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二章・猫たちの冒険

2・自己紹介させてもらおう

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 クロ


 夕暮れの街の裏通り。
 野次馬が集まり俺たちを見物している。
 俺と奴の眼光が衝突する間を、一陣の風が吹く。
 俺と奴。
 男の意地と矜持プライドの比べ合いだ。
 先ずは俺が言ってやる。
「彼女に手を出すなと言ったはずだぞ」
 そうとも、この女は誰にも渡さねえ。
 ましてや こんな山猿の大将の 器の知れた男には。
 顔の右側の額から頬にかけて一筋の傷がある男は、忌々しげに言い返す。
「ふん。王女を守る騎士のつもりか。誰が何と言おうと、その女は俺のモノにすると俺が決めた。テメェは尻尾を巻いてとっとと失せな」
「彼女は断ったんだ。しつこい男は嫌われるぜ」
「俺のモノを一度でも味わえば病みつきになるさ」
「そんな貧相なモノでか。笑わせるな」
「てめぇ。今日こそ決着を付けてやる」
 奴が臨戦態勢に入ると同時に、俺も闘気を漲らせ牽制する。
 俺たちの対決に誰もが固唾を飲んでいる。
 宙を舞う一枚の木の葉が一瞬、俺の視界を遮った。
 その瞬間、奴は俺に向かって飛びかかってきた。
 だが、俺は気配でそれを察知する。
 見えなくとも、足音がなくとも、生粋の狩人である俺にはそれぐらい分かる。
 俺は横に跳躍すると同時に、そのまま壁に向かって走り、そして壁を足場にして、奴に向かって飛ぶ。
 しかし、奴の目は俺の姿を捕えていた。
 だが、それくらい予想していたさ。
 一対一の男の勝負に、小手先技など必要ない。
 さあ、闘いの始まりだ。


 フシャー!
 ヴミャー!
 シャー!
 ヴゥー!
 ニャーゴー!
 ジャー!
「なにかしら?」
「猫が喧嘩してるみたいだね」
 通りを歩いている若いカップルが、裏通りから聞こえる猫の声に眉をしかめる。
 猫は普段は可愛いのに、発情期に入ると途端に凶暴でうるさくなる。
「早く行きましょ。せっかくのデートなのに、これじゃ雰囲気が台無しになっちゃう」
「そうだね。こんな猫がうるさい所じゃなくて、静かでムードのある店でゆっくりと、ね」
「うふふふ」
「あははは」
 人間の若いカップルも、猫に劣らず発情期だった。


 決着がついた。
 勝ったのは俺だ。
 何色にも染められない、闇に溶け込む全身漆黒の毛並みの黒猫。
 それが俺だ。
 野良猫どものボスであろうと、俺に敗北の色を付けることはできない。
「ボス!」
 野良猫のボスの太鼓持ちが、倒れているボスの隣へ。
 その太鼓持ちに俺は言ってやる。
「さっさとそいつを連れて行け。早く手当てしてやるんだな」
 ボスはふらふらと立ち上がると、
「こ、今回はこれくらいにしてやる。決着は、また今度だ」
 そして太鼓持ちに支えられながら、その場を去って行った。
 他の猫たちも、俺たちの闘いが終わったのを見ると、その場を去って行った。
 俺が守った女、純白の毛並みのシロが俺の側に来ると、戦いで付いた俺の傷を舐めはじめる。
 う、くすぐったい。
 しかし、なんか ちょっと 気持ちいい。
 い、いかん。
 顔に出すな。
 せっかくの良い所が台無しになる。
「私を守ってくれて、ありがとう。男の子が頑張ってくれると、お姉さん 嬉しくなっちゃうわ」
 シロは俺が我慢しているのに気付かずに、感謝の言葉をくれた。
 ここはクールな感じで返すんだ。
「女を守るのは男の務めだ」
「ふふっ。さあ、館へ帰りましょう。ミケがきっと寂しがってるわ」
「ああ、帰るとするか。俺たちの家へ」


