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本編
王太子誕生祭にて
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ランツベルク辺境伯家の王都の屋敷のとある一室にて。
パトリックはそこでキャンバスに絵を描いている。人物画だ。真っ直ぐ伸びたストロベリーブロンドの長い髪に、アンバーの目、そして鼻から頬あたりにはそばかすがある。エマの肖像画だった。肖像画のエマは淑女としての品があり、太陽のような屈託のない明るい笑みである。まるで本当にそこにいるかのように。
「やはりエマ嬢は、笑顔が素敵だ。いや、素敵だなんて陳腐な言葉で表現するのは烏滸がましいくらいだ」
絵を完成させ、パトリックは満足気に微笑んでいる。
その時、扉のノック音が聞こえた。侍従のロルフである。
「パトリック様、またリートベルク嬢の肖像画をお描きになられていたのですか」
やや呆れ気味のロルフ。
部屋には何十枚何百枚ものエマの肖像画があった。表情はそれぞれ違う。同じ笑顔でも、一枚一枚微妙に変化がある。まるで本当にそこにエマがいるかのようだ。これらは全てパトリックが描いたのである。
「エマ嬢に会えない日は、こうして彼女の絵を描くなり見るなりしてこの気持ちを落ち着かせるしかないからね」
パトリックは微笑み、エマの肖像画の頬の部分にそっとキスをする。アメジストの目には、光が灯っていなかった。
「左様でございますか。ところでパトリック様、ホーエンツォレルン王家から招待状が届いております」
ロルフは表情一つ変えず、パトリックに招待状を渡す。
「ああ、そういえばもうすぐルーカス王太子殿下の誕生日だったね」
パトリックは招待状の中身を確認する。
「辺境伯家の人間には王太子誕生祭に欠席する権利はあるけれど、ルーカスは僕の友人でもあるし、参加するとしよう。それに、辺境伯家以外の貴族は全員参加。きっとエマ嬢にも会える。それに、そろそろ社交の場でエマ嬢と知り合いたいし」
楽しみだ、とパトリックは口角を上げる。
「ロルフ、ルーカスに返事を書くから、僕の部屋まで便箋と封筒を持って来てくれ」
「承知いたしました」
ロルフはすぐに用意しに行く。
そしてパトリックは部屋に一人になった。
「ああ、エマ嬢……」
パトリックは恍惚な笑みエマの肖像画を見つめる。相変わらずアメジストの目には光が灯っていない。しかし、その後自嘲気味な笑みになる。
「今すぐにでも君を攫って、ランツベルク城に閉じ込めてしまうことも僕には出来るけれど……そんなことをしたら君の心からの笑顔は二度と見ることが出来ないよね」
エマの、淑女としての品があり、太陽のような屈託のない明るい笑みが、パトリックの脳裏に浮かぶ。
「知っているよ、僕が異常だということくらい。だから、君を怖がらせないように頑張るよ、エマ嬢」
心の奥底から沸々と湧き出すエマに対する渇望によく似た感情。パトリックはその感情を必死に抑えるのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。この日はガーメニー王国王太子、ルーカス・ディートフリート・フォン・ホーエンツォレルンの誕生祭が王宮で開催される。この誕生祭は、辺境伯家以外の貴族は余程のことがない限り全員参加が義務付けられている。よって、リートベルク家も社交界デビューしていないヨハネス以外全員参加している。
エマ達は王族に挨拶をする。両親とリーゼロッテとディートリヒの挨拶が終わり、カーテシーで礼を執っていたエマも口を開く。
「偉大なる国王陛下。お会い出来て大変光栄でございます。エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「全員面を上げよ」
国王ディートフリート・ハンネス・フォン・ホーエンツォレルンが、エマ達にそう言う。威厳のある声だ。星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、サファイアのような青い目で国王としての風格がある顔立ち。
