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一章
97・わしの事は御隠居と呼んでくだされ
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アスカルト帝国から一週間かけて、グレース火山付近の山脈まで、私たちは到着した。
魔物と三回 遭遇したけれど、今まで人間を殺したことはないと言うので、追い払うだけにした。
でも、グレース火山の三体の近代の竜は、追い払うだけで済ませることはできないだろう。
冒険者組合で確認したけど、そいつらはグレース火山に居を構え、時折 人里に下りては、人間を襲い殺している。
太陽の花の採取と言う目的を達するためにも、必ず退治しなければならない相手と言える。
そしてソラリスさまから教えて貰った、グレース火山への近道の山道を馬で進んでいる私たちは、遠くに小屋があるのを見つけた。
こんなところに人が住んでいる?
私たちは怪訝にその小屋へ向かった。
その小屋は人間が住むにしては全体的に大きかった。
扉の大きさは三メートル以上あるし、窓も大きい。
開け閉めだけでも大変だ。
「この小屋、もしかして魔物が住んでいるのでは?」
私の考えとみんな同じの様だった。
大きさからして、巨人族が住んでいるのかもしれない。
「ホイ。ホイ。ホイ」
小屋の裏から誰かの声が聞こえる。
私たちはそこへ慎重に向かった。
小屋の裏では、斧で薪を割っている誰かがいた。
二メートル半ほどの体躯に、長い首。輝く黄色の鱗をし、白い立派な顎髭を蓄えた竜。
その姿に、私はミサキチのネタバレトークを思い出した。
アスカルト帝国の火山の近くにある小屋には、九体の竜王の内の一体が住んでいる。
その名は……
「黄竜王・ツァホーヴ」
古代の竜・ツァホーヴ。
ということは、ここに あの隠し武器がある?
「おお、おまえさんたち、何者じゃ?」
私たちに気付いた黄竜王ツァホーヴが聞いてくる。
大丈夫。
ツァホーヴは人間に対し基本的には友好的のはず。
前世でやったゲームの知識だけではなく、この世界の伝承を記した本でもそう書いてあった。
失礼な態度を取らなければ大丈夫だ。
私は前に出て淑女の礼をとる。
「お初にお目にかかります、ツァホーヴさま。私はクレアと言います」
「お、おい。大丈夫なのか?」
スファルが聞いてくる。
「大丈夫です。それよりみなさん、ご挨拶を。この方はツァホーヴさま。古代の竜。黄竜王です」
「古代の竜……黄竜王……」
みんなが愕然とする。
竜は年齢とともに知能肉体が強くなる。その為、時代を現す言葉で区別がなされている。
幼竜。
走竜などの、まだ生まれて数年しかたっていない竜のため、ランクDと竜としては力が弱く、他の魔物や動物の餌になったり、人間などの捕獲対象になりやすい。
現代の竜。
知性を持つ前の竜はランクC。知性を持った竜はランクB。動物より少し賢いか人間と同じ程度の知力であり、竜としてはとても若い部類に入る。それでもこれほどのランクに分類されている。
近代の竜。
ランクA。人間と同等かそれ以上の知恵を持つ。
中世の竜。
ランクS。叡智を持つ竜と言われている。
古代の竜。
竜の賢者と呼ばれる。世界に九体しか存在せず、竜王とも呼ばれる。そのランクはSS、あるいはそれ以上と言われており、つまり魔王と同等か、それ以上の力を持っている。
そして、その古代の竜の中でも、黄竜王ツァホーヴは最古と言われている。
間違いなく魔王バルザックより強い。
だけど、黄竜王ツァホーヴは人間には基本的に友好的で、敵対したという話はない。
稀に名を上げようと挑んできた冒険者を返り討ちにされたくらい。
「わしの事は御隠居と呼んでくだされ」
好々爺といった感じの笑顔のツァホーヴさま。
そしてみんなはそれぞれ自己紹介する。
「ここに一体何の用かは知らぬが、まあ、お茶でも一杯どうじゃ?」
ツァホーヴさまに小屋の中に招かれて、私たちはお茶を振る舞われた。
椅子のサイズは大きめで、人間用ではないのは明らかだったが、座れないこともない。
お茶は、この世界には珍しい緑茶だった。
小屋のインテリアもなんだか和を感じさせる。
懐かしい前世、日本を思いだす。
ああ、畳の上で大サイズのテレビでゲームやりたいな。魔物狩人。生物災害。金属の歯車。悪魔も泣き出す。
前世で死ぬ直前に買った新作ゲーム、やりたかったな。
「それで、ここには何用じゃ?」
郷愁に浸っている時に、ツァホーヴさまが質問してきたので、私は少し慌てて返事をする。
「あ、いえ。私たちは貴方に用があったのではありません。じつはグレース火山の太陽の花の採取に向かっているのですが、その途中でここを発見したのです」
