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一章

9・かぁっこいいではありませんかぁ

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 倒しちゃった。
 中ボスのヴィラハドラを、まだゲームが始まっていないこの時期に、単独で。
 ゲームでは、ラーズさまは闇の魔力を封印したという設定だったから、闇の魔法は使えなかったけど、彼の闇の魔力ってこんなに強いの。
 ラーズさまはヴィラハドラが手にしていた太刀を拾った。
「これが、鏡水の剣シュピーゲル」
 私は、切断されたヴィラハドラの体から流れる夥しい量の赤い液体をなるべく見ないようにしながら、ラーズさまの所へ。
「はい、それがあなたの求めていた剣です。水属性の攻撃を可能とし、また先程のヴィラハドラのように分身体ドッペルゲンガーを作ることができます。ただ、分身体を作っている間は、魔力を消費し続けるので、その点を注意してください」
「自分の分身を二体 作るか。使いこなせれば、戦闘に大きく有利に働くだろうな」
「あ、いえ。普通、分身体は一体しか作れません。なぜ ヴィラハドラが二体も作れたのかは分かりませんが、まあ 常識的に考えて、最初は一体しか作れないと考えたほうがよろしいかと」
「そうなのか?」
「そうなのです」
「とにかく、まずは試してみよう。離れていろ」
 私はラーズさまの言葉通り、壁際まで離れる。
 ラーズさまは太刀を構えて、一声唱える。
武器魔法付与エンチャントウェポン
 武器魔法付与は武器の攻撃力を強化するという、補助魔法の基本中の基本。
 初級の魔法ながら、使用者の魔力が高ければ高いほど攻撃力も上がるので、ゲームではラスボス戦まで重宝した。
 ただ この魔法も、使用している間は魔力を消費し続けるという問題点があるので、乱用はできない。
 鏡水の剣シュピーゲルに、ラーズさまの魔力が注ぎ込まれ、闇色の輝きを放ちはじめる。
 目に見えて分かるほど、膨大な魔力だ。
 ピシリッ。
 鏡水の剣の刀身に亀裂が入った。
 ラーズさまは魔力を注ぐのを止めた。
「これもダメか」
 こんなことって……
「無限耐久度を持っているはずの鏡水の剣シュピーゲルに罅が入るなんて、いったいどういう魔力をしているのですか?」
 ラーズさまは驚愕している私に気付いて、苦笑した。
「まあ、こういうことだ。俺が剣を使わない理由は」
「つまり、貴方の魔力に武器が耐えられないということですか?」
「そうだ。俺の魔力は強すぎるんだ。普通の武器は勿論、並みの魔法剣では耐えられない。だから伝説の武器を探し求めている」
 その伝説の武器である鏡水の剣シュピーゲルでさえ耐えられなかった。
「水系統では最高と聞いた、鏡水の剣シュピーゲルでさえ耐えられなかったか。まあ、仕方がない」
 ラーズさまは鏡水の剣シュピーゲルを鞘に納めると、ヴィラハドラの手元に置いた。
「って、ちょっと待ってください! それ、置いて行くのですか!?」
「ああ、使えない物を持っていても仕方ないだろう。それに俺の技は基本的に剣技だからな。刀は学んだことがない」
「だからって置いて行くなんてダメですよ! 勿体ない! 売ればいくらになると思っているのですか!?」
「だが、罅が入ってしまってるぞ」
「武器の素材としても高いに決まっています! いらないなら私にください!」
「俺は構わないが、本当に売れるのか? それ」
「売ってみせます! そして逃亡生活の路銀にするんです!」
「逃亡生活? どういう意味だ?」
「あ!」
 しまった。
 つい隠しておこうと思っていたことを口走ってしまった。
 どうしよう。
 実は処刑のために竜の谷に落とされた悪役令嬢なんです、なんて言えない。
 ラーズさまはこれから、あの女とその取り巻きである運命の王子さまたちと会うことになっている。
 その時、もし 私のことを知っていたら、あいつらに私が生きていることが伝わってしまう。
「じつはー……そのー……」
 ラーズさまは私の返答を待っていたようだが、しばらくして付け加える。
「いまさらだが、一つ聞いておきたい。なぜ俺が鏡水の剣シュピーゲルを探しているとわかった?」
「え? えっと……それはー……」
 その黒曜石の様な輝きの瞳は、私を真っ直ぐ見つめ、魂の奥底まで見通すかのよう。
 まずい。
 今 ウソをついても 絶対にばれる。
 体中から嫌な汗が噴き出る。
 眼が泳いでいるのが自分でもわかる。
 実は私、前世の記憶を持っているんです。
 ここはゲームの世界で、私はその登場人物で、あなたも登場人物の一人で、剣もゲームに登場した物なのです。
 言えるわけがない!
 ラーズさまの反応が容易に予想できる。
 何を言ってるんだ君は? 俺が良い医者を紹介しよう、となるのは確実。
「つまり……その……」
 私はしどろもどろになりながら、いかにして本当のことを避けて説明する方法を思案していると、ラーズさまは、
「いや、いい。君には君の事情があるのだろう」
「え? そ、そうですか」
 良く分からないけど、なんだか説明しなくてもいいことになったみたい。
「では、この洞窟から出るとしよう」