「アロイス殿、ジークリンデ殿、リートベルク領の乳製品は陛下も私もとても気に入っておりますの。これからも頼みますわね」
品のある声でそう言うのは、王妃ヴァネサ・アマーリエ・フォン・ホーエンツォレルン。赤毛にアンバーの目で品のある顔立ちだ。背丈は少し低めである。
「「身に余る光栄でございます、王妃殿下」」
アロイスとジークリンデは再び深々と礼を取る。
「リーゼロッテ嬢、ディートリヒ卿、エマ嬢。君達のこれからに期待している。そして、未来を担う君達には私と妻のイレーネを支えて欲しいと思っている」
威厳と優しさを兼ね備えた声でそう言うのは、本日の主役である、今年十九歳になる王太子ルーカス。父親譲りの星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目。父親に似て威厳ある顔端正な顔立ちである。
「私もお三方に期待しておりますわ」
彼の隣にいる王太子妃イレーネ・コンスタンツェ・フォン・ホーエンツォレルンが柔らかな声でそう言う。ストロベリーブロンドの髪にアメジストのような紫の目の美女だ。今年十八歳になる彼女はカノーム公国の公女であり、昨年ガーメニー王国に嫁いで来たのだ。
「「「王太子殿下と王太子妃殿下のご期待に添えるよう、精進して参ります」」」
リーゼロッテ、ディートリヒ、エマはそう答える。エマは少し緊張していた。
「本日は兄ルーカスの誕生祭ですが、皆さんも楽しんでくださいね」
そう言ったのは、ルーカスの弟で第二王子のゼバスティアン・ジークムント・フォン・ホーエンツォレルン。今年十六歳になる。父親譲りの星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、母親譲りのアンバーの目。顔立ちは母親に似ている。
「感謝いたします、王子殿下」
代表してアロイスがお礼を言った。
ちなみに、王太子ルーカスの上には第一王女ナターリエ・テレジア・フォン・ホーエンツォレルンがいたのだが、二年前にナルフェック王国の王室に嫁ぎ、王太子妃になった。ナルフェックではナタリー・テレーズと呼ばれている。それから、第二王子ゼバスティアンの下には第二王女ブリギッテ・ヴァネサ・フォン・ホーエンツォレルンがいるのだが、彼女はまだ成人を迎えていないのでこの場にはいない。
ちなみに、星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目は、ガーメニー王国の王族の特徴である。同じ特徴を持つ、リーゼロッテの婚約者レオンハルトは先祖返りである。彼の曽祖母が王族なのだ。
王族への挨拶が終わり、エマはパーティーを楽しんでいる。
「成人の儀で王族の方々とお会いしたことはございますが、やはりご挨拶をする際は緊張してしまいますわ」
エマは苦笑する。
「心中お察しいたしますわ、エマ様。実は私も王族の方々へご挨拶をする際は緊張しておりました」
ユリアーナはクールに微笑んでいる。
「まあ、ユリアーナ様、全くそうは見えませんでしたわ」
エマはふふっと笑う。
そのうち、エマの周りには人が集まり始め、賑やかになっていた。中心にいるエマは、太陽のような明るく屈託のない笑みを浮かべている。
その時、会場が騒めく。正確には、会場にいる女性陣が騒めき出した。
「ちょっと、ご覧になって」
「まあ……お会い出来るとは思いませんでしたわ」
「社交界には滅多にお出にならないとお聞きしていたのに」
女性陣の嬉しそうな声。そして視線の先にいたのは何とパトリック。
(あら、パトリック様もいらしているとは。それに、やはり女性に人気なのね)
エマはパトリックの存在に気付くなり、呑気にそう考えていた。
「あら、あのお方はあまりお見かけしたことがございませんわね。何だか人気があるみたいですが」
パトリックを見て少し訝しげなユリアーナ。
「ユリアーナ様、あの方がパトリック様でございますわ」
エマはユリアーナにふふっと微笑む。
「まあ、あのお方が……」
ユリアーナは少し意外そうな表情だった。
「エマ嬢はランツベルク卿とお知り合いなのですか?」