「ほう、グレース火山か。しかしあそこは危険じゃぞ。最近、血の気の多い小僧が三人、陣取りおってな」
「知っています」
まあ五十年前の事を最近と表現しているのが引っかかるけど、世界最古の竜からしてみれば最近という感覚なのだろう。
「ふむ、それを知っておって行くと言うか?」
「はい。どうしても太陽の花が必要なのです。御隠居さまは三体の竜についてなにか御存じなのですか?」
「詳しいことは知らぬ。グレース火山に住みつくようになってから耳にした程度じゃ。時折 山を下りては、人間や魔物を襲っておると言う不届き者じゃと」
「魔物も?」
じゃあ、魔王軍に属しているわけではないということなのだろうか。
「懲らしめてやりたいところじゃが、わしも歳じゃてな」
謙遜するツァホーヴさまは、確かに髭は白いけど、その肉体は筋骨隆々で、感じる魔力は力強く、お歳には見えません。
セルジオさまとキャシーさんがツァホーヴさまを観察しながら呟いている。
「うーむ……これが古代の竜の筋肉……実に美しい」
「持久力、膂力、瞬発力、全て人間には達せない域。すごいわ。くやしいけど、ダーリンより上ね」
筋肉以外の所も見ましょうよ。
ツァホーヴさまはしばらく何かを考えていたけど、
「そうじゃのう。ここは一つ、少年少女たちを応援しようではないか。ちょっと待っておれ」
ツァホーヴさまは小屋の奥に行くと、物置部屋から縦長の箱を持ってきた。箱の長さは一メートルほどだろうか。
箱を開けると、細剣が一本入っていた。
これはもしかして……いえ、絶対にあの剣。
「竜殺し」
聖剣・竜殺し。鏡水の剣シュピーゲルや疾風の剣サイクロンの様に、無限耐久度を持っているわけではないけど、攻撃力はそれ以上。
特性として、その名の通り、竜に対して特に高い威力を発揮する。
「ほう、知っておるのか」
「貴方が持っていると聞いたことはありました。でも、私はこの場所までは知りませんでした」
竜殺しは隠し武器で、普通にゲームを進めては手に入れることができない。
そして私は攻略本を読まない派で、ミサキチのネタバレトークは途中でアイアンクローで黙らせた。
「ふむ、知っておるなら話は早い。これを貸して進ぜよう」
貸す、と言うことは……
「終わったら、返さなければならないのですね」
「そうじゃ。あくまで貸すだけじゃ。わしら竜にとってはこの剣は、まさしく諸刃の剣。わしはこれを間違った事のために使われぬよう見張っておる。バルザックとかいう娘もこの剣を求めたが、断ったわ」
「魔王バルザックもここに来たのですか?」
「うむ。世界征服に協力して欲しいと言っておったな」
「なぜ魔王バルザックに剣を渡さなかったのですか?」
「あの娘は間違っておる。目的は正しいが、目標を見誤ってしまっておるのじゃ。そんな者に渡すわけにはいかん」
目的は正しいけど、目標を見誤っている?
「それはどういう意味ですか?」
「それはわしが言うことではない。もし知りたければ、自分でバルザックから直接 確かめることじゃ。もちろん、危険じゃがの。
そんなことより、ほれ、この剣は誰が使うのじゃ?」
もちろん、一人しかいない。
「ラーズさま」
私が促すと、ラーズさまは竜殺しを手に取り、魔法をかける。
「武器魔法付与」
膨大な魔力が注ぎ込まれ始め、剣が闇色に輝く。
「ほう、これは なかなか……」
ツァホーヴさまが感心したように呟く。
そして竜殺しは、壊れなかった。
「おお……」
ラーズさまは感嘆の声。
聖剣・竜殺しはラーズさまの魔力に耐えた。
「さて、わしから一つお願いがある」
「なんでしょう?」
「グレース火山の小僧どもに会ったら、一応 降伏勧告を出して貰えんじゃろうか」
降伏勧告。
「おとなしく負けを認め、心を入れ替えると誓えば、殺さずに済ませて欲しいのじゃが」
「やはり、同じ竜族同士、殺生は避けたいと」
「まあ、そんな所じゃ」
「わかりました。ですが、その竜たちがこちらの言葉に耳を傾けずに襲ってくるようであるなら……」
「その時は仕方がないのう」
魔物と三回 遭遇したけれど、今まで人間を殺したことはないと言うので、追い払うだけにした。
でも、グレース火山の三体の近代の竜は、追い払うだけで済ませることはできないだろう。
冒険者組合で確認したけど、そいつらはグレース火山に居を構え、時折 人里に下りては、人間を襲い殺している。
太陽の花の採取と言う目的を達するためにも、必ず退治しなければならない相手と言える。
そしてソラリスさまから教えて貰った、グレース火山への近道の山道を馬で進んでいる私たちは、遠くに小屋があるのを見つけた。
こんなところに人が住んでいる?
