9 / 36
本編
少しくらい察してくれても良いじゃないか
しおりを挟む
その後、ユリアーナがダンスに誘われたことで、エマは一人になった。
エマはバルコニーでプラムのノンアルコールのカクテルを飲みながら休憩する。初夏の心地良い夜風がエマの頬を優しく撫でるようだった。
ガーメニー王国や近隣のネンガルド王国、ナルフェック王国は夏は涼しく冬もそれ程寒くなく、過ごしやすい気候の国である。
(このカクテル、甘くて美味しいわ。そういえば、プラムはほとんどがナルフェック産みたいね。確か夏の半ばから秋の終わりに最盛期を迎えて、旬は三、四週間程度と短い。是非とも最盛期に食べてみたいわね。もちろん、このカクテルも美味しいけれど)
エマはカクテルをもう一口飲み、満足そうに微笑んだ。
ふと、令息とダンスをするユリアーナが目に入る。
(そういえば、ユリアーナ様は男性からダンスに誘われた時、いつも少し警戒しているような感じがするのよね。やはりご家族以外の男性が苦手なのかしら?)
レオンハルトに挨拶をする際のユリアーナの少し硬い表情。そして男性からダンスに誘われた際に見せる少し強張った表情。エマはそれらからそう考えた。
(今度ユリアーナ様に聞いてみましょう)
そう決めて、エマはまたカクテルを飲む。
「よ、エマ。お前、また一人なのかよ」
そんなエマに声をかけたのは幼馴染のヘルムフリート。
(ああ、またなのね)
エマは心の中でため息をつき、ヘルムフリートに笑みを向ける。ユリアーナ達に向ける明るく太陽のような笑みではない。口元は弧を描くように上がっているが、アンバーの目は冷たい。
「ええ、それが何か?」
エマはそう言い、残り少ないカクテルを飲み干す。
「それは……えっと……こんなおめでたい夜会で一人なんて寂しい奴だな」
結局いつもの憎まれ口である。
「そう。貴方には関係ないでしょ」
エマはバッサリ切り捨てた。その対応にヘルムフリートはムッとする。
「エマ、お前はリーゼロッテ嬢やディートリヒ卿みたいな美貌を持ってないんだからもっと俺に愛想よくしろよ。お前は絶対行き遅れ確定だな」
「話の脈絡がないわね。貴方に愛想よくしないと行き遅れが確定するなんて、何の因果関係もないわ」
「ぐっ……それは……」
ヘルムフリートは言い淀む。
その時、エマはユリアーナのダンスが終わったことを確認する。
「貴方は昔から私のことが気に入らないのよね? それなら、私と関わらなければいいじゃない」
エマは冷たく言い捨て、足早にユリアーナの元へ向かった。
「エマ様」
「素敵なダンスでしたわ、ユリアーナ様」
エマは太陽のような明るい笑みである。そしてユリアーナと楽しそうに話し始めた。エマの元にはユリアーナ以外の令嬢令息達が寄って来る。皆、楽しそうに笑っていた。
その様子を見ているヘルムフリートは悔しそうに顔を歪める。
(俺にはあんな風に明るい笑顔を見せてくれないのかよ)
畜生! と叫び出したくなったがヘルムフリートはぐっと堪えた。
そしてヘルムフリートは初対面の時に見た、エマの笑顔を思い出す。屈託のない、太陽のような笑み。ヘルムフリートはその笑みを見て、エマに惚れたのだ。当時ヘルムフリートは八歳。まだそれが恋だとも理解できず、初めて抱いた得体の知れない感情で頭がパンクしていた。それ故に、あんなことを言ってしまった。
