英雄の娘は死の運命を回避したい

まふ

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一章

家族

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「なんだ?夜盗か?」
「い、いえ……街から追ってくる者がいるようです」
「複数か?」
「いえ、馬車が一つのようですが……」
「ふうん……」

 黒髪の少年は、「親父、どうする?」と、言いかけてやめた。どうも、尋常な様子ではない。さらに煩わせる必要もないだろう、と判断したのだ。

「止まる必要はねえと思うが……追いつかれそうか?」
「向こうの方が速そうですので、いずれは……」
「めんどくせぇなあ……じゃあ、要件だけ聞いてくるから、少し離れたところに止まっててくれよ」

 御者が馬車を止めると、少年はカンテラを片手に一人で降りて行った。そして、追いついてきた馬車が止まるか止まらないかといううちに、近づいていく。

「なんか用か?」

 機嫌の悪さを隠しもせず、少年が問いかける。

「うほ、うほほほほほ」

 奇妙な笑い声を響かせながら、馬車の扉が開いた。中から現れた人物を見て、少年は眉を顰める。でっぷりと太った、しかし、骨格が小柄な中年の男だ。顔は脂が浮かび、自分を甘やかすのが上手そうだ、と少年は思った。

「お前、なかなか可愛い顔をしているな。どうだ?ワシの妾にならんか?」
「…………………………???……」

 少年は、大量の疑問符を頭に浮かべた後、まじまじと目の前の男を見た。しかし、意味が分からなかったので、とりあえず流すことにした。

「用がないならもう行くぞ?」

 仏頂面で睨みつける少年に、男は慌てて弁明する。

「ちょっと待て!割り込みは許さんぞ!その商品は、ワシが初めに唾をつけたのだ!」
「……あ??」

 商品、が何を指すかが分かった少年は、そういうことか、と男を睨んだ。

「お前のもんじゃねーだろ、アイツ」
「お前たちはァ!あの奴隷の価値を知らんのだァ!!」

 カッと目を見開いた男のあまりの迫力に、少年は怪訝な眼差しを送る。

「白い髪は愛でれば白銀になるだろう。傷だらけの肌は、愛でれば白く、美しく、ふっくらと、そして甘やかに。何と磨きがいのある身体!まさに原石!!」

 ぶわっと汗を撒き散らしながら男は続ける。

「ああ、しかし!あのギラギラとした翡翠の瞳だけはそのままにしたい!!!ワシはあの瞳に弱いのだあ!」
「おい、今すぐその臭え口を閉じろ」

 少年は冷めた目で男を見た。

「…………イイ」
「……はあ?」
「貴様……イイ目をしている……はあ……今日はなんて良い日、良き出会いの日なのだ……ワシは……ワシは衝動を抑えられん!!!」

 男は両手を上げながら、少年にずかずかと近づく。その異様な迫力に、つい、少年は後退りをしてしまう。

「どうダァお主!!あの奴隷とともに――」

 ワシの館に来い!この世のありとあらゆる悦びを……!!と続けようとした男の顔は土に埋まった。

「おっと……そこまでにしてくれないか?そうじゃないと俺は、お前の首の骨を折ってしまいたくなる」
「あががががが、アウッ」

 事が起きる直前に、真横を疾風のごとく駆け抜けていった父を認識していた少年は、躊躇いがちに声をかける。

「お、親父……?」

 常に穏やかな男が、ここまで激昂している様を、彼は今まで見た事がなかった。変態男の後頭部を掴み、地面何度も擦り付けるその様は、背中しか見えなくても、とてつもなく恐ろしい。

「……リカルド」
「な、なんだよ」
「中に入ってろ」
「おい、俺は守られるほど弱くは…………わあったよ」

 少年……リカルドは、肩をすくめると馬車の方へ歩き出した。父は頑固なのだ。見かけに騙されるが、決めたことは決して曲げない。敵に回すと恐ろしい……それが国内外共通の、男への評価だ。

「なんだ?心配してくれたのか?」

 馬車に近づくと、少女が所在なさげに扉の前で佇んでいた。
 
「はあ?誰が、あんたたちなんかを……!」
「へえー、お前って案外可愛い性格してんのな」
「……どういう意味よ」
「毛、逆立ててる子猫みたいっつーの?」
「なっ……馬鹿にしてるの?!」
「はは、そっくりじゃねーか!」