私たちは怪訝にその小屋へ向かった。
その小屋は人間が住むにしては全体的に大きかった。
扉の大きさは三メートル以上あるし、窓も大きい。
開け閉めだけでも大変だ。
「この小屋、もしかして魔物が住んでいるのでは?」
私の考えとみんな同じの様だった。
大きさからして、巨人族が住んでいるのかもしれない。
「ホイ。ホイ。ホイ」
小屋の裏から誰かの声が聞こえる。
私たちはそこへ慎重に向かった。
小屋の裏では、斧で薪を割っている誰かがいた。
二メートル半ほどの体躯に、長い首。輝く黄色の鱗をし、白い立派な顎髭を蓄えた竜。
その姿に、私はミサキチのネタバレトークを思い出した。
アスカルト帝国の火山の近くにある小屋には、九体の竜王の内の一体が住んでいる。
その名は……
「黄竜王・ツァホーヴ」
古代の竜・ツァホーヴ。
ということは、ここに あの隠し武器がある?
「おお、おまえさんたち、何者じゃ?」
私たちに気付いた黄竜王ツァホーヴが聞いてくる。
大丈夫。
ツァホーヴは人間に対し基本的には友好的のはず。
前世でやったゲームの知識だけではなく、この世界の伝承を記した本でもそう書いてあった。
失礼な態度を取らなければ大丈夫だ。
私は前に出て淑女の礼をとる。
「お初にお目にかかります、ツァホーヴさま。私はクレアと言います」
「お、おい。大丈夫なのか?」
スファルが聞いてくる。
「大丈夫です。それよりみなさん、ご挨拶を。この方はツァホーヴさま。古代の竜。黄竜王です」
「古代の竜……黄竜王……」
みんなが愕然とする。
竜は年齢とともに知能肉体が強くなる。その為、時代を現す言葉で区別がなされている。
幼竜。
走竜などの、まだ生まれて数年しかたっていない竜のため、ランクDと竜としては力が弱く、他の魔物や動物の餌になったり、人間などの捕獲対象になりやすい。
現代の竜。
知性を持つ前の竜はランクC。知性を持った竜はランクB。動物より少し賢いか人間と同じ程度の知力であり、竜としてはとても若い部類に入る。それでもこれほどのランクに分類されている。
近代の竜。
ランクA。人間と同等かそれ以上の知恵を持つ。
中世の竜。
ランクS。叡智を持つ竜と言われている。
古代の竜。
竜の賢者と呼ばれる。世界に九体しか存在せず、竜王とも呼ばれる。そのランクはSS、あるいはそれ以上と言われており、つまり魔王と同等か、それ以上の力を持っている。
そして、その古代の竜の中でも、黄竜王ツァホーヴは最古と言われている。
間違いなく魔王バルザックより強い。
だけど、黄竜王ツァホーヴは人間には基本的に友好的で、敵対したという話はない。
稀に名を上げようと挑んできた冒険者を返り討ちにされたくらい。
「わしの事は御隠居と呼んでくだされ」
好々爺といった感じの笑顔のツァホーヴさま。
そしてみんなはそれぞれ自己紹介する。
「ここに一体何の用かは知らぬが、まあ、お茶でも一杯どうじゃ?」
ツァホーヴさまに小屋の中に招かれて、私たちはお茶を振る舞われた。
椅子のサイズは大きめで、人間用ではないのは明らかだったが、座れないこともない。
お茶は、この世界には珍しい緑茶だった。
小屋のインテリアもなんだか和を感じさせる。
懐かしい前世、日本を思いだす。
ああ、畳の上で大サイズのテレビでゲームやりたいな。魔物狩人。生物災害。金属の歯車。悪魔も泣き出す。
前世で死ぬ直前に買った新作ゲーム、やりたかったな。
「それで、ここには何用じゃ?」
郷愁に浸っている時に、ツァホーヴさまが質問してきたので、私は少し慌てて返事をする。
「あ、いえ。私たちは貴方に用があったのではありません。じつはグレース火山の太陽の花の採取に向かっているのですが、その途中でここを発見したのです」
「ほう、グレース火山か。しかしあそこは危険じゃぞ。最近、血の気の多い小僧が三人、陣取りおってな」
「知っています」
まあ五十年前の事を最近と表現しているのが引っかかるけど、世界最古の竜からしてみれば最近という感覚なのだろう。