『お、お前のような変な顔の女にしてやる挨拶なんてあるものか!』
それからも、プライドが邪魔をして素直に好意を伝えることが出来なかった。
(それに、こんなの俺の中の算段になかったぞ)
ヘルムフリートはエマが成人を迎え社交界デビューしたら、たちまちリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較され塞ぎ込んでしまうだろうと予想していた。そこでヘルムフリートはエマに寄り添い、好感度を上げようと考えていたのだ。
しかし、ヘルムフリートの予想は大きく裏切られた。エマは確かにリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較されたが、そんな声はものともせず太陽のような明るく屈託のない笑みで吹き飛ばした。更に、センスのいい話題や返答でエマ本人は自覚していないが社交界の中心人物になりつつある。
今もエマの周りには、ユリアーナを始めとし、多くの令嬢令息達がいる。エマはその中心で、太陽のようにキラキラとした屈託のない笑みを浮かべていた。周囲もそれにつられて笑顔になる。
(あの中に入っていけるわけがない。このままだとエマと接する機会がどんどん減っていく一方だ)
ヘルムフリートはムスッとしながらエマを見ている。イライラする気持ちがどんどん大きくなっていく。
幼少期から、ヘルムフリートはあまり素直ではなかった。
『ヘルムフリート、これから私達は王都に行く。お土産は最近話題の小説でいいかな?』
『そ、そんな子供っぽいもの欲しくありません、父上』
父ヴォルフガングの申し出がとても嬉しかったのだが、ついそう答えてしまったヘルムフリート。しかし、ヴォルフガングは話題の小説をお土産に買って来てくれた。
また、こんなこともあった。
『ヘルムフリート様、お休み前にホットミルクをお持ちいたします』
『ああ。でも俺はもう子供じゃないから蜂蜜は絶対に入れるなよ』
本当は蜂蜜を入れて欲しいのだが、使用人についそう言ってしまったヘルムフリート。しかし、使用人はヘルムフリートの本心を汲んで蜂蜜入りホットミルクを持って来た。
周囲がそういう対応をしていた為、ヘルムフリートは本心が言えないまま成長してしまった。家庭教師から礼儀作法などはしっかり叩き込まれ、貴族令息としては問題はないのだが。
(エマの奴、少しくらい俺の気持ちを察して笑顔を見せてくれても良いだろうが)
ヘルムフリートは周囲が自分の本心を察して当然だと思っていたのだ。
エマはバルコニーでプラムのノンアルコールのカクテルを飲みながら休憩する。初夏の心地良い夜風がエマの頬を優しく撫でるようだった。
ガーメニー王国や近隣のネンガルド王国、ナルフェック王国は夏は涼しく冬もそれ程寒くなく、過ごしやすい気候の国である。
(このカクテル、甘くて美味しいわ。そういえば、プラムはほとんどがナルフェック産みたいね。確か夏の半ばから秋の終わりに最盛期を迎えて、旬は三、四週間程度と短い。是非とも最盛期に食べてみたいわね。もちろん、このカクテルも美味しいけれど)
エマはカクテルをもう一口飲み、満足そうに微笑んだ。
ふと、令息とダンスをするユリアーナが目に入る。
(そういえば、ユリアーナ様は男性からダンスに誘われた時、いつも少し警戒しているような感じがするのよね。やはりご家族以外の男性が苦手なのかしら?)
