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 菓子店の店主は、店内に入ったはいいものの場違いかと固まってしまっている騎士に目を留めた。

「いらっしゃいませ騎士様。本日はどのような御用でしょうか?」

 美しい金髪に薄青い瞳が美しい騎士は、はっとしたように頬を強張らせて女性ばかりの店内を見渡した。

「先日お土産に貰った菓子がうまかったから、騎士団に購入していこうと思ったんだが……」

 店内の女性達は突然現れた美しい騎士にざわめき立ち、一時店内は騒然としてしまった。店主は人目から庇うようにすぐさま店の裏に通すと、頭を下げた。

「不躾な視線を代わりにお詫び致します。そしてこのような場所にお連れして申し訳ございません。宜しければこちらに商品をお持ちいたしますのでご希望をお伺い出来ますか?」
「私の方こそすまなかったな。今度知り合いにでも頼む事にするよ」
「いえいえ! 男性のお客様が入りにくいのがこの店の欠点でもありますので、すぐに改善させて頂きます。どうぞお気になさらずお買い物をしていかれてください」

 その時、一人の女性が店内に飛び込んできた。

「おじさん? お店の中がなんだか変よ! みんなこっちの方を見て……」
「おかえりエレナ! 今大事なお客様がいらしているんだ。メニューを持ってきてくれ」
「……ルイス?」

 ルイスは突然飛び込んできた女性に釘付けになっていた。

「まさかエレナなのか? 嘘だろ」

 エレナはとっさに顔を下げると手で覆ってしまった。肩が僅かに震えている。ルイスはそっと近づくと躊躇いがちにその肩に触れた。

「二人とも知り合いなのかい? エレナ、どういう事なんだ?」

 店主は動揺しながら二人を交互に見ていると、エレナはとうとう泣き出してしまった。

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はモンフォール伯爵家のルイス・モンフォールだ。……エレナとは、モンフォール領で共に遊んだ友人なんだ」

 そこで全て合点が言ったように店主は言葉を詰まらせた。

「まさか、そんな、ずっとエレナが話していた御方がこの方なんだな?」
「話していた? エレナが私を?」

 ルイスが肩を揺すると、エレナは泣き腫らした顔を上げて頷いた。

「さよならも言えないままだったから。あの日、遊ぶ約束をしていたのに」

 ルイスは唇を噛み締めると、エレナを抱き寄せていた。

「ずっと会いたかった、ずっと。でももう皆死んだと思っていた。だってあの洪水で皆流されたから。エレナ達の住んでいたパン屋にも行ったんだ。でも、何もなかった。全部、全部なかったから」

 ルイスの腕の中で頷くエレナはルイスの服を握り締めて、何度も嗚咽を堪えていた。

「まさかエレナ達と親しくしてくださっていたモンフォール家の御方だったなんて。俺からも礼を言わせてください。エレナとルークと仲良くして下さってありがとうございました」
「そうだ、ルークは? ここにいるのか?」

 すると、二人は顔を見合わせて俯いた。

「ルークはあの日亡くなったの。両親もよ。私だけが生き残って、叔父さんが向かえにきてくれたの」
「でも僕だって数日後だけど探しに行ったんだ! お父様もエレナを探してくれたけど、見つからなかったって」
「そうよ、だって私ずっと流されてしまっていたんだもの。意識が戻ったのは一週間後だったわ。モンフォール領のずっと端っこの小さな町よ。叔父さんは水の流れに沿ってずっと私達の事を探してくれたの」

 そう言われた店主は悲しそうに笑った。

「俺は結婚していなかったし、兄夫婦とは仲良くしていたから受け入れたくなかっただけです。兄はモンフォール領でパン屋を、俺は王都で菓子店を開いていましたし、仲が良かったんですよ」
「エレナが無事だったなら、ルークももしかしたらどこかで行きているんじゃないか?!」

