初恋の思い出はペリドットのブローチと共に

宝月 蓮

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エピローグ 初恋は叶わなかったけれど

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皇妃殿下お母様? 本当に大丈夫でございますか? 先程から黙り込んだままですわよ」
 アナスタシアが不思議そうに首を傾げている。
「大丈夫よ、ナーシャ。何でもないのよ」
 かつてソフィーだったソフィーヤは品良く穏やかに微笑んだ。

 ナルフェック王国の第一王女だったソフィー・ルイーズ・ルナ・シャルロット・ド・ロベール。彼女はアシルス帝国の皇太子アレクセイと結婚する際、名前をアシルス帝国風に改めた。ソフィーはアシルス帝国ではソフィーヤとなる。
 そして、この国はナルフェック王国とは違い、ミドルネームの代わりに父称を用いる。
 父親であるシャルルは、この国ではカルルという名になる。そして、ロマノフ家に嫁ぐので、ソフィーはソフィーヤ・カルロヴナ・ロマノヴァという名前になった。

「ナーシャはこのブローチが気に入ったのかしら?」
 ソフィーヤは意匠が凝らされたペリドットのブローチと娘でありアシルス帝国第二皇女のアナスタシアを交互に見る。
「はい。可能であれば、三日後の晩餐会にはこちらを着けたいと存じますわ」
 アナスタシアはラピスラズリの目をキラキラと輝かせた。
 その時、部屋の扉がノックされた。
「ソーニャ、いるかな? 今セルゲイも一緒だが、入って良いか?」
 太く高らかな声だ。

 ソーニャというのは、ソフィーヤの愛称である。

 扉の外からの声に、ソフィーヤは「どうぞ」と答える。
 すると、月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の大柄な壮年と、同じ髪色と目の色の青年が入って来た。

 大柄な壮年はアレクセイ・エフゲニエヴィチ・ロマノフ。アシルス帝国皇帝で、ソフィーヤの夫である。
 そして青年の方は、セルゲイ・アレクセーヴィチ・ロマノフ。今年二十三歳になるソフィーヤとアレクセイの息子で、アシルス帝国皇太子である。

「アリョーシャ、どうかなさいまして?」
 ソフィーヤは夫に向かってふふっと微笑む。
 アリョーシャはアレクセイの愛称である。
「いや、何となくソーニャの顔を見たくてな。で、偶然セルゲイとも一緒になった。ナーシャもここにいるとは驚きだ」
 ハハっと屈託なく笑うアレクセイ。
「左様でございましたか」
 ソフィーヤは愛おしげな表情をアレクセイに向けた。

 アシルス帝国に嫁いだソフィーヤ。夫のアレクセイは明るく豪快な性格であった。
 そして新しいもの好きで、良いと思ったものは積極的に取り入れるのだが、勢いで突っ走ってつまずくことがよくある。その際、ソフィーヤがさりげなく助言をすると、「その手があったか! ソーニャ、君は天才だな!」と豪快に笑い、ソフィーヤを褒め称えてくれた。
 初恋相手であるセヴランとは全く違うタイプであった。
 ソフィーヤはアレクセイとの間に皇太子セルゲイの他に息子を二人、第二皇女アナスタシアの他に娘を一人。計五人の子供をもうけたのである。

「おや? ナーシャ、そのブローチはどうしたんだ? 随分と意匠が凝らされているな。そんなの持っていたか?」
 セルゲイはアナスタシアが持っていたペリドットのブローチに気が付いた。
「ああ、これは皇妃殿下お母様からお借りするものです。三日後の晩餐会の時に着けようと思いまして。素敵なブローチで、一目見た瞬間気に入ったのでございますわ」
 アナスタシアは嬉しそうにブローチをセルゲイに見せる。
「ナーシャ、そんなに気に入ったのなら、そのブローチは貴女にあげるわ」
 ソフィーヤはアメジストの目を優しく細めで微笑んだ。
「良いのですか!?」
 アナスタシアのラピスラズリの目が輝く。
 ソフィーヤは「ええ」と頷いた。

 それは初恋相手であるセヴランに直してもらったペリドットのブローチ。
 ソフィーヤは思い出の品を手放したのだ。

 ソフィーヤの初恋は叶わなかった。しかし今、彼女は明るく豪快な夫と五人の子供に恵まれて幸せなのであった。
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