「ふむ、それを知っておって行くと言うか?」
「はい。どうしても太陽の花が必要なのです。御隠居さまは三体の竜についてなにか御存じなのですか?」
「詳しいことは知らぬ。グレース火山に住みつくようになってから耳にした程度じゃ。時折 山を下りては、人間や魔物を襲っておると言う不届き者じゃと」
「魔物も?」
じゃあ、魔王軍に属しているわけではないということなのだろうか。
「懲らしめてやりたいところじゃが、わしも歳じゃてな」
謙遜するツァホーヴさまは、確かに髭は白いけど、その肉体は筋骨隆々で、感じる魔力は力強く、お歳には見えません。
セルジオさまとキャシーさんがツァホーヴさまを観察しながら呟いている。
「うーむ……これが古代の竜の筋肉……実に美しい」
「持久力、膂力、瞬発力、全て人間には達せない域。すごいわ。くやしいけど、ダーリンより上ね」
筋肉以外の所も見ましょうよ。
ツァホーヴさまはしばらく何かを考えていたけど、
「そうじゃのう。ここは一つ、少年少女たちを応援しようではないか。ちょっと待っておれ」
ツァホーヴさまは小屋の奥に行くと、物置部屋から縦長の箱を持ってきた。箱の長さは一メートルほどだろうか。
箱を開けると、細剣が一本入っていた。
これはもしかして……いえ、絶対にあの剣。
「竜殺し」
聖剣・竜殺し。鏡水の剣シュピーゲルや疾風の剣サイクロンの様に、無限耐久度を持っているわけではないけど、攻撃力はそれ以上。
特性として、その名の通り、竜に対して特に高い威力を発揮する。
「ほう、知っておるのか」
「貴方が持っていると聞いたことはありました。でも、私はこの場所までは知りませんでした」
竜殺しは隠し武器で、普通にゲームを進めては手に入れることができない。
そして私は攻略本を読まない派で、ミサキチのネタバレトークは途中でアイアンクローで黙らせた。
「ふむ、知っておるなら話は早い。これを貸して進ぜよう」
貸す、と言うことは……
「終わったら、返さなければならないのですね」
「そうじゃ。あくまで貸すだけじゃ。わしら竜にとってはこの剣は、まさしく諸刃の剣。わしはこれを間違った事のために使われぬよう見張っておる。バルザックとかいう娘もこの剣を求めたが、断ったわ」
「魔王バルザックもここに来たのですか?」
「うむ。世界征服に協力して欲しいと言っておったな」
「なぜ魔王バルザックに剣を渡さなかったのですか?」
「あの娘は間違っておる。目的は正しいが、目標を見誤ってしまっておるのじゃ。そんな者に渡すわけにはいかん」
目的は正しいけど、目標を見誤っている?
「それはどういう意味ですか?」
「それはわしが言うことではない。もし知りたければ、自分でバルザックから直接 確かめることじゃ。もちろん、危険じゃがの。
そんなことより、ほれ、この剣は誰が使うのじゃ?」
もちろん、一人しかいない。
「ラーズさま」
私が促すと、ラーズさまは竜殺しを手に取り、魔法をかける。
「武器魔法付与」
膨大な魔力が注ぎ込まれ始め、剣が闇色に輝く。
「ほう、これは なかなか……」
ツァホーヴさまが感心したように呟く。
そして竜殺しは、壊れなかった。
「おお……」
ラーズさまは感嘆の声。
聖剣・竜殺しはラーズさまの魔力に耐えた。
「さて、わしから一つお願いがある」
「なんでしょう?」
「グレース火山の小僧どもに会ったら、一応 降伏勧告を出して貰えんじゃろうか」
降伏勧告。
「おとなしく負けを認め、心を入れ替えると誓えば、殺さずに済ませて欲しいのじゃが」
「やはり、同じ竜族同士、殺生は避けたいと」
「まあ、そんな所じゃ」
「わかりました。ですが、その竜たちがこちらの言葉に耳を傾けずに襲ってくるようであるなら……」
「その時は仕方がないのう」
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