会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【16】初めてのお誘いと揺れる心

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「ねえ、菜乃ちゃん。良かったら今度俺の店に遊びに来てよ。ランチご馳走するから」
「え、いいんですか? 」

 出会って早々、さらりと下の名前で呼ぶ天然タラシの早乙女に対し、菜乃はどぎまぎしつつも、ランチをご馳走するという言葉に惹かれ、嬉しさでパァッと表情が明るくなった。

「ふふ。うん、勿論。君に是非新作メニューの感想を教えて欲しいな」
「わぁ! 私なんかで良ければ喜んで! 」
「うん、じゃあ待ってるね。……ねえ、LINE交換してもいいかな? 」
「え!? 」

 人生初、異性からのLINE交換の誘いに、菜乃はピシリと固まった。

「菜乃ちゃんさえ嫌じゃなかったら、だけど。ごめん、迷惑だった? 」

 先程の笑顔から一変、ポカンと口を開け早乙女を凝視する菜乃を見て、早乙女が申し訳なさそうに謝った。

 自分に向かって謝る早乙女の姿に、菜乃はハッと我に変えると、ブンブンと左右に首を大きく振った。

「全然!! 迷惑じゃないです! 」
「そ。それなら良かった。じゃあ、QRコードで交換しよっか」

 早乙女は、さりげなくスマホを取り出すと自分のQRコードを菜乃に提示した。

「……は、はい」

 アセアセしながら菜乃もスマホを取り出すと、 QRコードを読み取る手が、緊張から僅かに震えた。

 LINE交換が無事に済むと、早速菜乃のスマホにピコンと早乙女からメッセージが送られてきた。

 菜乃が画面を確認する。

 送られて来たのは妙に劇画タッチでいかつい顔の男が恥ずかしそうに頬を染め、笑顔で『よろしくね』と挨拶するシュールな絵柄のスタンプだった。

「ぶっ! 」

 大人でお洒落なイメージの早乙女から、あまりにも掛け離れたセンスのスタンプのチョイスに、思わず菜乃は吹き出した。

「あ、うけた」

 笑う菜乃を見て、早乙女がポンポンと連続でシュールなスタンプを送りつけてきた。
『照れるなぁ』『にっこり』
 どれもいかつい男の気持ち悪い照れ顔スタンプ。

「あははっ! 」

 ツボにはまった菜乃がLINEを見ながら可笑しそうに笑い声を上げた。
 このスタンプのチョイスがわざとなのか本気なのか分からないが、菜乃の中のさっきまでの緊張感はすっかり消えていた。
 早乙女が醸し出す不思議な雰囲気に菜乃はすっかり魅了されていた。


