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何事も縛られないなら、それでいい。

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 このまま順調にいくと思っていた。

『エッチが下手だから』

 その言葉に頭を殴られた気分だった。
 おかしいだろ。エッチが下手も何も愛撫も満足にさせてねえし、キスだって中学生みたいな色気のねえやつしかしてなかったろ。
 それか、強引にいけばよかったのか。裸を見られるのを嫌がる女に『綺麗だよ……』とでもいえばよかったのか。


 俺は性格が悪い。それは認めよう。
 変に悟って偏屈で、頭の回転が速いせいで周りの考えが読めて先手を打って行動してしまう。
 なのに、本当に桃花の行動は読めない。何が興味を引くのか、何がプレゼントしたら喜ぶのかもわからん。
 ブランド物のバックより、コンビニのペットボトルのおまけの方が喜ばれたことがあるぐらいだ。

 飽きさせない。そばにいていつも新鮮で、退屈しない。
 もっと知りたいのに、ガードされてる感じ。
 俺の方にも入ってこない感じ。この居心地が悪くねえと思った。
 それに、会社のことだってある。桃花のじいさんの土地を買い取れば、新しい部署が動き出せる。桃花の爺さんは、斎藤専務より桃花の方に甘いのは知っている。

『別れたいの』

 その言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になった。会社のことが頭をよぎった瞬間、彼女が小さくため息をこぼす。

『この前の事故で傷ついたせいで、赤ちゃんが産めなくなったの』

 目の前が真っ暗になった。
 だったら猶更、責任を取らないといけない。

 けれど一瞬、会社や家や、子どものことを考えて躊躇した。
 そのゼロコンマの葛藤が、彼女を逃がしてしまった要因だ。

 俺は彼女が離れるまで、彼女のことを何も理解していなかった。

 自分の都合のいいことばかり、利点ばかり優先していた。

 そこに確かな愛はなかった。

  彼女に好意があったのに気付いたのか、別れて海外の部署で働きだしてからだ。

 一緒にいる時間、予測不可能な行動に振り回されるのが嫌ではなかった。

 一緒にいる時間、媚びなくていい。無理にほめなくていい、機嫌を取らなくていい、気を使わないで楽しめる時間を共に過ごしていた。

 心の底から楽しいと思えていたのだと、退屈な仕事の中で気づかされたんだ。



「……」

 夢から覚めた気分だ。
 窓の外から入ってくる日差しに、置きっぱなしにしていた珈琲カップに影が伸びている。

 俺は、また何か見落としている。そして気づかないうちに何かを見逃している。
 すぐに式場のドレスサロンに電話をかけた。

 今まで、嘘をついてきたせいか。
 彼女が好きだと自覚していなかったとき、嘘の自分を演じて、好きでもないのに抱いて――。
 好青年を演じたウソつき野郎は、目の前の桃花を知ろうともしていなかったからか。


『はい。ドレスサロン××店、田浦です』
「お世話になっております。○月×日式予定の新郎の神山です」
『神山さま、ですね。世話になっていります』
「すいません、都築の方が全くドレスの試着に伺えていないと聞いて――」


 確かめてみると、斎藤専務の言ったとおりだった。
 予約当日、時間になっても来ないので心配になっても連絡がつながらないと。
 数日たってから、忘れていただの具合が悪かっただの、急なせいごとだったのだと詫びの連絡が入るらしい。

 俺も謝ったが、彼女の行動に確かに感じていた違和感が納得できた。

 俺はまた、何か見落としている。
 彼女のウソを、見落としている。


 電話を終えると、すぐに桃花にメールをした。

『今日、時間ができたんだが家に行ってもいいか?』
『今日はそっちの駅の近くにいるから、駅で待ってどっかいく?』
『家でいい。じゃあ駅で待ってて』
『いいよー。駅内のドーナツ屋の中にいる。』

 短いメールにレスポンスも悪くない。  

 メールの中では、何を見逃しているのか俺には分からなかった。



 定時で終われることがほぼなかったが、今日は少し早めに切り上げて駅に向かう。

 すると小さな咳が聞こえて立ち止まった。
 ドーナツ屋で待っているといっていた彼女が、駅前の噴水広場のベンチで本を本でいた。

  ブックカバーで隠しているが、あれは本ではなく少女漫画だった。

 しかもキスぐらいしかない生ぬるい漫画。大人の恋愛漫画ならキスで終わるはずがはにだろってからかったことがあるが、『結ばれるまでの過程が大事なの!』と激怒されたころがある。

 少女漫画は、結ばれるまでのハラハラ感が大切だと力説していたが、俺たちはそれがないことに気づく。


 どっちかといえば、結婚に向けてからの方がいろいろと起こっている。

 少女漫画大好きである桃花にとって、自分の恋愛はそれでいいのだろうか。

「悪い。待たせたね」

 本を閉じるとともに、桃花が顔を上げるのが分かった。

「ごめんなさい。今日は進歩さんが来るから、さっさと済ませてしまいたくて」

 起ちあがった桃花が駆け寄った相手は、吉田だった。

「急にアイツからって珍しいな」
「忙しいから私からも誘いずらいしね」

 小さく咳をした桃花に、吉田が人一人分ぐらい離れるのが分かった。

 浮気を心配する雰囲気ではないが、二人があっていたことは全く知らなかったし気づかなかった。
 それにしても、俺の会社の近くの駅で会うなんて、危機感がなさすぎる。
 有らぬ噂を立てられたり、無粋されたりしてもおかしくないのに、だ。

 ただでさえ吉田は離婚したばかりな上に、大学時代から女関係はよくない。

 二人を追いかけるのも疑っているように思えるし、格好悪い。
 彼女の小さな咳が遠ざかっていくのを感じながら、俺は先に店に入っていくことにした。


 そんなものだろう。結婚するからと言って、一から十までお互いを把握するのは困難だし億劫だ。

 嫌な部分は全力で見なければ、それでいいと思う。


 ただでさえ、結婚すると親戚づきあいだの家族計画だの、面倒なことが増える。

 少しぐらいお互い自由にやるぐらいがいい。
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