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一章
名もなき少女
しおりを挟む「ちょっとちょっと!アンタまたそんな格好でふらついて!!」
泥のように重い身体を、なんとか引きずっていると後ろから声を掛けられた。
甲高い女の声。安物の香水の香り。
少女は胡乱な目で後ろを振り返る。
「うっ……く、臭い……」
「死骸を山に捨ててきた帰りだもの。当たり前」
「…………おえっ」
真っ青な顔で口元に手を当てた、そばかす顔の女を少女は見上げた。
「何か用?」
「うっ……と、とりあえずこっち来て!そろそろお客が来るんだから、あんたみたいのが道のど真ん中にいられちゃ困るの!」
そう言われて、あたりを見回すと、迷惑そうな眼差しがちらほらと。少女は自分の両手を見つめた。血や泥で汚れている。たしかに、今から営業を始める娼館街にいては迷惑だろう。夢も覚めるというものだ。
「ほら、こっち!」
女は少し距離を保ちながら手招きをする。
少女は一瞬だけ躊躇ったが、すぐに女についていった。こういうことは、初めてではなかった。
「はい、ここすわる」
「……」
女はせっせと少女に水を掛けた。井戸から直接掛けられた水は冷たい。熱った身体にはちょうどよかった。
「アンタさあ、何でそんなにご主人様に嫌われてるの?」
「……知らない」
「知らないって……こんなんじゃ、いつか死ぬよ」
「別にどうでもいいんじゃない?……お前に生きる価値はないって、いつも言われるもの」
「へえ、それは変な話だね。アタシたちの命の価値を決めてるのは、ご主人様だっていうのに」
闘技場で出た死体は、山に捨てる決まりになっている。屈強な男の奴隷の仕事だが、少女の主人は時たま、思いつきのように少女にこの仕事を任せた。
奴隷とは、大事な財産であり、人的資源である。明らかに少女の能力に見合っていない労働は、いたずらに身体を傷つけるだけ。しかしこの街の「王」とも言える彼女らの「ご主人様」は、少女が生きているか死んでいるか分からないボロ雑巾のような有様を見て、楽しんでいるふしがあるのだ。
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