他の令嬢からそう聞かれ、エマは頷く。
「ええ。孤児院での奉仕活動でよく顔を合わせますわ」
「まあ、ランツベルク卿は誰とも被らない日を狙って孤児院などに行くとお聞きしておりましたわ」
令嬢は驚いて目を見開いている。
「あら、左様でございますの?」
エマは意外そうにアンバーの目を丸くする。
「エマ様、そのランツベルク卿という方に、孤児院への訪問日程などはお伝えしていないのでございますよね?」
ユリアーナがそう聞いてきたので、エマは頷く。
「ええ。そういったことは一切伝えた覚えはございません」
「ランツベルク卿はエマ嬢に惹かれているかもしれませんね」
令息がクスッと笑う。
「まさか。そのようなことはないと思いますが」
エマは太陽のような屈託のない明るい笑みでそう答えた。しかし、ほんの一瞬心臓が跳ねたのであった。
一方、パトリックは会場中心にいるルーカスへ挨拶に行く。
「パトリック、まさか君が来るとは思わなかったよ」
ルーカスが意外そうにフッと笑う。
「王太子殿下の誕生祭ですから、僕が行かないわけありませんよ」
少し砕けた笑みのパトリックである。口調はややわざとらしい。
「その口調は似合わないな。いつものように敬語でなくて構わない。君と私の仲だろう」
ルーカスが悪戯っぽく笑った。
「じゃあ遠慮なく……と言いたいところだが、ここでは目立つから二人だけの時にするさ。それから、また後でプレゼントも渡すよ」
パトリックはクスッと笑い、小声でそう言った。
「ありがとう、パトリック。君もパーティーを楽しんでくれ」
「お気遣い感謝いたします、王太子殿下」
パトリックはわざとらしい口調で笑い、ルーカスの元を去った。そして誰かを探している様子だ。少し会場を見渡すと、お目当ての人物を見つけた。
ストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた髪に、アンバーの目。そして鼻から頬にかけてそばかすがある令嬢。彼女は多くの令嬢や令息達の中心で太陽のような屈託のない明るい笑みを浮かべている。
(エマ嬢……見つけたよ)
パトリックは口角を上げた。
パトリックはそこでキャンバスに絵を描いている。人物画だ。真っ直ぐ伸びたストロベリーブロンドの長い髪に、アンバーの目、そして鼻から頬あたりにはそばかすがある。エマの肖像画だった。肖像画のエマは淑女としての品があり、太陽のような屈託のない明るい笑みである。まるで本当にそこにいるかのように。
「やはりエマ嬢は、笑顔が素敵だ。いや、素敵だなんて陳腐な言葉で表現するのは烏滸がましいくらいだ」
絵を完成させ、パトリックは満足気に微笑んでいる。
その時、扉のノック音が聞こえた。侍従のロルフである。
「パトリック様、またリートベルク嬢の肖像画をお描きになられていたのですか」
やや呆れ気味のロルフ。
部屋には何十枚何百枚ものエマの肖像画があった。表情はそれぞれ違う。同じ笑顔でも、一枚一枚微妙に変化がある。まるで本当にそこにエマがいるかのようだ。これらは全てパトリックが描いたのである。
「エマ嬢に会えない日は、こうして彼女の絵を描くなり見るなりしてこの気持ちを落ち着かせるしかないからね」
パトリックは微笑み、エマの肖像画の頬の部分にそっとキスをする。アメジストの目には、光が灯っていなかった。
「左様でございますか。ところでパトリック様、ホーエンツォレルン王家から招待状が届いております」
ロルフは表情一つ変えず、パトリックに招待状を渡す。
「ああ、そういえばもうすぐルーカス王太子殿下の誕生日だったね」
パトリックは招待状の中身を確認する。
「辺境伯家の人間には王太子誕生祭に欠席する権利はあるけれど、ルーカスは僕の友人でもあるし、参加するとしよう。それに、辺境伯家以外の貴族は全員参加。きっとエマ嬢にも会える。それに、そろそろ社交の場でエマ嬢と知り合いたいし」
楽しみだ、とパトリックは口角を上げる。
「ロルフ、ルーカスに返事を書くから、僕の部屋まで便箋と封筒を持って来てくれ」
「承知いたしました」
ロルフはすぐに用意しに行く。
