好かれる努力をしない奴が選ばれるわけがない

宝月 蓮

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本編

少しくらい察してくれても良いじゃないか

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 その後、ユリアーナがダンスに誘われたことで、エマは一人になった。
 エマはバルコニーでプラムのノンアルコールのカクテルを飲みながら休憩する。初夏の心地良い夜風がエマの頬を優しく撫でるようだった。
 ガーメニー王国や近隣のネンガルド王国、ナルフェック王国は夏は涼しく冬もそれ程寒くなく、過ごしやすい気候の国である。
(このカクテル、甘くて美味しいわ。そういえば、プラムはほとんどがナルフェック産みたいね。確か夏の半ばから秋の終わりに最盛期を迎えて、旬は三、四週間程度と短い。是非とも最盛期に食べてみたいわね。もちろん、このカクテルも美味しいけれど)
 エマはカクテルをもう一口飲み、満足そうに微笑んだ。
 ふと、令息とダンスをするユリアーナが目に入る。
(そういえば、ユリアーナ様は男性からダンスに誘われた時、いつも少し警戒しているような感じがするのよね。やはりご家族以外の男性が苦手なのかしら?)
 レオンハルトに挨拶をする際のユリアーナの少し硬い表情。そして男性からダンスに誘われた際に見せる少し強張った表情。エマはそれらからそう考えた。
(今度ユリアーナ様に聞いてみましょう)
 そう決めて、エマはまたカクテルを飲む。
「よ、エマ。お前、また一人なのかよ」
 そんなエマに声をかけたのは幼馴染のヘルムフリート。
(ああ、またなのね)
 エマは心の中でため息をつき、ヘルムフリートに笑みを向ける。ユリアーナ達に向ける明るく太陽のような笑みではない。口元は弧を描くように上がっているが、アンバーの目は冷たい。
「ええ、それが何か?」
 エマはそう言い、残り少ないカクテルを飲み干す。
「それは……えっと……こんなおめでたい夜会で一人なんて寂しい奴だな」
 結局いつもの憎まれ口である。
「そう。貴方には関係ないでしょ」
 エマはバッサリ切り捨てた。その対応にヘルムフリートはムッとする。
「エマ、お前はリーゼロッテ嬢やディートリヒ卿みたいな美貌を持ってないんだからもっと俺に愛想よくしろよ。お前は絶対行き遅れ確定だな」
「話の脈絡がないわね。貴方に愛想よくしないと行き遅れが確定するなんて、何の因果関係もないわ」
「ぐっ……それは……」
 ヘルムフリートは言い淀む。
 その時、エマはユリアーナのダンスが終わったことを確認する。
「貴方は昔から私のことが気に入らないのよね? それなら、私と関わらなければいいじゃない」
 エマは冷たく言い捨て、足早にユリアーナの元へ向かった。
「エマ様」
「素敵なダンスでしたわ、ユリアーナ様」
 エマは太陽のような明るい笑みである。そしてユリアーナと楽しそうに話し始めた。エマの元にはユリアーナ以外の令嬢令息達が寄って来る。皆、楽しそうに笑っていた。
 その様子を見ているヘルムフリートは悔しそうに顔を歪める。
(俺にはあんな風に明るい笑顔を見せてくれないのかよ)
 畜生ちくしょう! と叫び出したくなったがヘルムフリートはぐっとこらえた。
 そしてヘルムフリートは初対面の時に見た、エマの笑顔を思い出す。屈託のない、太陽のような笑み。ヘルムフリートはその笑みを見て、エマに惚れたのだ。当時ヘルムフリートは八歳。まだそれが恋だとも理解できず、初めて抱いた得体の知れない感情で頭がパンクしていた。それ故に、あんなことを言ってしまった。
『お、お前のような変な顔の女にしてやる挨拶なんてあるものか!』
 それからも、プライドが邪魔をして素直に好意を伝えることが出来なかった。
(それに、こんなの俺の中の算段になかったぞ)
 ヘルムフリートはエマが成人デビュタントを迎え社交界デビューしたら、たちまちリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較され塞ぎ込んでしまうだろうと予想していた。そこでヘルムフリートはエマに寄り添い、好感度を上げようと考えていたのだ。
 しかし、ヘルムフリートの予想は大きく裏切られた。エマは確かにリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較されたが、そんな声はものともせず太陽のような明るく屈託のない笑みで吹き飛ばした。更に、センスのいい話題や返答でエマ本人は自覚していないが社交界の中心人物になりつつある。
 今もエマの周りには、ユリアーナを始めとし、多くの令嬢令息達がいる。エマはその中心で、太陽のようにキラキラとした屈託のない笑みを浮かべていた。周囲もそれにつられて笑顔になる。
(あの中に入っていけるわけがない。このままだとエマと接する機会がどんどん減っていく一方だ)
 ヘルムフリートはムスッとしながらエマを見ている。イライラする気持ちがどんどん大きくなっていく。
 幼少期から、ヘルムフリートはあまり素直ではなかった。
『ヘルムフリート、これから私達は王都に行く。お土産は最近話題の小説でいいかな?』
『そ、そんな子供っぽいもの欲しくありません、父上』
 父ヴォルフガングの申し出がとても嬉しかったのだが、ついそう答えてしまったヘルムフリート。しかし、ヴォルフガングは話題の小説をお土産に買って来てくれた。
 また、こんなこともあった。
『ヘルムフリート様、お休み前にホットミルクをお持ちいたします』
『ああ。でも俺はもう子供じゃないから蜂蜜は絶対に入れるなよ』
 本当は蜂蜜を入れて欲しいのだが、使用人についそう言ってしまったヘルムフリート。しかし、使用人はヘルムフリートの本心を汲んで蜂蜜入りホットミルクを持って来た。
 周囲がそういう対応をしていた為、ヘルムフリートは本心が言えないまま成長してしまった。家庭教師から礼儀作法などはしっかり叩き込まれ、貴族令息としては問題はないのだが。
(エマの奴、少しくらい俺の気持ちを察して笑顔を見せてくれても良いだろうが)
 ヘルムフリートは周囲が自分の本心を察して当然だと思っていたのだ。
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