 洞窟を出た私たちは、そのまま竜の谷を抜けることにした。
 途中、飛竜ワイバーン走竜ランドラゴンに遭遇したが、難なくラーズさまが倒すか追い払うかして進み、朝日が昇った頃、私たちは竜の谷を抜けた。
「ありがとうございます、ラーズさま。おかげで助かりました」
 私はスカートを摘まんで、淑女の礼をとる。
「いや、こちらこそ助かった。君がいなければ、剣を見つけることができなかっただろう」
「礼には及びません。命を助けていただいた御恩に比べれば、お返しにもなりません」
 ラーズさまは少し不思議そうな顔で、私を見つめた。
「それにしても、君は俺が怖くないのか? 魔物の力である闇の魔力を持っているんだぞ。普通の人間なら一緒にいることさえ忌避すると思うのだが」
 普通の人間ならそうかもしれない。
 でも、前世の記憶を持つ私は、とても普通とは言えない。
 それに闇とか光とかいうのは、単なる魔力の属性にすぎず、善悪とは関係ない。
 私は前世の記憶でそれを知っている。
 まあ、ゲームが違うけど、同じようなものだろう。
「なにを言われるのですか、命の恩人を怖がるなどと。それになにより……」
「なにより?」
「かぁっこいいではありませんかぁ。魔物が持つ闇の力。それを人間でありながら持つ男。その力を御するために、魔物の力で魔物を退治し、剣を求めて旅をする。これだけで小説や演劇の物語が二つや三つはできますよ。ぬふふふ」
 ラーズさまは左右非対称の奇妙な顔をした。
 どうしたのだろう?
「どういたしました?」
「いや、なんでもない。それより、君の家はどこにあるんだ」
「あ、実は事情がございまして、私はもう家には戻れないのです」
「家に戻れない?」
「はい。ですが、こういった緊急事態に備えて国の三か所に、変装用の衣服と当面の路銀を隠しております。まずはそこを回ろうかと」
 私は破滅を回避するだけではなく、最悪の事態も想定していた。
 頼る者がいなくなれば、物を言うのは金だ。
 その金を用意するのも一苦労だった。
 年と共に成長した身体に合わなくなり、着ることのできなくなってしまったドレスを、捨てずに古着屋に両親に隠れて売り払ったりして。
 他にも様々な方法で入手したが、今のこの状況を考えれば、その甲斐はあった。
「緊急事態、ね。やはり君は……」
 ラーズさまはなにか言いかけて、止めた。
「よし。乗りかかった船だ。俺も付き合うよ」
「え? いえ、そこまでしていただくわけには……」
「いくら合成魔法という特殊な魔法が使えるからと言って、君のような若い女性の一人旅は危険だ。出没するのは魔物だけじゃない。野盗も出る。君一人で対処しきれるとは思えない」
「そうかもしれませんが……」
 まずい。
 これ以上一緒にいると、ゲームのストーリーから外れすぎてしまう。
 今でさえゲーム開始前からヴィラハドラを倒し、鏡水の剣シュピーゲルを入手してしまっているのだ。
 これ以上、話が変わったら、いったいどうなるのか?
 っていうか、なんで私がリリア・カーティスのためにこんなことを考えなきゃいけないのよ。
 まったく、世界の命運がかかっていなければ、あの女の助けになるようなことなんて絶対しないのに。
 ラーズさまは私の悩みなど気付く風でもなく、
「それに、君は俺にとって必要なことをまだ知っているようだ。例えば、他の剣の所在地。疾風の剣サイクロン。業炎の剣ピュリファイア。大地の剣ディフェンダー」
 なんでゲーム開始前のラーズさまが他の剣のことまで知ってるの!?
「やはり、知っているんだね」
 う、顔に出てたみたい。
「ですが、他の剣の所在地まで案内することを承諾したわけではないのですが……」
「そうだ。だから取引しよう」
「取引?」
「俺は君を護衛する。代わりに君は剣の在りかを教える。どうだ?」
「ですが、それは……」
 ゲーム通りに話が進まないと、魔王が世界を征服してしまうかもしれない。
 なんとか断らないと。
 だけど、前世やゲームの事は話せない。
 絶対に信じて貰えない上、嘘を吐いていると思われるのはまだ良い方で、悪くすれば病院送り。
 最悪なのはリリア・カーティスやリオンたちに、私がまだ生存していることを知られてしまうことだ。
 そんな私の心境など知ってか知らずか、ラーズさまは、
「それに、君が竜の谷にいた理由は察しが付いている」
「へ!?」
「竜の谷はオルドレン王国の処刑場として有名だ。そんな所に君の様な女性が一人でいるなんて、もう答えは出ているも同然だろう」
 うっ。言われてみれば、その通りだ。
「もちろん罪状までは知らないし分からない。だが、君と一緒にいれば、冤罪なのだと分かる。処刑されるほどの罪を君が犯せるとは到底思えない」
 なんだろう?
 人柄を褒められているのかな?
「そういうわけで、俺は君について行く」
「いえ、どうして、そのような結論に到達するのですか?」
「無実の人間が処刑されるのを黙って見ているわけにはいかない。はっきり言うが、君は誤魔化すのが下手だ。一人で逃亡生活をしていれば、遠からず捕まってしまうだろう。今度は確実に処刑されるぞ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「だから、俺が付いていく。良いね」
 反論を許さない口調で、ラーズさまは断言した。
「……わかりました。一人旅が危険なのは確かですし、それに、断っても勝手に私の後を付いてきそうですから」
 こうして、私はラーズさまとともに剣を探す旅を始めることになった。
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