レオンハルトに挨拶をする際のユリアーナの少し硬い表情。そして男性からダンスに誘われた際に見せる少し強張った表情。エマはそれらからそう考えた。
(今度ユリアーナ様に聞いてみましょう)
そう決めて、エマはまたカクテルを飲む。
「よ、エマ。お前、また一人なのかよ」
そんなエマに声をかけたのは幼馴染のヘルムフリート。
(ああ、またなのね)
エマは心の中でため息をつき、ヘルムフリートに笑みを向ける。ユリアーナ達に向ける明るく太陽のような笑みではない。口元は弧を描くように上がっているが、アンバーの目は冷たい。
「ええ、それが何か?」
エマはそう言い、残り少ないカクテルを飲み干す。
「それは……えっと……こんなおめでたい夜会で一人なんて寂しい奴だな」
結局いつもの憎まれ口である。
「そう。貴方には関係ないでしょ」
エマはバッサリ切り捨てた。その対応にヘルムフリートはムッとする。
「エマ、お前はリーゼロッテ嬢やディートリヒ卿みたいな美貌を持ってないんだからもっと俺に愛想よくしろよ。お前は絶対行き遅れ確定だな」
「話の脈絡がないわね。貴方に愛想よくしないと行き遅れが確定するなんて、何の因果関係もないわ」
「ぐっ……それは……」
ヘルムフリートは言い淀む。
その時、エマはユリアーナのダンスが終わったことを確認する。
「貴方は昔から私のことが気に入らないのよね? それなら、私と関わらなければいいじゃない」
エマは冷たく言い捨て、足早にユリアーナの元へ向かった。
「エマ様」
「素敵なダンスでしたわ、ユリアーナ様」
エマは太陽のような明るい笑みである。そしてユリアーナと楽しそうに話し始めた。エマの元にはユリアーナ以外の令嬢令息達が寄って来る。皆、楽しそうに笑っていた。
その様子を見ているヘルムフリートは悔しそうに顔を歪める。
(俺にはあんな風に明るい笑顔を見せてくれないのかよ)
畜生! と叫び出したくなったがヘルムフリートはぐっと堪えた。
そしてヘルムフリートは初対面の時に見た、エマの笑顔を思い出す。屈託のない、太陽のような笑み。ヘルムフリートはその笑みを見て、エマに惚れたのだ。当時ヘルムフリートは八歳。まだそれが恋だとも理解できず、初めて抱いた得体の知れない感情で頭がパンクしていた。それ故に、あんなことを言ってしまった。
『お、お前のような変な顔の女にしてやる挨拶なんてあるものか!』
それからも、プライドが邪魔をして素直に好意を伝えることが出来なかった。
(それに、こんなの俺の中の算段になかったぞ)
ヘルムフリートはエマが成人を迎え社交界デビューしたら、たちまちリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較され塞ぎ込んでしまうだろうと予想していた。そこでヘルムフリートはエマに寄り添い、好感度を上げようと考えていたのだ。
しかし、ヘルムフリートの予想は大きく裏切られた。エマは確かにリーゼロッテやディートリヒと容姿を比較されたが、そんな声はものともせず太陽のような明るく屈託のない笑みで吹き飛ばした。更に、センスのいい話題や返答でエマ本人は自覚していないが社交界の中心人物になりつつある。
今もエマの周りには、ユリアーナを始めとし、多くの令嬢令息達がいる。エマはその中心で、太陽のようにキラキラとした屈託のない笑みを浮かべていた。周囲もそれにつられて笑顔になる。
(あの中に入っていけるわけがない。このままだとエマと接する機会がどんどん減っていく一方だ)
ヘルムフリートはムスッとしながらエマを見ている。イライラする気持ちがどんどん大きくなっていく。
幼少期から、ヘルムフリートはあまり素直ではなかった。
『ヘルムフリート、これから私達は王都に行く。お土産は最近話題の小説でいいかな?』
『そ、そんな子供っぽいもの欲しくありません、父上』
父ヴォルフガングの申し出がとても嬉しかったのだが、ついそう答えてしまったヘルムフリート。しかし、ヴォルフガングは話題の小説をお土産に買って来てくれた。
また、こんなこともあった。
『ヘルムフリート様、お休み前にホットミルクをお持ちいたします』
『ああ。でも俺はもう子供じゃないから蜂蜜は絶対に入れるなよ』
本当は蜂蜜を入れて欲しいのだが、使用人についそう言ってしまったヘルムフリート。しかし、使用人はヘルムフリートの本心を汲んで蜂蜜入りホットミルクを持って来た。
周囲がそういう対応をしていた為、ヘルムフリートは本心が言えないまま成長してしまった。家庭教師から礼儀作法などはしっかり叩き込まれ、貴族令息としては問題はないのだが。
(エマの奴、少しくらい俺の気持ちを察して笑顔を見せてくれても良いだろうが)
ヘルムフリートは周囲が自分の本心を察して当然だと思っていたのだ。
57
あなたにおすすめの小説
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語
石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。
本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。
『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。
「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。
カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。
大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる