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一章

28・この子ともお別れか

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 決選が始まった。
 最初に歌うのはアンナ。
 波がかかった長い金髪の、まだ十歳の可愛らしい女の子だ。
 この子は、古くからこの世界に伝わる民謡を歌った。
 みんなが知っている歌を、十歳の可愛い女の子が歌っていることからか、みんな微笑ましく聞いていて、安定した評価を受けた。


 次にエーメ。
 情熱的な赤い髪の、四十歳を過ぎた女性。
 最近の流行歌を歌う。
 年季の入った歌声は見事の他に言いようがなかった。


 三番目にアイリーン。
 本選の時にも感じたけど、やっぱり凄い。
 他の人と一線を画している。


 そして私。
 泣いても笑っても これが最後だ。
 ここまでは ロックという、この世界では斬新なジャンルで残ることができた。
 でも、歌姫に選ばれるには、もう斬新さだけでは不可能だろう。
 だから最後に歌うのはバラード。
 全力を尽くそう。


 時が痛みを癒してくれると言うけれど、私はまだ同じ痛みを抱えたままで。
 また新しい人と出会えると言うけれど、そんなことあるはずがない。
 どうして気付けなかったのだろう。
 どうして嘘をついてしまったのだろう。
 できるなら、時間が戻って欲しい。貴方の側にいられた頃に。
 貴方は私の全てだった。
 どうして こんなにも心が苦しいの。
 どうして こんなにも心が痛いの。
 拾い集めた後悔は涙へと変わり、あの日の貴方の笑顔は思い出に変わる。
 貴方が恋しくて。
 貴方に会いたくて。
 忘れることなんてできない。忘れられない。
 固く結んだその結び目は、強く引けば引くほどに。
 貴方とこれまでの後悔の思いが、解けなくなって離れなくなった。
 今は辛いの。それが辛いの。
 もう忘れたいの。貴方を。
 だから こんなにも心が苦しいの。
 だから こんなにも心が痛いの。
 拾い集めた後悔は涙へとかわり、あの日の貴方の笑顔は思い出に変わる。
 貴方が恋しくて。
 貴方に会いたくて。


 そして順位発表が行われる。
 一位に選ばれた者が、今年の建国祭、そして千年祭の歌姫だ。
「四位。アンナ。
 古くから伝わる民謡を見事に歌ってみせた。まだ十歳と言う幼さで、ここまで残った才能に、高い将来性を感じる。これからの活躍に期待する」
「三位。クレア。
 斬新な曲が高評価につながった。しかし、その斬新さが、建国祭に相応しいかどうかというところで意見が分かれ、三位にとどまった。しかし、この新しさは我々の、そして多くの者たちの創作に大きな影響を及ぼすだろう」
 高評価だけど、さすがに優勝は無理だったか。
 後でラーズさまに謝ろう。
 でも、好きな歌を久しぶりに思いっきり歌えて、なんだかすごくスッキリした。
「二位。エーメ。
 流行歌を洗練された技声で披露したことに称賛を送ろう」
「一位。アイリーン。
 その歌声、技術、共に他とは一線を超す高い水準レベル。文句なく建国千年祭の歌姫に相応しい」


 歌姫に選ばれたアイリーンさまは神金オリハルコントロフィーを誇らしげに掲げた。


 舞台裏で私はギターを撫でていた。
 この子ともお別れか。
 たった五日間だけだったけど、もう愛着がわいている。
 でも、旅に連れていくことはできない。
 これから長い旅になるし、そうなると嵩張る荷物は持っていけない。
 吟遊詩人の様に、歌を生業としているわけじゃないし、そもそも引ける曲が三つしかないのでは話にならない。
 ギターを買った店で売るのが一番いい。
「今度は最後まで大切にしてくれる、良い人が見つけてくれると良いね」
 さあ、ラーズさまたちのところへ行こう。
「ねえ、ちょっとお待ちになって」
 唐突に声をかけられた。
 神金オリハルコントロフィーを手にした女性、アイリーンさまだ。
「クレアさん、はじめまして。舞台で名前を言われたから知ってるとは思うけど、改めて自己紹介させて貰うわね。私はアイリーン・ノートン。よろしくね」
 温和な笑顔で、淑女の礼を取るアイリーンさま。
 私はそれに応じて、質問する。
「私に何か御用ですか?」
「よかったら、貴女の歌をもう一度、聞かせてほしいの。あんな歌、今迄 聞いたことないわ。
 本選の歌は心も体も揺さぶられるみたいだった。決選じゃ、逆に穏やかで、でもこの国じゃ聞いたことのない旋律。
 貴女が創ったのよね? 私、貴女の歌を覚えたいのです。よかったら予選の歌も聞かせてくださらないかしら。どうか、お願い」
 頭を下げて懇願してくるアイリーンさま。
 純粋に歌が大好きだということが伝わってくる。
「いいですよ」
 私は承諾した。


「本当に良い歌。聞かせてくれてありがとう」
 歌い終えた私に、感謝の言葉を告げるアイリーンさま。
「いいえ、どういたしまして」
「ねえ、あなたは冒険者なのよね? この国にはいつまで滞在するのかしら?」
「建国祭が終わるまでです」
「では その間、良ければ私の館にお泊まりになりませんこと」
「でも、他に仲間が……」
「もちろん、その方たちもご一緒にどうぞ。私、貴女の歌をもっと聞きたいの。館に泊ってくださる代わりに、貴女の歌を聞かせてくださいませ」
「ですが、私はこの三曲しか弾けないんです」
「そうなのですか? 他には一曲も?」
「歌うだけでしたら、まだなんとか……」
「それで構いませんわ。ぜひ我が家に滞在なさってくださいませ。その間、私に貴方の歌を聞かせてください」
 ここまで懇願されて断るのも気が引けたので、私は承諾することにした。
 それに、建国祭の間、滞在費が浮くことにもなる。
 あとはラーズさまたちに伝えるだけだった。
 そして、ラーズさまたちも、アイリーンさまの館に泊ることに賛同した。


 アドラ王国建国祭での歌姫が決まったらしい。
 アイリーンとかいう女。
 ヒロインの私を差し置いて歌姫になるなんて、なんて女なの。
 リオンに言わなくちゃ。
 身の程知らずの図々しい女なんかに歌わせちゃダメ。
 歌姫に相応しいヒロインの私じゃないと。


 ねえ、聞いてよリオン。
 歌姫になったアイリーンって女が、わたしのこと音痴だって悪口を言いふらしてるの。
 そんな性悪女に歌わせないで。
 わたしが歌姫になるから。
「しかし、もう決まってしまったのだ。さすがに他国が決めてしまったことを覆すのは……」
 なによ!
 出来ないっていうの!?
 交渉してわたしを歌姫にするって言ったのに口先だけなのね!
「い、いや、それは……」
「俺に任せてくれ」
 ジルドが入ってきた。
 わたしの話を聞いていたみたい。
「俺が君を歌姫にして見せる」
 ホント?
 ジルド、あなたって頼りになるのね。
 お願い、ジルド。
 わたしの悪口を言いふらしているアイリーンに思い知らせてやって。
「分かった。君を貶めたことを後悔させてやる。あの世でな」
 ダメよ、それじゃ。
 殺したらそれで終わりじゃない。
 いい、こうしてちょうだい。
 ゴニョゴニョ……
「なるほど、それはいい。任せてくれ」


 ジルドは騎士小隊を引き連れてオルドレン王国を早馬で出立し、三日でアドラ王国に到着した。
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