神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
53 / 62
六  別府⇔小倉

六  別府⇔小倉 五

しおりを挟む
「私だ……って、え……?」



「早く抱き締めたいんだけど?」



え……?

あ、え……?

「お前、可愛すぎっ」


ククッと笑うと一歩近づいてくる。


何となく後ろに一歩下がると、部長は楽しそうに目を細める。



「おいでってば」



そう言われて私は、おずおずと右手を差し出すと、


部長の頬目掛けて振り上げる。




タクシーの運転手さんが目を見開いて見ていたのが印象的だった。









「おかしいな。平手打ちじゃなくてみなみが抱きついてくると思ってたんだが」


――なんでそんな予想ができるんですか!


そう思いながらも顔を上げないで涙を拭く。





左頬に紅葉を浮かべた部長が、煙草を噛みながらハンドルをきる。


未だに素直になれない私は助手席で体操座りしながら顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。



素直に部長に私の気持ちを伝えようと思ってたのに。



きっと車を買った時から、帰りは車で帰るって決めてたはずなのに、電車で帰るような思わせ振りなことを言うなんて。




「試すなんて酷い……です」


「でもお前はこうして来ただろ? 俺の方がお前の事はよく分かってるんだよ」


ポンポンと頭を撫でられて、おずおずと顔を上げる。


信号が赤になったらしく、一番前の歩道橋の前で停まったようで私をじっと見つめる。



「――泣かせて、悪かったな」



悪いなんて思って、ない。


すごく機嫌よく笑ってる。



伝えたかった気持ちを、何だか素直に言えない状況に追い込まれて悔しいけど、



けど、胸はドキドキしている。




「ゆ、許しません。――水樹、さん」
その瞬間、部長の影が覆い被さって、少し傾いた部長の顔が近づいてくる。



「~~!!」

後ろ頭に手が回されて、あっという間に深く口づけされて逃げられなかった。


さっきまで吸っていた煙草の味がする、キス。


唇を舌で割られて、慌てて歯でガードすると舌で歯をなぞられた。



背中がゾクゾクする。


知らない体温に、ちょっと怖くなる。
ブレーキが分からなくて、触れた熱で溶けるかと思っていたら、けたたましいクラクションに邪魔された。

「っち」
信号が青になっている事を知り、早急に部長は離れるとアクセルを踏んだ。



「早く抱き締めたくて我慢できないってーのに」

その言葉に胸が高鳴る。

唇を舐め拭きながら上機嫌なまま更にアクセルを踏み込む部長の横顔を見ていたら、気持ちが溢れだしそうで怖い。



そうだ。

此処まで来たんだから部長に私の気持ちなんてバレバレなんだ。





「私は逃げませんから、あ、焦らないで下さい」


そっと服の裾を掴むと、その手を握り返された。





ちょっと荒々しくなった運転で、部長のマンションに着くと、直ぐに駐車場に車を置くと、手を引っ張られてオートロックのドアを通り、エレベータに乗る。


エレベータ内で部長がネクタイを弛めたのを見て、この先に何が起こるのか想像すると頬が赤くなる。


――逃げ出したい。
――逃げ出したくない。


でも何をどうすれば良いのか分からない。


わ、私、恥ずかしながらこの年で未経験だ、し……。



そうじたばたしつつも、部長の部屋の前まで来てしまう。


9階の一番端。


黒を基調にしたシックなマンションだから一人暮らしの人が多いのかな?





「段ボールだらけだけど、どうぞ」


ドアを開けて貰って入ると、廊下の壁に寄せられて段ボールが積み上げられている。


「有給使って引っ越し準備してたんだ。明日引っ越し」


「ええ!? そんな大変な時に」


――来て良かったんですか?


そう言おうと振り返ろうとしたのに。



ぎゅっ




後ろから抱き締められてしまった。




「ぶ、ちょう?」


「水樹さんって呼べよ」
ぎゅっとさらに腕を回されると、煙草の匂いの中に部長の匂いが混ざってくる。

その匂いを嗅ぐと頭がぽわぽわしてきてしまう。


「まじで駅からみなみが飛び出してきたの、運命かと思った」


「な、んでですか?」


この状況、心臓に悪いから止めて欲しいのに。




「お前が終電より早い電車に乗ってたら、車で到着すんのは間に合わなかったし。
お前が気持ちが揺らいで乗らなかったかもしれない。

タクシー乗り場じゃなくバス停に向かってても会えなかった」


そんな色々な偶然が重なって部長と巡り会えたなら、

だったら少しぐらいは、良いことぐらいは、

神様に感謝してもいいのかな。





「――来てくれて、嬉しいよ、みなみ」


スリッと後ろから肌を感じると、胸が甘く痛んでくる。

最初から、そう言ってくれたら私だって素直になれるのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

処理中です...