 するとエレナは激しく首を振った。

「遺体が見つかったの。叔父さんが確認してくれたわ」
「そう、なのか」
「それよりもこんな所にルイスが来るとは思わなかった。本当はね、ルイスが王都に来ているのは知っていたの。あの当時、モンフォール家の話題で王都は持ちきりだったから」
「なんですぐに会いに来てくれなかったんだよ!」
「行ける訳ないじゃない。あなたは伯爵家の長男で、私はただの庶民なのよ。あの時仲良くしていたのが奇跡みたいなものだったんだから」

 俯くエレナをもう一度強く抱き締めたルイスは、言葉が出ないまま、ただエレナが生きているという事実に震えていた。

「今日はもう帰るよ。また会えるか? お互い一度冷静になった方がいいよな。時に僕の方が」
「さっきから僕と言っているけれど、騎士様がそれでいいの?」

 するとルイスはカッと顔を耳まで赤くして目を逸した。

「いつもはちゃんとしているさ! 今はエレナに会ったから昔に戻っただけだよ」
「ふふ、嬉しい。本当に夢みたい」
「それは僕の……私の台詞だ。本当に、生きていてくれてありがとう」

 ルイスは店内の女性が見たら卒倒してしまいそうな笑顔で笑った。

「……ルイスは裏口から出て行った方がいいわね」

 店主とエレナは目配せをして、気の毒そうに頷いた。



「最近、ルイスがあのお店のお菓子をよくお土産にしてくれるのよねぇ」
「あのお店って、あのお店ですか?」
「そうよ。あのお店。ジェニーに教えて貰ったあの菓子店よ」
「へぇ~、そうなんですね」
「以前誰かからお土産で貰ったみたい」

 相槌の反応に感情の籠もっていないジェニーをちらりと見つめると、カトリーヌはこちょこちょとジェニーの脇腹を触った。机の上には昨日の夜遅くにルイスが届けれくれたあの可愛らしいマカロンが皿に置かれている。ジェニーは観念したように笑いながらソファの端に寄った。

「分かりました! 白状しますからくすぐるのは止めて下さい!」

 ジェニーはこほんと小さく咳払いをしてから、真っ赤な顔で言った。

「お土産を差し上げたのはルイス様にです。偶然と言いますか、たまたま通りかかったと言いますか、本当にたまたまルイス様とお会いしましたものですから。深い意味はございませんよ!」
「そうなのね。へぇ、そうだったの」
「ルイス様は他には何か仰っていましたか?」
「別に何も。誰に貰ったとは何も言っていなかったわ。この菓子店に行った帰りには妙に機嫌がいいから、きっと大事な人から教えて貰ったのかと思ったのよ」
「大事な人……」

 一気に赤く染まった顔をからかおうとした時、玄関の方が騒がしくなる。カトリーヌは部屋を飛び出すと、向こうからも飛び込んできたフェリックスを力一杯抱き締めた。
 離れて暮らすようになって五ヶ月。こうして会えるのは五度目だった。

「おかあさま! あいたかった!」
「私もよフェリックス! フェリックス大好き!」

 待ちに待った再開の二人はこの抱擁から始まる。フェリックスは身体一杯で愛情を表現すると、カトリーヌの匂いを吸い込むように深呼吸した。

「今日は何をして遊びましょうか?」
「ぼくね、おかあさまといっしょにおでかけしたい!」
「お出かけ? 何か欲しい物でもあるの?」

 するとフェリックスは満面の笑みで頷いた。

「うん! おかあさまがくれたおかしがほしいの!」
「あのクマさんとか犬さんとかのお菓子の事?」
「そうだよ! かわいくてまるくてかわいいやつ!」

 かわいいが二回出る程に気に入ったのだと分かり、カトリーヌがもう一度更に可愛らしいフェリックスを抱き締めた。

「それならお母様と一緒に買物に行きましょう。好きな物を沢山食べましょうね!」
「おかあさまもたくさんたべてね!」

 親子二人で手を繋ぐと、元気一杯に玄関を出て行った。
 馬車の中では、エルザとジェニーが向かえに座り、隣にカトリーヌがいる事でご満悦のフェリックスは、窓から外を楽しそうに眺め始めていた。
 しかし着いた菓子店は現在工事中となっており、扉には鍵が掛かっていた。