そしてパトリックは部屋に一人になった。
「ああ、エマ嬢……」
パトリックは恍惚な笑みエマの肖像画を見つめる。相変わらずアメジストの目には光が灯っていない。しかし、その後自嘲気味な笑みになる。
「今すぐにでも君を攫って、ランツベルク城に閉じ込めてしまうことも僕には出来るけれど……そんなことをしたら君の心からの笑顔は二度と見ることが出来ないよね」
エマの、淑女としての品があり、太陽のような屈託のない明るい笑みが、パトリックの脳裏に浮かぶ。
「知っているよ、僕が異常だということくらい。だから、君を怖がらせないように頑張るよ、エマ嬢」
心の奥底から沸々と湧き出すエマに対する渇望によく似た感情。パトリックはその感情を必死に抑えるのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。この日はガーメニー王国王太子、ルーカス・ディートフリート・フォン・ホーエンツォレルンの誕生祭が王宮で開催される。この誕生祭は、辺境伯家以外の貴族は余程のことがない限り全員参加が義務付けられている。よって、リートベルク家も社交界デビューしていないヨハネス以外全員参加している。
エマ達は王族に挨拶をする。両親とリーゼロッテとディートリヒの挨拶が終わり、カーテシーで礼を執っていたエマも口を開く。
「偉大なる国王陛下。お会い出来て大変光栄でございます。エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「全員面を上げよ」
国王ディートフリート・ハンネス・フォン・ホーエンツォレルンが、エマ達にそう言う。威厳のある声だ。星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、サファイアのような青い目で国王としての風格がある顔立ち。
「アロイス殿、ジークリンデ殿、リートベルク領の乳製品は陛下も私もとても気に入っておりますの。これからも頼みますわね」
品のある声でそう言うのは、王妃ヴァネサ・アマーリエ・フォン・ホーエンツォレルン。赤毛にアンバーの目で品のある顔立ちだ。背丈は少し低めである。
「「身に余る光栄でございます、王妃殿下」」
アロイスとジークリンデは再び深々と礼を取る。
「リーゼロッテ嬢、ディートリヒ卿、エマ嬢。君達のこれからに期待している。そして、未来を担う君達には私と妻のイレーネを支えて欲しいと思っている」
威厳と優しさを兼ね備えた声でそう言うのは、本日の主役である、今年十九歳になる王太子ルーカス。父親譲りの星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目。父親に似て威厳ある顔端正な顔立ちである。
「私もお三方に期待しておりますわ」
彼の隣にいる王太子妃イレーネ・コンスタンツェ・フォン・ホーエンツォレルンが柔らかな声でそう言う。ストロベリーブロンドの髪にアメジストのような紫の目の美女だ。今年十八歳になる彼女はカノーム公国の公女であり、昨年ガーメニー王国に嫁いで来たのだ。
「「「王太子殿下と王太子妃殿下のご期待に添えるよう、精進して参ります」」」
リーゼロッテ、ディートリヒ、エマはそう答える。エマは少し緊張していた。
「本日は兄ルーカスの誕生祭ですが、皆さんも楽しんでくださいね」
そう言ったのは、ルーカスの弟で第二王子のゼバスティアン・ジークムント・フォン・ホーエンツォレルン。今年十六歳になる。父親譲りの星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、母親譲りのアンバーの目。顔立ちは母親に似ている。
「感謝いたします、王子殿下」
代表してアロイスがお礼を言った。
ちなみに、王太子ルーカスの上には第一王女ナターリエ・テレジア・フォン・ホーエンツォレルンがいたのだが、二年前にナルフェック王国の王室に嫁ぎ、王太子妃になった。ナルフェックではナタリー・テレーズと呼ばれている。それから、第二王子ゼバスティアンの下には第二王女ブリギッテ・ヴァネサ・フォン・ホーエンツォレルンがいるのだが、彼女はまだ成人を迎えていないのでこの場にはいない。
