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一章
朝
しおりを挟む「…………………」
パチリ、と瞼を開く。
朝だった。
爽やかな風がどこからか流れてくる。
清潔なシーツの香り、澄んだ空気。それに違和感しか感じない。
「んん~……ぐう……」
何とも気の抜ける声が隣から聞こえてきて、横を見ると黒髪の少年が髪をくしゃくしゃにして眠っていた。誰、とは思わないが、現実味がない。だからといって夢だとも思わない。少女は夢など滅多に見なかった。
「おはよう、よく眠れたかな」
落ち着いた声が聞こえてきて上体を起こすと、窓辺に男……ヴィクトルが座っていた。朝の微睡の気配一つしない。ずっと起きていたのだろうか。
「ルド、そろそろ起きろ。この寝坊助め」
「……んあ?……あれ、いつの間に……」
「はあ……お前をベッドにあげるのは骨が折れた。今後はそのまま床に転がすからな」
男は呆れたようにため息をついた。
ぐううう、と同じタイミングで腹の音が鳴る。
「へへ……腹減ったな!」
「……どうなってるんだ、お前の体は……朝食を宿の者に頼んでくるから、支度をしておけ」
少女に「また後で」と伝えると、男を部屋を出ていった。
「いや、腹減るよな?むしろ腹減るのに耐えられなくって目が覚める」
まるで昔からの知り合いのように、人懐こそうな笑みを浮かべて話しかけてくるリカルド。きらきらとした朝の光を背にした少年の姿は、まるで後光がさしているかのようだった。
「……奴隷の食事は一日に一回よ。それに、朝から食べたいとも思わないわ」
「はは、親父とおんなじこと言ってる」
嬉しそうに笑うリカルドに、少女は苛立つ。
「やめてよ、私、信じたわけじゃない。あの人と私が……血が繋がっているなんて」
「ん、まあ、それもそうだよなあ。突然言われても、受け入れらんねェよなあ……」
リカルドは父親を慕っているようだったから、その一言が意外に思えた。大切にしているものを侮辱されたら、自分のことのように怒る。彼はそんな性格に見えた。
「あー……俺、養子なんだ。遠縁ってわけでもない。色々あって、親父に拾われた。だから、お前とは血の繋がりはねェ」
少女の沈黙をどう捉えたのか、がりがりと頭を掻きながらリカルドは言った。
「だから、お前の気持ち、少しは分かる」
「……分かるですって?奴隷の私の気持ちが分かる?『お前に生きる価値はない』と言われ続けた私の気持ちが、分かるですって!?」
「分かるさ。自分の弱さを見つけるたびに惨めになる。世界を恨んで、憎んで、その度に自分の小ささを嫌でも理解して、絶望する。誰かに助けて欲しいけど、憐れんで欲しくはない……醜い自分が嫌だよな」
「……っ!」
「でも、大丈夫さ。お前は強い……今は難しくても、きっと自分の道を歩める」
そう言って陽気に笑うリカルドに対する苛立ちはもちろんある。
けれど、
彼が「父」と慕う男とは似ても似つかない顔立ち、
高貴な血筋とは対極の、うねった艶のある黒髪、
日に焼けた肌に浮かぶそばかすや、引き締まった身体、何よりその考え方が。
それを見れば、リカルドが父親の庇護の下、ただ健やかに生きてきたわけではないことは嫌でも分かって……少女は口を閉じた。これ以上話せば、ただの不幸自慢だ。憐れんで欲しいわけではない。
「あ!そうだ、お前の着替え、用意してあるんだ、ほら」
ぱっ、と顔を明るくしてベッドから飛び降りた少年は荷物袋からクリーム色のワンピースと赤い靴を取り出した。
「な、着替えて待とうぜ!」
手渡された布地は清潔だが、気後れするほど上等というわけではない。もしドレスなんてものを差し出されていたなら、破り捨ててしまいそうだったので、確かに少年は……もしかしたら「あの男」かも知れないが、少女のことを理解しているとも言えた。
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