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母と娘

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 ソレック島の視察を終え、王都アーピスにある王宮へ戻って来たソフィー。
 母であり、ナルフェック王国女王であるルナの執務室へ向かっていた。
 今回の視察について報告しに行くのだ。

 ソフィーはルナの執務室前までやって来た。
 深呼吸をし、扉をノックしようとした瞬間、中から話し声が聞こえた。
 扉が閉まっていた場合、完全に防音になるので話し声は聞こえて来ないはずである。
 ソフィーはもしかしてと思い、扉を確認した。
(……扉が少し開いているわ)
 ソフィーの予想通り、ほんの少しだけ扉が開いていたのだ。
 中から聞こえて来るのはこの部屋の主であるルナの声。そして、父であり王配でもあるシャルルの声も聞こえた。
(女王陛下お母様王配殿下お父様……一体何をお話なのかしら?)
 少し気になり、聞き耳を立てることにしたソフィーである。





ーーーーーーーーーーーーーー





「ルナ様、浮かない顔ですね。もうじきガブリエルとソフィーが戻って来る頃ですよ」
 ルナの執務室内にて、そう声をかけるのは王配であるシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベール。

 太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、サファイアのような目の長身の美丈夫だ。

 一方ルナは今朝届いた手紙を読み、窓の外を見ながら軽くため息をついていた。
「ルナ様、どうかなさったのですか?」
 心配そうに覗き込むシャルル。
「……やはり一時的にもセヴランをガブリエルの護衛から外した方が良かったかもしれませんわ」
 ルナは手紙をシャルルにも見せた。アメジストの目は憂いを帯びている。

 手紙の送り主はガブリエル。ソレック島視察最終日にトラブルがあり、ソフィーが一人で視察を行ったこと、彼女の護衛にセヴランを付けたことが書かれていた。

「そうでしょうか? 確かに、ソフィーがセヴランに好意を寄せていることは何となく分かります。ですが、視察前にも一旦ソフィーを信じてみようと結論を出したではありませんか」
 穏やかな表情のシャルル。
 シャルルの言葉にルナは少し黙り込む。

 ソレック島視察前、ソフィーにセヴランを近付けないようルナは画策していた。何かしら理由を付けてセヴランをガブリエルの護衛から外し、王都から離れてもらうつもりだったのである。
 それを止めたのがシャルルだったのだ。

「ソフィーは僕達の娘ですから、滅多なことはしません。それに、もし仮にセヴランと何かあってもソフィーはアシルス帝国に嫁ぐ前。まだ何とかなる状況です。ルナ様も、万が一の時の対策をしていたのではありませんか?」
 サファイアの目は、真っ直ぐルナを見つめている。まるでルナの考えを全て知っているかのようである。
 ルナは堪忍したようにため息をついた。
「シャルル様には敵いませんわね」
 ルナのその表情は、女王としての威厳あるものではなかった。弱さを持つ、一人の女性としての表情である。
「仰る通り、万が一のことが起こった場合、別のプランも用意しておりましたわ。……ソフィーの婚姻は、アシルス帝国との同盟の為のもの。友好国とは言えど、アシルス帝国は軍事力か強大でございますわ。ゆえにもしものことがあり関係が冷え込み、更に攻め込まれたら……対応は出来ても確実に民達に被害が及びます。わたくしは……自分のミス故に、民達が危険に晒されてしまうことが怖いのでございますわ」
 ほんの少し弱々しい声のルナ。
「ルナ様……きっと大丈夫です」
 シャルルはルナを優しく抱きしめた。まるでルナの弱い部分ごと全て包み込むかのように。
「シャルル様……貴方にそう仰っていただけると、本当に大丈夫だと思えるのが不思議ですわね」
 ルナはシャルルの腕の中で、ほんの少し表情を和らげた。





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(女王陛下お母様……)
 ソフィーはそっと音を立てないように扉を閉めた。

 初めて聞いた女王母親の本音。それはソフィーにとって予想だにしなかったルナの弱い部分。

(そうよ……! 女王陛下お母様は海難事故で両親……先代国王夫妻であったわたくしの祖父母を海難事故で亡くし、わたくしと同じ年で女王として即位し、ナルフェック王国を背負っていたのだわ……!)
 ソフィーはそのことを思い出し、アメジストの目を大きく見開いていた。
(同じく海難事故で当時の君主を亡くしているソレック島……当時はソレック王国、それからドレンダレン王国。この二つの国は王位継承権を持つ者が内乱やクーデターによって倒されてしまった……。きっとナルフェック王国でもそういった動きはあったはず。女王陛下お母様は、きっと当時一人で何もかもを背負い、戦っていたのね……)
 ソフィーはルナに畏敬の念を向けた。そして穏やかな笑みを浮かべる。
(ええ、女王陛下お母様は、誰よりも強くて、それでいて……臆病なのね。だけど、その臆病さは優しさの裏返し。誰よりも国と民のことを案じている、君主の鑑だわ)
 何を考えているか全く分からず、あれ程恐ろしいと感じていたルナの存在。
 しかし、ソフィーの中でそれが完全に変わっていた。
(きっと、いずれ国王として即位するお兄様も、大きなものを背負っている。……わたくしも、王女としての役割を果たすわ)
 ソフィーはそっとペリドットのブローチに触れる。アメジストの目には迷いが一切感じられなかった。





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 翌年。
 ソフィーは十六歳になった。
 この日、彼女はアシルス帝国の皇太子アレクセイと結婚する。
「ソフィー、くれぐれも体調には気を付けること。決して無理をしてはいけないよ」
 シャルルのサファイアの目は、優しげにソフィーを見つめている。
 父親としての表情である。
「ありがとうございます、王配殿下お父様
 ソフィーはふふっと微笑む。そして、ルナの方を向く。
 嫁ぐ前に、ルナの本心を知ることが出来て心底良かったと思うソフィーである。
「ソフィー、人生はポーカーと同じです。努力次第でカードを増やすことは可能ですが、基本的に手持ちのカードで勝負していくしかありません。貴女には十分じゅうぶん戦えるカードがありますわ。アシルス帝国でもしっかりやりなさい」
 ルナの表情は、女王としてのものでもあり、母としてのものでもあった。
「はい。ありがとうございます、女王陛下お母様
 ソフィーのアメジストの目は、ルナを真っ直ぐ見ていた。

 こうして、ソフィーはナルフェック王国を出て、アシルス帝国へ向かう。
 その際、ガブリエルの隣にいた護衛のセヴランが目に入る。
 ソフィーは身に着けている、かつてセヴランに直してもらったペリドットのブローチに触れた。
(ありがとう、セヴラン。貴方の幸せを願うわ。このブローチは思い出として持って行くわね)
 ソフィーは穏やかに微笑んでいた。
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