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一章
娘
しおりを挟む「よく似合っているな」
「……」
「なー!」
朝食を手に部屋に戻ってきたヴィクトルは、ワンピースに身を包んだ少女を見て微笑んだ。
「さ、朝食にしようか」
そう言ってテーブルに並べられたのは、焼き立てのパンとスープ。それにミルクという簡素なものだった。
「おー、うまそう!」
娼館で貴族たちが食べているものを見たことがある少女にとっては、本物の「公爵」とその息子が食べるようなものだとは思えなかったが、リカルドは美味しそうに頬張り始めた。
少女は朝食など生まれてこの方食べたことはなかったが、ふかふかのパンと湯気が立つスープ、優しい色したミルクを見て、喉が鳴る。小麦に水を混ぜたオートミールのようなものしか食べたことのない少女にとってこれはすでにご馳走だった。
「食わねェの?」
ん、と手渡されたパンと思わず受け取り、気がついたらかぶりついていた。
こんがりとした食感。
口の中に広がるバターの香り。
追いかけてくるじんわりとした甘さ。
こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてだ。涙すら滲んでくる。昨日から涙腺がおかしくなっているのだ。少女は物心ついてから今まで、泣いたことなどほとんどなかったのに。
しばらく夢中でパンに齧り付いていたが、程なく腹が満たされる。朝からたくさん入るようにはなっていない。そのことが少しだけ残念だ、と思いながら顔を上げると、こちらに向けられた視線に気づく。ヴィクトルだ。もしかして、ずっと見られていたのだろうか。
「…………………………何よ」
突き放した言い方になってしまうが、男との距離感が掴めなかった。
「……つい、目で追ってしまってね。不躾だったな、すまない」
「……見られるの好きじゃないの。やめて」
「ん……まあ、善処はしよう」
「……」
それはつまり、やめる気はないということだろうか。
「なんか、ぎすぎすしてんなあ…」
頬袋を膨らませたリカルドが言った。
そして、言ってから失言だと気づいた。食事の終わった少女と、そもそも珈琲しか口にしていない公爵と、まだ食べ続けているリカルド。その場に沈黙が降りる。
「…………あー…この後、王都の館に戻るんだよな?」
取ってつけたような話題だったが、少女にとっては、何よりも興味があるものだった。昨日は宿について、ベッドに潜り込んだか、否かと言うところで意識がない。気を許したつもりはないが、あまりにも疲れていた。
「ああ、そのつもりだ……賑やかな場所で落ち着かないとは思うが、少し耐えて欲しい」
「……別に、気にしないわ」
奴隷だもの、買った相手に従うだけよ、と皮肉を言ってしまいたかった。しかし、男の瞳が、あんまりにも柔らかな光を帯びていて、少女は結局、何も言えなかった。
「……ねえ、やっぱり間違いじゃない?」
「君が私の娘ということがかね?」
少女は頷いた。
「一体何を根拠にそう思うのよ」
むしろ、間違いであって欲しい。
そのような気持ちさえある。
「リンドハーゲン家には、代々受け継がれた身体的な特徴がある。それが、首元のあざだ」
男は、首元を緩めた。
現れたのは、少女の首元にあるものと同じ模様のあざ。
「君は、三歳の時に誘拐された……私はその時、先の戦争で屋敷を留守にしていた」
ヴィクトルは、少し目を伏せながら話し続ける。
「覚えてないのも、無理はない。君は幼すぎた」
「……私は、物心ついたときにはあの街にいた。小さい時の記憶なんてこれっぽっちもないわ」
「過酷な環境だったから、だろう。生きていくためには、弊害となる記憶だったのかもしれない」
どうあっても「娘」だということを否定しない男に、少女は思わず声を荒げた。
「だから!私に貴方の娘だった記憶はないって言ってるの!!首のあざ?そんなもの、いくらだって似たようなものはあるわ!」
自分が言っていることが、正しいこととは思っていなかった。あざは、あまりにも似通っていた。こんなに複雑な紋様が、おんなじ場所にあるなんて、赤の他人にそんなことが起きる確率はあまりに低いだろう。
しかし、受け入れられない。
こんな現実、受け入れられるはずがない。
「私は、君を見た瞬間……私の娘であると、確信したよ」
そう言って男は、胸元から小ぶりのペンダントを取り出した。蓋がついていて、中に何かが入っている。目の前で開けられた中身は写真だ。少女は息を呑んだ。
「君の母、アンナだ」
その女性は、確かに少女に似ていた。
「アンナは銀色の髪に、翡翠の瞳をしていた。そして、それは君も同じだ」
「……」
「君が……私の、娘だ。間違いない」
「………………そんなこと……」
少女はクリーム色のワンピースを握りしめた。力を入れすぎて、指は真っ白だ。
「受け入れ、られない………………」
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