 そして俺たちが館に帰ると突然、
「キャァアー!」
 と悲鳴が上がった。
「なんだ!?」
 俺とシロは悲鳴の下へと走った。
 そこには 館の同居人アイリーンと、その足元にまだ幼さの残る三毛猫 ミケがいた。
 ミケは口にネズミを咥え、それをアイリーンに差し出していた。
「アイリーンお姉さん。食べて。美味しいよ」
「来ないで! それ捨てて! 捨ててちょうだい! 早く捨てて! いや! いやぁあー!」
 半狂乱になっているアイリーン。
「どうして食べてくれないの? とっても美味しんだよ。ね、一口だけでも」
 シロがミケの側へ行くと、
「ミケ。人間はネズミを食べないのよ」
「そうなの?」
「そうよ。それに人間はネズミがとても恐ろしいの」
「変なの。こんなに美味しいのに」
 ミケはネズミをバリバリと食べ始めた。
 食欲旺盛だな。
 若い証拠だ。
 しかしアイリーンが、
「食べてる!? ネズミを食べてるの!? ダメよ! 食べちゃダメ! お腹こわしちゃうわ!」
 俺は呆れる。
「俺たちが そんな やわな腹をしているわけないだろう」
 そこに、他の館の同居人であり、アイリーンのつがいであるゴドフリーがやってきた。
「どうしたんだ!? アイリーン!」
「あなた! ミケが! ミケがネズミを!」
「ネズミ?」
 ミケがネズミを食べているのを見て、ゴドフリーは安堵の息を吐く。
「なんだ、ネズミか。てっきり また君の身になにかあったのかと思ったよ」
 そしてゴドフリーはミケを撫でて、
「よしよし、良くネズミを退治したな。えらいぞ。ご褒美に猫缶を開けてやろう」
「猫缶! 欲しい! お兄さん! 猫缶! 猫缶!」
 その言葉にミケは飛びつく。
 俺もネズミより猫缶の方が美味しいと思う。
 捕ったばかりのネズミの方が新鮮なはずなのだが、保存食の猫缶の方が美味い。
 人間はどうやってあの味を出しているのだろうな。
 ゴドフリーはミケを抱き上げるとアイリーンに注意する。
「アイリーン。猫がネズミを持って来ても悲鳴を上げちゃダメだよ。
 猫はイタズラしているつもりはないんだ。僕たち人間は狩りが下手だと思っていて、それで代わりに獲物を狩ってきて上げているつもりなんだ。それなのに、悲鳴を上げたり怒ったりすると、猫は理不尽に思って機嫌を悪くしてしまう」
「そ、そうだけど、私、ネズミはダメなのよ。本当にダメなの」
「ああ、分かった、分かったよ。今度からは使用人を呼びなさい。代わりに片付けるよう言っておくから」
「ええ、あなた お願い」
 半泣きのアイリーン。
 俺は心底呆れる。
「ネズミのなにが怖いんだ。人間はよく分からん」
 ゴドフリーが俺を見ると、
「おや、大変だ。怪我をしているじゃないか。さては、またケンカをしてきたんだな」
「ケンカじゃない。男と男の決闘だ」
「ほら こっちにおいで。薬を塗ってあげるから」
「クスリ! ちょっと待て! あの変な臭いのするネバネバしたアレのことか!? 嫌だぞ! あんなモノ 体に塗るなんて俺は嫌だからな!」
 闘いの後、怪我をしている自分に、同居人は変な臭いのするクスリという物を怪我の所に塗ってくる。
 それが 怪我の治りを早くしていることは理解しているが、それでもあの変な臭いは我慢できない。
 俺は逃げようとしたが、シロが制してきた。
「ダメよ。怪我をしているんだから、おとなしく手当てを受けなさい」
「勘弁してくれ……」


 さて、ここで改めて自己紹介させてもらおう。
 俺は黒猫のクロ。
 俺より少し年上の彼女は、白猫のシロ。
 そしてやんちゃ坊主は、三毛猫のミケ。
 以前、とある冒険者と共に吸血鬼と死闘を繰り広げた俺たちは、その後 ノートン子爵家に引き取られ、館での仕事を任された。
 主な仕事はネズミなどを退治する事。
 人間はとにかく狩りが下手で、ネズミやゴキブリを仕留める事も満足にできない。
 だから人間は俺たちを雇う。
 報酬は美味い飯だ。
 たまにマタタビも貰える。
 ミケは仕事の意味をまだよく分かっていないようだが、まあ そのうち理解できるようになるだろう。
 ただ 俺も、人間たちが話している事の意味が時々 分からないことがある。
 というより、人間たちは 俺たち猫の話す高尚な会話について行けないようなのだ。
 まあ、些細なことだ。
 体はデカイが 動きはのろまな人間のことだ。
 頭の回転も鈍いのだろう。
 賢い俺たちがフォローしてやるさ。
 ともかく、俺たちは館に侵入するネズミやゴキブリの類を狩ったり、たまに山猿の大将気取りの野良猫のボスと決闘したり、後は眠って過ごす日々。
 俺たちは少し怠惰で、しかし幸せな毎日をすごしていた。
 このままでは、生来の狩人としての本能が鈍ってしまうのではないかと 危惧してしまうほど。
 しかし、この日の夜、その狩人の本能を呼び醒ます事件が起こるのだった。
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