ちなみに、星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目は、ガーメニー王国の王族の特徴である。同じ特徴を持つ、リーゼロッテの婚約者レオンハルトは先祖返りである。彼の曽祖母が王族なのだ。
王族への挨拶が終わり、エマはパーティーを楽しんでいる。
「成人の儀で王族の方々とお会いしたことはございますが、やはりご挨拶をする際は緊張してしまいますわ」
エマは苦笑する。
「心中お察しいたしますわ、エマ様。実は私も王族の方々へご挨拶をする際は緊張しておりました」
ユリアーナはクールに微笑んでいる。
「まあ、ユリアーナ様、全くそうは見えませんでしたわ」
エマはふふっと笑う。
そのうち、エマの周りには人が集まり始め、賑やかになっていた。中心にいるエマは、太陽のような明るく屈託のない笑みを浮かべている。
その時、会場が騒めく。正確には、会場にいる女性陣が騒めき出した。
「ちょっと、ご覧になって」
「まあ……お会い出来るとは思いませんでしたわ」
「社交界には滅多にお出にならないとお聞きしていたのに」
女性陣の嬉しそうな声。そして視線の先にいたのは何とパトリック。
(あら、パトリック様もいらしているとは。それに、やはり女性に人気なのね)
エマはパトリックの存在に気付くなり、呑気にそう考えていた。
「あら、あのお方はあまりお見かけしたことがございませんわね。何だか人気があるみたいですが」
パトリックを見て少し訝しげなユリアーナ。
「ユリアーナ様、あの方がパトリック様でございますわ」
エマはユリアーナにふふっと微笑む。
「まあ、あのお方が……」
ユリアーナは少し意外そうな表情だった。
「エマ嬢はランツベルク卿とお知り合いなのですか?」
他の令嬢からそう聞かれ、エマは頷く。
「ええ。孤児院での奉仕活動でよく顔を合わせますわ」
「まあ、ランツベルク卿は誰とも被らない日を狙って孤児院などに行くとお聞きしておりましたわ」
令嬢は驚いて目を見開いている。
「あら、左様でございますの?」
エマは意外そうにアンバーの目を丸くする。
「エマ様、そのランツベルク卿という方に、孤児院への訪問日程などはお伝えしていないのでございますよね?」
ユリアーナがそう聞いてきたので、エマは頷く。
「ええ。そういったことは一切伝えた覚えはございません」
「ランツベルク卿はエマ嬢に惹かれているかもしれませんね」
令息がクスッと笑う。
「まさか。そのようなことはないと思いますが」
エマは太陽のような屈託のない明るい笑みでそう答えた。しかし、ほんの一瞬心臓が跳ねたのであった。
一方、パトリックは会場中心にいるルーカスへ挨拶に行く。
「パトリック、まさか君が来るとは思わなかったよ」
ルーカスが意外そうにフッと笑う。
「王太子殿下の誕生祭ですから、僕が行かないわけありませんよ」
少し砕けた笑みのパトリックである。口調はややわざとらしい。
「その口調は似合わないな。いつものように敬語でなくて構わない。君と私の仲だろう」
ルーカスが悪戯っぽく笑った。
「じゃあ遠慮なく……と言いたいところだが、ここでは目立つから二人だけの時にするさ。それから、また後でプレゼントも渡すよ」
パトリックはクスッと笑い、小声でそう言った。
「ありがとう、パトリック。君もパーティーを楽しんでくれ」
「お気遣い感謝いたします、王太子殿下」
パトリックはわざとらしい口調で笑い、ルーカスの元を去った。そして誰かを探している様子だ。少し会場を見渡すと、お目当ての人物を見つけた。
ストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた髪に、アンバーの目。そして鼻から頬にかけてそばかすがある令嬢。彼女は多くの令嬢や令息達の中心で太陽のような屈託のない明るい笑みを浮かべている。
(エマ嬢……見つけたよ)
パトリックは口角を上げた。
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