
「この野郎……、調子に乗りやがって」

 五十嵐の謝罪をダメ出しする菜乃に、五十嵐のこめかみにぴしりと青筋が立つ。

「私のこと少しも可愛いって思いませんでしたか? だったらなんで飲み会の時、いつもより優しかったんですか? 」

 ぎゅっと菜乃が握られている手に力を込める。

「私は、すごく嬉しかったのに……」

 酔っ払って上気した顔で、菜乃が五十嵐を見つめる。
 先程泣いて目元に貯まっていた泪の名残が、もう一度ポロリと菜乃の頬をつたい落ちた。
 その扇情的な表情に。
 五十嵐の感情を煽るような言葉に。

 プツリ、と。
    五十嵐は自分の理性のタガが外れた音が聞こえた。

 (この馬鹿女――! )

 五十嵐は、繋いでいた菜乃の手を、乱暴に引き寄せると、その腕に抱き締めた。
    その勢いのまま、片手を菜乃の顎にかけ、クイと自分の方へと上向かせる。

 菜乃の瞳に映し出されたのは、熱を孕みながらも、必死で何かに耐える五十嵐の余裕のない顔。

 いつもとはまるで違う、雄の表情を見せる五十嵐に、菜乃が思わず息を呑む。

 ゆっくりと五十嵐の顔が近付く。
 オレンジ色の口紅がまだ綺麗に残る菜乃の唇に、五十嵐はそっと自分の唇を重ねた。

 初めはただ重ねるように、二度目は味わうように深く。

「んっ……」

 五十嵐の吐息が菜乃の口の中に流れ込む。
 その吐息の熱さに、菜乃は何も考えることができなくなり、必死で五十嵐の服に縋り付いた。
 その仕草がいっそう五十嵐に火を点ける。

 はあ、と長い口付けのあと五十嵐は熱に浮かされた表情で、菜乃を見つめる。
    真っ赤な顔で、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳が、五十嵐の姿を捉える。
    五十嵐は堪らず、溢れ出した感情を彼女へと吐き出した。

「――可愛い。今日、居酒屋で初めてお前を見た時から、ずっと可愛いって思ってた。ずっと、お前が可愛くて目が離せかった。だから、他の男と楽しそうに話すお前を見て腹が立った。早く二人きりになりたいって思ってた」
「え? ……え? 」

 五十嵐の突然の告白に、菜乃は何を言われているのか理解できずに、戸惑いの声を上げた。

「お前は可愛いよ。――なあ、これで満足か? 」
「そ、そんなこと……っん……! 」

 再び五十嵐が菜乃に深い口付けをする。
 今度は噛み付くような激しいキスが菜乃を襲う。
 五十嵐のキスに菜乃は立っていることが出来ず、カクンと膝から崩れ落ちそうになり、「おっと」と、咄嗟に五十嵐が菜乃の身体を支えた。

「中、入るぞ」

 五十嵐は欲情を隠さない表情で、自分の唇に付いたどちらとも言えない唾液を、わざと菜乃に見せつけるように、ペロリと舌で舐め取った。

 (も、むり――)

 五十嵐の強烈な挑発と色気に当てられて、菜乃は全身に一気に酔いが回る。
    そのまま菜乃は、五十嵐の腕の中でくたりと意識を手放した。

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