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遠回り、逆回り、急がば道を壊せ。
八
しおりを挟む私の安月給では絶対に食べられない高級焼肉店。
個室に通され、信じられない値段のお肉を、叔父さんは私の好きなだけ頼んでいいと言ってくれた。
好きなだけ頼んだお肉がテーブルに並べられて、私のお腹は嬉しい悲鳴を鳴らす。
「で、おじさんの尋問の前に聞きたいことがあるんだけど」
「乾杯しないの?」
生ビール片手に、今にも乾杯しそうな叔父さん。
が、私は乾杯どころではない。
「うん。あのさ、もしかして叔父さん、社長に頼まれて私たちにお見合いをセッティングしたの?」
「……ふむ」
年齢よりも若々しい叔父さんは、ビールを置くと上カルビを網の上に二つ並べた。
それも終わると、キムチを食べながら視線を上の方へ向けて考え込む。
この飄々とした様子が、何を考えているのか分からない。
「俺、運命に弱いからさ」
「回答になってない!」
「うーんとね、君は何を知りたいの? 進歩くんの過去の恋人の話しでも聞いた?」
鋭い質問に、言葉を詰まらせる。
「……面倒くさくないから、私がいいのかな、とか」
きっと元モデルの恋人は、ご両親には許せなかった。
そこで神山商事のエースである叔父さんの姪っ子で、土地をたくさん持っていて仕事柄付き合いの深いおじいちゃんの孫である私が選ばれた。
私なら性格が面倒でも、周りやご両親はうるさくないから。
そう考えると、私との婚約破棄は彼にとってデメリットが多すぎた。
元鞘に戻るなら、さっきみたいな外野の声は私に向かうが彼には些細なこと。
「綺麗に終わった相手のことで嫉妬したり詮索するのは好ましくないよ」
「だって美人と付き合ってたくせにいきなりお見合いとかしたら、自暴自棄になったしか考えられないじゃん」
「そう? 彼の行動におかしい部分はなかったよ。君みたいに嘘はついていない」
「もう!」
焼いていた二枚の上カルビを両方かっさらうと、呆れた顔をしつつもまた二枚焼いてくれた。
大きく口を開けていたら、牛タンも到着して会話が一瞬途切れる。
「で、君は不誠実な嘘をついていたけど、また不誠実にお付き合いするのかい?」
「だ、から、――猫被ってた進歩さんも悪いんだもん。それに――」
元鞘に収まりそうと言うべきか悩む。
目の前の少女漫画大好き、理想高杉のせいで婚期が遅れているイケメンに、私と進歩さんの今の関係は説明したら 最低だと呆れられそう。
「謝ったら許してくれた、し」
「……それは彼が優しいからじゃないぞ」
焼いたお肉を、叔父さんは平等に一枚ずつトンクで分けてくれた。
一枚を丁寧に食べながら、メニューを見る。
彼が優しいからではない。じゃあどうして?
「本当なら慰謝料だの色々払ってもいいぐらいの精神的苦痛を一年も彼に与えていた。理由はわかるかい?」
「……分かりません」
牛タンを焼こうとトンクに手を伸ばすと、叩かれ奪われた。
「人を動かすのは理性じゃないんだ」
「肉が食べたいとかエッチしたいとか、牛タンにネギたっぷり乗せて食べたいとか、衝動ね」
「思い当たることが肉以外にありそうだね。――で、不誠実な人間はどこまで行っても不誠実だよ。許してくれた彼と今度は真面目に付き合うのかな」
「……モデルの彼女と比べないのならね」
今度はお肉自体を没収されてしまった。
タレの入ったお皿も没収されて、寂しく箸を持った手が宙をさ迷う。
ご飯にキムチを乗せて食べていたら、容赦なくキムチも奪われた。
「彼の行動を疑う前に、君がちゃんとするべきだ」
「……」
恋愛は面倒くさい。
昨日の恋愛上級者は、恋愛とは駆け引きだという。
今日の夢見る乙女な叔父さんは、私が誠実にあるべきだと説く。
それほどに私と彼の関係は他人から見たらいい加減で不誠実であやふやなんだ。
「だからお見合いでよかったのに。恋愛じゃなくて、尊敬できる相手とならだれでも良かったのに」
「恋愛は漫画の中だけの話しだって逃げるのは楽だよね、わかる」
「……でも叔父さんたちは心配なんだろうけど、私もいい大人だから、ちゃんと自分の気持ちには折り合いをつけて彼と向き合う予定だよ」
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