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二章・猫たちの冒険

4・名探偵を気取るなら

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 ジョン・ハードウィック


 盲目的に突進してくる吸血鬼に、僕はカウンターでストレートパンチを命中させた。
 学生時代にボクシングクラブに在籍していたのだ。
 もっとも、たいして強くなかったが。
 吸血鬼は痛みを感じていないのか、そのまま僕の肩を掴んで、牙を剥き出しにして首筋に噛みつこうとする。
「クソ!」
 僕は思わず 紳士にあるまじき言葉を吐いて、吸血鬼の顔を押して抵抗する。
 ホームズが鉛入りのステッキで、吸血鬼の頭を後ろから力任せに叩いた。
 頭蓋骨が砕ける音がして、吸血鬼が僕から離れた。
「やったか?!」
 ホームズは期待したが、
「キシャァアアア!」
 吸血鬼はすぐにホームズに襲いかかる。
「うわあああ!」
 ホームズはステッキを吸血鬼の口に咥えさせて押しのけようとするが、パワーで負けている。
「ブレッド男爵!」
 僕は吸血鬼を羽交い絞めにし、後ろへ力任せに投げ飛ばす。
「グルルルルル……」
 吸血鬼は二人の得物が連携していることに戸惑っているかのように、唸り声を上げている。
 僕は分析する。
「この知性のなさ。下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイアだ」
 ホームズは少し喜んで、
「なら、勝ち目はありそうだな」
「弱点の武器があればだ」
 吸血鬼は通常の攻撃が通用しない。
 通常攻撃での傷はすぐに再生してしまうのだ。
 吸血鬼の弱点である、太陽の光、聖水、ニンニクなどいったものでなければ、吸血鬼を滅ぼすことはできない。
 後は魔法だが、僕たちは魔法が使えない。
「ジョン、なにか奴の弱点になる物は持っていないのか?」
「それは僕の方こそ聞きたい。君はなにか持っていないのか?」
「持っていない。吸血鬼なんて想定外だ」
「グオオオオオ!」
 吸血鬼が再び襲ってきた。
 攻撃対象はホームズの方。
「うわあああ!」
 ホームズはステッキを吸血鬼目掛けて振り回す。
 だが吸血鬼は、殴打されても構わずにホームズの肩を掴み、首筋へ牙を突き立てようとした。
 それを僕は吸血鬼の髪を掴んで引っ張り阻止するが、首を少し仰け反らせるのが精いっぱいだ。
「クソ! なんて力だ!」
「助けてくれ! ワトソン君!」
「ブレッド男爵! 僕はジョン・ハードウィックだ!」
 吸血鬼が突然 ホームズから攻撃対象を僕へ変えて、僕を突き飛ばした。
「うわ!」
 衝撃で背中から地面に倒れる僕に、吸血鬼が覆いかぶさり、牙を突き立てようとする。
 顔を押し退けて阻むが体勢が悪い。
 いつまで持つか。
「ブレッド男爵! こいつを何とかしてくれ!」
「わ、わかった!」
 ホームズがステッキを吸血鬼の首へ回して引っ張る。
 吸血鬼はそれに対し、ホームズを足で蹴飛ばした。
「ぐわ!」
「ブレッド! もっと頑張ってくれ!」
「わ、わかっている! ……あ!」
「どうした!?」
「待っていろ! 今 助ける!」
 ホームズが言うと、吸血鬼の首に何かを刺した。
「グアアアアア!」
 とたん吸血鬼が僕から離れ、のた打ち回りながら首から急速に灰になっていった。
「や、やった。倒したぞ」
 ホームズはそう言って、僕の手を掴み立ち上がらせる。
「大丈夫か、ジョン」
「あ、ああ。ありがとう、ブレッド男爵。
 だが、どうやった? どうやって吸血鬼を倒した」
「これだよ」
 ホームズが手にしていたのは、万年筆だった。
 刺したためインクの出る部分が変形してしまっている。
「万年筆? それでどうやって吸血鬼を灰にできたんだ?」
「これは銀製なんだ」
 銀。
 吸血鬼の弱点の代表的な物の一つ。
「それで灰になったのか」
 僕は安堵の息を吐き、しかし次に、
「というか、ブレッド男爵、それがあるなら なぜもっと早く出さないんだ!?」
「忘れていたんだ。万年筆がなにで出来ているかなんて、普段 気にしないだろう」
「名探偵を気取るなら、自分が普段 身に付けている物ぐらい把握していてくれ!」


