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宝石のような初恋

寂しさの中で

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 数日後。
(やっぱり夢じゃなかったのね)
 ティモシーがタンラート孤児院を去った中、シンシアは医務室での約束を思い出す。

 急遽貴族の家に引き取られることになったティモシー。シンシアは彼に想いを告げられ、更には大きくなったら迎えに行くと言われた。

 シンシアは風邪と喘息で意識は朧げだったが、その甘く切ないティモシーとの約束はしっかりと覚えていた。
 しかし、やはり寂しい気持ちには変わりない。いつもティモシーと二人で過ごすことが多かったシンシア。まるで半身を失ったような感覚であった。

「シンシア、体調はどう? もし体調が良ければ、裏庭に行かない? 今丁度うさぎ達が来ているの。子うさぎもいるみたい」
 最年長のメイジーはシンシアを元気付けるように声を掛ける。
「うさぎさん達……見たいわ。ありがとう、メイジー」
 シンシアは寂しさを感じる中、柔らかい笑みを浮かべた。

 他の子供達ともそれなりに交流していたシンシア。しかし、ぽっかりと空いた心の穴は塞がることはなかった。
 ティモシーが引き取られた先も詳しくは知らず、手紙も書けない。ティモシーからも手紙は届かない。
 食事中も、いつも真正面にティモシーがいたが、今はいない。それにも関わらず、チラリと正面を見ては落ち込んでしまう。
「おいシンシア、辛気くせえ顔してんじゃねえよ。飯が不味くなんだろうが」
 カイルが呆れたようにそう言う。
「……ごめんなさい、カイル」
 シンシアは俯いた。
「……そんな落ち込むなよ」
 シンシアの様子にカイルは少したじろぐ。
「もう、カイルったら。シンシアが心配なら素直にそう言えばいいじゃん」
 メイジーが苦笑しながらカイルを窘める。
「馬鹿! 誰が心配なんか……!」
 思わず顔を赤くするカイル。
「はいはい。本当、カイルは素直じゃないんだから」
 クスッと笑うメイジー。
「カイルはあんな風に言ってるけどさ、シンシアのこと心配してるんだよ。シンシア、ティモシーが引き取られてから全然元気ないしさ」
 メイジーは優しく微笑んだ。
「……ありがとう、メイジー、カイル」
 シンシアは柔らかく微笑む。アメジストの目は弱々しかった。
 シンシアの食は次第に細くなっていた。

 そして病は気からとはよく言ったもので、ティモシーがターラント孤児院を去って以降、シンシアは体調を崩す頻度が増えていた。元々細かった食も、更に細くなっているので免疫も弱っているようだ。体も以前より細くなっている。
(ティム……)
 シンシアは一人ポツンと残された医務室でティモシーのことを思う。
 アメジストの目は寂しさに染まっていた。

 そして、一年後の冬。
 シンシアは今までなかった程の大きな喘息発作を起こした。
 医師の治療により、何とか一命は取り留めたシンシア。しかし、どうなってもおかしくない状況であった。

 ある夜、喉が渇いたシンシアはゆっくりと医務室のベッドから起き上がり、水を飲みに行く。
 すると途中で先生達の会話が聞こえてきた。
「シンシアの喘息、まだ治らないのか……」
「はい……。今回はまだ時間がかかっているみたいで……」
「診察代と薬代がかさんでいるな。これ以上シンシアの為だけにお金をかけられないぞ」
「確かにそうですが……医療費を削るとシンシアを見殺しにすることになりますよ」
「今は子供達の食費を少し削って医療費に回していることですし……このままそれが子供達に知られれば、シンシアが攻撃されかねませんね」
 悩ましげに話す先生達。
 シンシアはそれを聞いて呆然と立ち尽くしていた。アメジストの目は色を失っている。
 十一歳になるシンシアは、先生達が話していることがよく理解できた。

(私……ここにいない方がいいの……?)
 あの後何とか医務室のベッドに戻ることが出来たシンシア。
 アメジストの目からはポロポロと涙が零れる。
(ティム……会いたいわ。迎えに来てくれるのよね? だったら、今すぐ来て。今すぐ会いたい。助けて……ティム……)
 思い出すのはティモシーの穏やかな笑顔と優しいエメラルドの目。
 寂しさと悲しさの中、シンシアは意識を手放した。

 翌日。
 シンシアが目を覚ましたのは日が高くなってから。
 他の子供達が外で元気に遊ぶ声でゆっくりと目を覚ました。
(……みんな走り回れて羨ましいわ)
 アメジストの目はぼんやりと窓の外を見つめている。
「起きたかい、シンシア」
「スコット院長……」
 シンシアはターラント孤児院の院長であるスコットをぼんやりと見る。
「お前さんがシンシアか……」
 スコットの隣にいた眼鏡を掛けている、恰幅が良い見知らぬ老紳士がシンシアに目を向けていた。
 白髪混じりのダークブロンドの髪。眼鏡の奥から覗くのはアメジストのような紫の目である。
「お爺さんは誰なの?」
 シンシアは不思議そうに首を傾げたのであった。
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