初恋の思い出はペリドットのブローチと共に

宝月 蓮

文字の大きさ
7 / 7

エピローグ 初恋は叶わなかったけれど

しおりを挟む
皇妃殿下お母様? 本当に大丈夫でございますか? 先程から黙り込んだままですわよ」
 アナスタシアが不思議そうに首を傾げている。
「大丈夫よ、ナーシャ。何でもないのよ」
 かつてソフィーだったソフィーヤは品良く穏やかに微笑んだ。

 ナルフェック王国の第一王女だったソフィー・ルイーズ・ルナ・シャルロット・ド・ロベール。彼女はアシルス帝国の皇太子アレクセイと結婚する際、名前をアシルス帝国風に改めた。ソフィーはアシルス帝国ではソフィーヤとなる。
 そして、この国はナルフェック王国とは違い、ミドルネームの代わりに父称を用いる。
 父親であるシャルルは、この国ではカルルという名になる。そして、ロマノフ家に嫁ぐので、ソフィーはソフィーヤ・カルロヴナ・ロマノヴァという名前になった。

「ナーシャはこのブローチが気に入ったのかしら?」
 ソフィーヤは意匠が凝らされたペリドットのブローチと娘でありアシルス帝国第二皇女のアナスタシアを交互に見る。
「はい。可能であれば、三日後の晩餐会にはこちらを着けたいと存じますわ」
 アナスタシアはラピスラズリの目をキラキラと輝かせた。
 その時、部屋の扉がノックされた。
「ソーニャ、いるかな? 今セルゲイも一緒だが、入って良いか?」
 太く高らかな声だ。

 ソーニャというのは、ソフィーヤの愛称である。

 扉の外からの声に、ソフィーヤは「どうぞ」と答える。
 すると、月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の大柄な壮年と、同じ髪色と目の色の青年が入って来た。

 大柄な壮年はアレクセイ・エフゲニエヴィチ・ロマノフ。アシルス帝国皇帝で、ソフィーヤの夫である。
 そして青年の方は、セルゲイ・アレクセーヴィチ・ロマノフ。今年二十三歳になるソフィーヤとアレクセイの息子で、アシルス帝国皇太子である。

「アリョーシャ、どうかなさいまして?」
 ソフィーヤは夫に向かってふふっと微笑む。
 アリョーシャはアレクセイの愛称である。
「いや、何となくソーニャの顔を見たくてな。で、偶然セルゲイとも一緒になった。ナーシャもここにいるとは驚きだ」
 ハハっと屈託なく笑うアレクセイ。
「左様でございましたか」
 ソフィーヤは愛おしげな表情をアレクセイに向けた。

 アシルス帝国に嫁いだソフィーヤ。夫のアレクセイは明るく豪快な性格であった。
 そして新しいもの好きで、良いと思ったものは積極的に取り入れるのだが、勢いで突っ走ってつまずくことがよくある。その際、ソフィーヤがさりげなく助言をすると、「その手があったか! ソーニャ、君は天才だな!」と豪快に笑い、ソフィーヤを褒め称えてくれた。
 初恋相手であるセヴランとは全く違うタイプであった。
 ソフィーヤはアレクセイとの間に皇太子セルゲイの他に息子を二人、第二皇女アナスタシアの他に娘を一人。計五人の子供をもうけたのである。

「おや? ナーシャ、そのブローチはどうしたんだ? 随分と意匠が凝らされているな。そんなの持っていたか?」
 セルゲイはアナスタシアが持っていたペリドットのブローチに気が付いた。
「ああ、これは皇妃殿下お母様からお借りするものです。三日後の晩餐会の時に着けようと思いまして。素敵なブローチで、一目見た瞬間気に入ったのでございますわ」
 アナスタシアは嬉しそうにブローチをセルゲイに見せる。
「ナーシャ、そんなに気に入ったのなら、そのブローチは貴女にあげるわ」
 ソフィーヤはアメジストの目を優しく細めで微笑んだ。
「良いのですか!?」
 アナスタシアのラピスラズリの目が輝く。
 ソフィーヤは「ええ」と頷いた。

 それは初恋相手であるセヴランに直してもらったペリドットのブローチ。
 ソフィーヤは思い出の品を手放したのだ。

 ソフィーヤの初恋は叶わなかった。しかし今、彼女は明るく豪快な夫と五人の子供に恵まれて幸せなのであった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

処理中です...