 顔を真っ赤にして怒る少女に、リカルドは明るい笑い声を上げた。

「ま、大丈夫だよ、親父は」
「……だから、最初から心配なんてしてないわ。見ればわかるもの……あの人、ただ者じゃない」
「まあな」

 少女にそんなつもりはないのに、まるで自らのことを褒められたかのように、リカルドは喜んだ。

「親父は、つえーんだ」

 まるで眩しいものを見るかのような目をした少年の姿に、少女は両の拳を握りしめた。

(……この人たちは、がある……奪われないように守る力が。欲しいものを掴み取る力が)

「……私とは、違う」

 そう口に出して、少女は驚いた。
 声に出したつもりは無かったのに、と。

「俺も、なんつーか、似たような感じだったから、気持ちは分かんなくないんだけど、よ」

 リカルドが後頭部に手を回しながら、話し始めた。全く脈絡がないように思えて、少女は眉を顰める。

「親父は……お前のこと、ずっと探してた。後悔なんて似合わないあの人が、死ぬほど後悔して、自分を憎んで、それでも望みを捨てずに今まで探してたのがお前だ」
「……何の、話?」
「何かあることぐらい、は、分かってんだろ?お前は頭が良さそうだ」

 嫌な汗が額に滲む。
 急に胸が苦しくなって、少女は俯いた。

「……まあ、こんな事に言われても腹が立つだけかも知れねえけど、出来れば親父の話、最後まで聞いてやって欲しいんだ。それからどうするかは、お前の自由だ」
「はっ……自由?」

 少女は昏い笑みを浮かべた。

「奴隷の私に自由?皮肉が上手なのね」
「素直じゃねえなあ、お前……たとえ体は縛られようが、心まで縛られているようには、俺には見えなかった」

 少年は正面から少女を見つめた。

「……似てると思うぜ。苛烈なところも、高潔なところも」
「………………そんな、こと……」

 そんなこと、あるはずがない。
 起きるはずがない。
 だって、世界は残酷で、
 現実はいつも少女を打ちのめすばかり。

 でも、

 けれど、

 もっと少女が幼い頃。
 もっと心が弱かった頃。
 確かに願った望みがあった。
 いつか、誰かが、
 いや、誰かではなく、
 母が、父が……家族が。

 この地獄から救い出しに来てくれないかと。
 愛を……与えてはくれないかと。

 けれど。

「そんなの……!そんなの、今更、よ…………っ……だって、私、もう、知ってしまったもの。汚い感情、山ほど知ってしまったもの……!!」

 わっと泣き出した少女に、少年は手を伸ばそうとして……躊躇う。自分は、。慰める資格があるのだろうか、と――

 まるで初めて泣いたかのように、拭うことすらできず、ただぼろぼろと涙を流し続ける少女。少年は、意を決して鼻水を拭ってやった。

「ぐす……な、なんでそっちなの、よ……!汚いじゃ、ない、の…………!」
「いや…お、オンナノコだし……気にするかと……」
「…ううう~~……むかつく…………」
「…………………………」

 何を間違えたのか、いまいち理解していない顔で、リカルドは押し黙った。癇癪を起こしたように、少女の口から次々と言葉が溢れ出す。

「……もうっ……わけが、分からない……ああ、嫌……こんなの私じゃない、わ……弱い私なんて、私じゃない……!嫌よ、こんな……こんな……こんな惨めな思いをするなら……死んでしまったほうがましよ……うう…………」
「……そんなこと、言うなよ……」

 弱った。
 こんな時、なんと声をかければいいのか全く分からない。
 困ったように眉を下げたリカルドは、こちらに近づいてくる足音に気づいた。
 あの、人格的にどうかと思うあの男との話が終わったのだろうか、と顔を上げるのと首元に衝撃を受けたのは同時だった。

「うわ、」
「……!」

 また何かしたか!?と先程の「仕置き」を思い出したリカルドだったが、父の腕の中にまとめて収まっている少女を見て、そうではないことに気づく。

「……君は、一生私のことを許さないかも知れない。当然だ。君がこれからどんな選択をしても、私は全てを受け入れよう」

 ぐ、と苦しいほどに抱きしめられる力が増す。

「生きていてくれて、嬉しい。よく今まで、耐えていてくれた。迎えに来るのが遅くなって、本当にすまない」
「……うそよ、そんなこと、とても信じられない……」
「嘘ではない。君は、私の娘だ。ずっと探していた、アンナの忘れ形見……君たちは、もうたった二人しか残っていない、私の、大切な…………家族だ」


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