「おかしいわね、ルイスが購入してきたんだから昨日までは開いていたはずなのに」
「おかしやさんないの?」

 見る見る内にしょんぼりしていくフェリックスの頭を撫でると、カトリーヌは努めて笑顔を向けた。

「あのクマさんのお菓子屋さんはお休みだけど、他にも美味しい物がある所を知っているのよ。そこに行ってみない?」

 しかしフェリックスは首を頑なに振るだけだった。

「あれがいいんだもん。あのくまさんがいいの」
「そんなに気にいってくれたのね。今度沢山買って届けるわね」

 しかしブンブンと首を振ってフェリックスは泣き出してしまった。

「お嬢様、実はあのお菓子……」

 堪りかねたエルザが耳打ちをしてくる。その真相は胸が熱くなるものだった。
 あのお菓子を届けた日、アルベルトとフェリックスは初めて食卓を共にしたと言う。食卓と行ってもお菓子を摘んだ程度。でもそれは二人にとって、小さいけれどとても大きな変化だった。その時、アルベルトがフェリックスの勧めたクマのマカロンを一口で食べたのがとても気に入ったと勘違いし、機嫌を良くしたフェリックスは、その後アルベルトに誘われたチェスで少しだけ遊んだと聞いた時には、無意識にカトリーヌの目から涙が溢れていた。

「おかあさま? どうして泣いているの? ぼくのせい?」

 カトリーヌは堪らずにフェリックスを抱き上げた。

「良かったわね。本当に良かった」

 内心、もしベルトラン家でフェリックスが寂しい思いをしていないかと考えない日はなかった。常に頭の中にはフェリックスの泣き顔が浮かび、その度に心を奮い立たせてきたのだ。でもアルベルトがちゃんと気に掛けてくれているというのが何よりも嬉しい報告だった。
 その時、閉まっている扉が開き、中から店の店主が出てきた。

「あの、皆様一体どうされました?」

 店先での騒がしい声に気がついて出てきた店主は、カトリーヌ達を見るなり頭を下げた。

「モンフォール家の皆様でしたか! まさか今日はお店にいらして下さったのでしょうか? 改装の様子をご確認に?」
「改装? いつからしているの?」
「二週間程前からですが、もしやご存じなかったのですか?」

 カトリーヌは目をぱちくりとしながら、この期間にルイスからこの店の菓子を貰った回数を数えていた。

「三回は貰ったわね。店は閉めても、持ち帰りはしているの?」
「いえいえ。申し訳ございませんがお持ち帰りも今はしておりません」
「でもここのお菓子を何度か貰ったのよ」

 すると店主は閃いたように頷いた。

「ルイス様にでしょうか?」

 あれだけ通っていれば名前も覚えられているだろうとは思っていたが、店主の言葉から続いたのは信じられない内容だった。

「ルイス様には本当に感謝しております。このように改装資金まで出して頂いて感謝してもしきれません」
「改装資金をルイスが出したですって?」

 カトリーヌの驚きように、店主の顔が青褪めていく。そして大きな身体を縮こませた。

「ご存知ありませんでしたか?」
「……なぜそのような事になったのか、伺ってもよろしいかしら」
「実は姪とルイス様が恐れながら友人でして、そのご縁で今回店を大きくするお金を出資してくれるとのお申し出を受けさせて頂いた次第です」

 増々意味が分からない事態にカトリーヌが頭を抱えていると、フェリックスが察したように温かく小さな手を額に当ててきた。

「おかあさま?」
「大丈夫よ。なんでもないわ」

 安心させる為に丸いおでこに口づけをしてからフェリックスをエルザへと渡す。そして店主と向き直った。

「悪いけれど改装工事は一時中断してちょうだい。あなたも耳にはしたと思うけれど、我がモンフォール家は複雑な事情で、自由に使うお金があまりないのが現状なの。工事に使われているお金の出処を調査します」
「もちろんです。ですが、待つとは一体どのくらいでしょうか? 私達もずっと商売をしない訳には参りませんので……」

 尻すぼみになっていく店主は困ったように中途半端な店を見上げた。

「もちろん時間はかからないようにするわ。数日だけ待ってちょうだい」
「承知致しました」
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