僕が冒険者を辞めなかったのは

香澄京耶

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ep5 喪失のあとで

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 保護する、と言ったレグルスは常に傍に居てくれた。
 
 夜に泣き叫ぼうが、どんなに食事を嘔吐しようが、すべてを受け入れるようにただ傍にいて寄り添ってくれた。
 僕の出自を聞いても、これまでの経緯を聞いても、何の嫌悪もなくただ「そうか」とだけ言って、背中を撫でてくれて。

 「お前は生きていい。」

 繰り返すように言われた言葉に、ただ泣いた。
 
 何日も、何日も。
 迷惑ばかりかけたのに、それでも言い続けてくれて。
 
 正気を取り戻した途端、本当に申し訳なくなったけれど、お礼はいらないと言われて戸惑った。

「何をお返しすれば。」
「俺には必要ない。ただお前がやりたいことをやればいい。」

 なぜこんなにも良くしてくれるのだろうと、分からなかった。

「“蒼牙の刃”のアークがお前達を気にかけていたから、知っていた。……お前が、遅くまで資料を読んで頑張っていたのも。」

 まさか、見ていてくれた人がいたなんて。
 優しく見下ろす瞳を見ていると、胸の奥で何かが動いた。

「……もう一度、冒険者を。」
 言葉を重ねた。

「“星誓の月”を――Cランクパーティーに、したい、です。」

「……そうだな。」

 優しく頭を撫でられて、頷いた。
 僕は、パーティーをCランクにしたい。彼らの望んだように。

 けれど、僕は戦えるタイプではないから、ただ出来る仕事を頑張るしかなかった。
 万年Cランク、なんていう嘲りの言葉があるけれど、それなりの実力がなければ、そもそもCランクになることだって難しい。
 無茶をして身体の一部でも不自由になれば、それだけで冒険者としての人生が難しくなってしまう。
 
 採取の依頼が一番よかったけれど、そんなにある依頼でもなかったから、ドブ攫いでも、なんでも。出来る事はすべて。
 冒険者じゃなくて便利屋だと揶揄われた時もあったけれど、その通りだと思ったから、なんでも依頼をお願いしますと頭を下げた。

 結果的に、生活を削れば少し村にお金を送れるようにもなれた時は、嬉しくて泣いた。

 “星誓の月”をCランクパーティーに。

 それがあったから、崩れずにいられた。
 皆が望んだことをどうしても叶えたかった。

 気づけば、採取の依頼が少しずつ増えていた。
 隣にはいつもレグルスがいてくれた。
 採取に付き合ってくれて、魔物の避け方や、支援の立ち回りも教えてくれた。

 泣きたくてどうしようもない時も、ただぬくもりを与えてくれた。

 魔法の本も、植物の本も。
 ランクの高い彼だからこそ読める希少な書物を、閲覧できるよう交渉してくれて。

 強くなると誓った日から、彼はずっと傍にいた。

 
 ***
 
 
 だから、彼は僕の中で特別で。
 
 いま、隣に居るだけで本当はすごく緊張する。
 
 安宿は距離が近い。

「まだ食えるだろ。」

 フォークを向けられてすごく照れる。
 これは口を開いてもいいのだろうか。

 えい、という気持ちでかぶりついた。
 彼の表情は満足そうだから間違っていなかったみたいで安心する。

「お前が食べているのを見ると安心する。」

 ぽそりと言われた一言にむっと口が尖った。

「食べてます!前みたいな事なんて――」
 途中まで言って、肩を落とした。心配させたのは僕だ。

「ごめんなさい。ちゃんと食べます。でも、同じ心配なら、僕より、レグルスさんが寝ていないことの方が気になります。」
 思わず見上げると、問いかけるような優しい瞳がこちらを向いていた。

「今日、一緒に寝るんだろ。」
 
 その眼差しは、今日も残酷だ。
 僕はとうに、憧れだけでは済まなくなっているのに。

 考えるその間にも切り分けられた食事のフォークがこちらを向いていて。

「ほら。」
 首を傾げられて、言葉を継げなくなって、ただ口を開いた。
 
 すかさず、さらに差し出されたフォークに両手を上げて首を振った。さすがに、これ以上は入らない。
 彼は笑って、それを自分の口に入れた。

 いつもより柔らかい表情に胸が鳴る。

「寝るか。」
 
 一緒に眠るのはいいのだけど。
 ベッドで後ろから抱きしめられるのはいつまで経っても慣れない。

 鼓動がうるさい。
 僕がこんな想いを抱いているだなんて、それは彼も知らないだろうけど。
 
 ばくばくと鳴る心臓くらいには気づいてほしい。
 そんな思いを抱えながら、いつの間にか眠っていた。
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