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第一章

1 前世の因果

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八幡夏輝にとって佐藤千紗の第一印象は、『可愛いけど茶髪が似合わない女の子』というものだった。日本人形に無理矢理、茶髪のウィッグを被せたような不自然さを感じた。
彼女は小柄で睫毛は長く二重で円らな瞳が愛らしい顔立ちで、おかっぱ頭だったら彼女に似合いすぎて頭をぐりぐりし頭を撫で続けてしまうだろうな、と妄想するほどだ。

千紗は明るく軽いノリで話すがふと見せる表情は何か張り詰めた緊張感を感じた。お年寄りがふらりと入ってきて店内で何かを探してうろうろしていると、誰よりも早く声を掛けて親切に対応する。親切にありがとうねぇ、とお礼を言われると彼女は笑った。自然と綻ぶ口元は可憐な花が咲いたようだった。
夏輝の周りにいる女の子達とは毛色が違った。挨拶も目を見てハキハキとしてくれる。千紗が気持ちが良い挨拶をしてくれるとそれだけでも頑張ろう、心のモチベーションが上がった。
いつしか、夏輝は千紗を大切にしたい女の子と認識するようになった。

(はぁ…俺、やっちまったかも)

大きなため息が自然と溢れる。店内の休憩室。
頭の中で同じ言葉を繰り返して携帯電話の画面を見つめて微動だにしない。
自分が送ったLINEに既読がつかない。いつもは直ぐに何かしら反応をしてくれるのに、一日経っても反応がない。

昨日のデートの帰り際、夕日に染まった頬と光を宿して輝く瞳が美しくて吸い込まれるように唇を重ねた。甘く柔らかな感触をもっと味わいたくて、つい千紗との初キスで舌を入れてしまった。
怖がらせたかもしれない。
段階を踏んで、慎重に行動しないと警戒するタイプの女の子だと直感的に感じていたのに。理性が崩れてしまった。
怯えた瞳が忘れられない。
時間を戻す力があれば、ちゅ、と軽いキスで我慢するのに。自分の息子を切ってでも。
夏輝はもう一度、大きなため息を吐いた。

「大きなため息、佐藤ちゃんと何かあったのか?」

夏輝を見て鈴木は、テーブルに置かれている誰かの東京観光のお土産のクッキーを一つ摘まんで封を切った。ひよこの形の可愛さを堪能することもせずに、問答無用で尻尾からかじりついた。鈴木にとってクッキーは単なるお菓子だった。口で味わうもので目で楽しむものではない。

「……神聖な職場では話せません」

どこに耳があり口があるか分からない。夏輝は口をへの字に曲げて首を左右に振って頑なな態度を取った。女子を敵に回すと厄介である。
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