「グゥウウウ……」
「ガハアアア……」
 川通りの向こうから二人の男が現れた。
 ホームズが泣きそうな顔で、
「また、吸血鬼……しかも二人」
 僕は毒づく。
「今夜はいったいなんなんだ? 吸血鬼の社交界でもあるのか」
「グルアアア!」
「キシャアアア!」
 二人の吸血鬼が襲いかかってくる。
「ブレッド男爵! 僕が片方を抑えるから その間にもう片方をやるんだ!」
「無理だ! 万年筆がさっき刺したときに曲がってしまって 刺さりそうにない!」
「なんとかするんだ!」
 僕は吸血鬼の一人に向かって体当たりし、背後に回って首に腕を回して力任せに抑え込む。
 そしてホームズは、曲がってしまった万年筆で、もう一人を刺そうとする。
 しかし、
「あ!」
 腕を弾かれて、その拍子に万年筆を落としてしまう。
 万年筆は地面を滑るように転がり、川へ落下。
「ま、万年筆が!」
「なにをしているんだ!」
 ホームズの失態にいら立つ僕は、吸血鬼に腕を掴まれて、偶然 背負い投げの様な形で投げられ、背中から地面に叩きつけられた。
「グハッ!」
 受け身を取ることができなかった僕は、呼吸ができなくなってしまう。
「ジョン!」
 ホームズがステッキで吸血鬼の背中を殴打する。
 背骨が折れる音がしたが、吸血鬼はまるでダメージを受けていないかのように、ホームズへ攻撃対象を切り替えた。
「くそお!」
 ホームズは吸血鬼に何度もステッキを叩きつけるが、吸血鬼は構わずにホームズに突進し、そのまま押し倒す。
「ブレッド!」
 助けに入ろうとした僕だが、もう一人の吸血鬼が横から組みついて来て、それを阻まれる。
 僕とホームズに、それぞれの吸血鬼が牙を突き立てようとする。
 もう だめか!
 僕の脳裏に諦念がよぎった瞬間、
「ギュシャアアア!」
 組みついていた吸血鬼が灰になった。
「な、なに?」
 続いてホームズを襲っていた吸血鬼も、
「ゴベエエエ!」
 瞬く間に灰になった。


「な、なにが起きた?」
 事態を理解できないでいるホームズの足元に、
「ニャー」
 白猫がいた。
「ね、猫……そうか、猫は吸血鬼の天敵」
 吸血鬼の弱点の中で、特に面白い物に、猫がある。
 猫は吸血鬼に対し、ネズミを狩るとき以上に凶暴になり、その牙や爪の餌食にする。
 しかも猫の牙や爪は銀と同じ効果があり、体毛はニンニク、体液は聖水と同じ効果がある。
 猫は吸血鬼の天敵ともいえる存在だ。
 僕はホームズに手を貸して立ち上がらせる。
「噛まれていないか?」
「いや、大丈夫だ。この猫のおかげで助かった」
「まったくだ。命の恩人だな」
 白猫は吸血鬼が完全に灰になっているのを確認するように、しばらくそれを見ていたようだが、完全に滅ぼしたと判断したのか、毛繕いを始めた。
 僕はその白猫に見覚えがあった。
「あれ? この猫、ノートン子爵のシロじゃないか?」
 僕が指摘すると、ホームズは観察して確かめる。
「本当だ。シロだ」
 シロは名前を呼ばれると顔を上げて、足元によって来た。
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