 * * *


「お客様、そろそろ閉店のお時間です」

 程好くお酒が回り、各自で盛り上がっているなか、店員が閉店の報せを告げに来た。

「じゃあ、お会計お願いします」
「畏まりました」

 五十嵐が飲み会の締めに入る。

「え~、もう終わり? 」
「もっと飲みた~い」

 飲み会の終了に、名残惜しそうな声があちこちから聞かれる。

「飲み足りないやつは各自で二次会行くなりご自由に。――じゃあ男は五千ずつ。女性は三千で。小森、皆のお金集めてレジでお金払ってきて」
「は、はい」

 早乙女の隣で会話が弾んでた菜乃に、五十嵐が唐突に声を掛ける。
 五十嵐の指示を受け、慌てたように菜乃が皆からお金を徴収し、いそいそとレジまで支払いに席を立った。

「ありがとうございました」
「ご馳走様でした」

 レジで支払いを終えた菜乃が、お釣りを持って戻ろうとしたその時。

「――帰るぞ」

 つかつかと早足で五十嵐がやって来て、お金を持つ菜乃の手をぐいっと掴むと、そのまま二人で店から出ていこうとした。

「え、いや。あの、お釣り……」

 強引な五十嵐に対して、慌てて菜乃が手元のお金を五十嵐に見せる。

「貰っとけ。小銭分けたってどーしよーもないだろ」

 急かすように五十嵐が菜乃の腕を引っ張る。

「でも、あの。皆さんにちゃんと挨拶しないと……」

 流石にこのまま帰る訳には行かず、菜乃は必死でその場に踏みとどまった。

「チッ。じゃあ、挨拶してすぐこっち戻ってこいよ。俺はもう帰ったって言えばいいから。店の前出て待ってる」
「は、はい」

 確かにまた二人で帰るよりは、五十嵐が先に帰ったと言った方が今後皆にいじられなくて済む。

 菜乃は皆に挨拶するべく席へと戻った。


 席に戻ると皆もそれぞれで帰り支度を始めていた。

「あ、あの、私もこれで失礼します。今日はありがとうございました。それで、お釣りなんですけど……」
「いいよいいよ。小森さん貰っときなよ。今日頑張って色々動いてくれたから、そのお駄賃だと思ってさ」

 田丸が気を利かせて、菜乃に言葉を返す。
 田丸の言葉に、その場にいた連中も同意するように頷いた。

「す、すみません」

 ぺこりと菜乃が頭を下げる。

「小森さん」

 帰ろうとした菜乃に、大分酔いの回っている小早川が声を掛けた。
 小早川はそのままガシッと菜乃の首に右腕を回すと、真っ赤な顔でソッと左手の親指を菜乃へと立てた。

「サイコーに楽しい飲みだった」

 そう言うと、さらに小早川は付け足すように、菜乃の耳元でこっそりと囁いた。

「五十嵐さんはダメだったけど、営業部の渡さんの連絡先ゲット出来た」

 今回の収穫に、小早川は満足そうな笑みを浮かべた。

「あなたも頑張ったわね。このままダイエット続けて、私のようにもっと綺麗になりなさい。応援してるわ」
「は、はい。 ありがとうございます。頑張ります」

 かなりの上から目線のアドバイスする小早川に対し、菜乃は素直にそのアドバイスを受け取った。
 小早川は自分の顔下の菜乃の頭をわしゃわしゃと雑に撫でると、自分は浮かれた様子で渡の方へと戻っていった。

 菜乃は小早川に乱された髪の毛を手で直しながら、帰る前にチラリと早乙女に視線を向けた。
 菜乃の視線に気付いた早乙女が、にっこりと微笑んで自分の席からヒラヒラと菜乃に手を振った。

『待ってるよ』

 口パクの彼の言葉が、菜乃の心を暖かさで包み込む。
 菜乃は嬉しさで頬を赤く染めると、早乙女に向かってぺこりと頭を下げ、飲み会会場をあとにした。


 * * *

「遅い」

 店を出ると、五十嵐が待ちくたびれた様子で、じろりと菜乃を睨んだ。

「……すいませんでした」

 何となく不機嫌そうな五十嵐に対して、菜乃は余計なことは言わない方がいいような気がして、素直に謝った。

 二人は、そのまま言葉を交わさず無言で駅へと足を進めた。

 菜乃は前に歩く五十嵐の背中を見つめながら、ふわふわする気持ちを抑えられずにいた。

 (楽しかったなぁ……。飲み会でこんなに楽しかったの初めてだ)

 菜乃の頭に早乙女の姿が浮かぶ。

 帰り間際に『待ってるよ』と口パクで言ってくれた彼。

 (……行ってもいいのかなぁ)

 今日だけのリップサービスかも知れない。
 菜乃の人生に於いて、最初から菜乃に興味を持って、あんなに優しく接してくれた男の人に出会ったことはない。

 菜乃はスマホを取り出すと、早乙女から送られたシュールなスタンプを見て、再びふっと笑みを溢した。

   ◇

 一方、五十嵐は背中に菜乃の気配を感じながら、先程から込み上げてくる、妙なイラつきを抑えることに必死だった。

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