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第2章

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瞳は翠が大好きだ。
幼い頃、瞳は人見知りで声をかけてくれたのは翠の方だった。
父親の仕事が変わり、瞳は4才の頃生まれて初めて引っ越しというものを経験した。
幼稚園に入る前だったからそれほど悲しい別れはなかった。しかし、母親とよく行ったスーパーマーケット、公園、犬の散歩をしているおじさん、いい匂いがするパン屋さん、様々な馴染みがなくなって瞳は不安だった。
誕生日に貰ったぬいぐるみを胸に抱いて新しい家を見上げた。

「こんにちは!」

声をかけられた。
そちらの方を見ると同じ年の頃の女の子だった。
突然挨拶をされてもすぐにこんにちは!と挨拶を返せなかった。
戸惑いの気持ちが大きくて目を大きくして女の子を見つめ返す事しか出来なかった。

「あ、おどろかせてごめんね。みどりもねこちゃんいるから、おともだちになりたかったの」

「みどり、わたしのすきないろ」

葉っぱの瑞々しい爽やかな緑色は瞳の好きな色でその色が名前だという目の前の女の子に親近感がわいた。
重かった瞳の唇が動いた。
意識していなかったが、声が口からこぼれ出る。

「ほんと?なまえ、なんていうの?」

「ひとみ」

「ひとみ!きれいなおめめしているもんね!」

翠は嬉しそうなはしゃいだ声をあげた。
瞳の周囲には大人ばかりだった。
静かで声のトーンはいつも同じで、両親は台本を渡されていない役者のようで疲れた顔をしていた。二人は自分の世界に閉じ籠っていた。
会話をすることがなくて、瞳にはこうしなさい、ああしなさい、という指示を与えるだけだ。
だから、翠の反応が珍しくて新鮮だった。

「ひとみ、みどりの、ねこちゃんとあってくれる?そのことともだちになれるかも」

翠は瞳の腕に抱き締められているぬいぐるみを見て言った。
ぬいぐるみを見てくれる大人はいなかった。
その子は瞳にしか可愛がられていなかったから、気付いて声をかけてくれたのが嬉しかった。

「あいたい」

「じゃあ、みどりのいえにおいでよ!」

翠は瞳の手をとった。自分と同じの小さな手であったかい。初めての感触。父親とも母親ともちがう。ぴったりと手のひらが触れている。大人とは違う子供の手。一緒の同じ子供の手。

「あら、おともだち?こんにちは」

優しい女の人の声だ。エプロンをしておやつを作っているところだった。
やはりすぐに挨拶ができなくて瞳は固まってしまう。何だか情けなくて瞳は俯いた。
挨拶してくれたら元気よく返したいが声が出ない。
泣きそうになってしまった瞳は顔を歪めた。
その様子に翠が気がつく。

「こえがでないとき、ぺこ!ってするの。めをみるの。すると、だいじょうぶっていってくれるよ。みどりもおなじ」

手をきゅ、と握って同じと言ってくれた。
それが嬉しかった。
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