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はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―
プロローグ
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俺の名前は夏井カナタ。年齢は30歳。
仕事は中堅企業の営業マンをしていた。
数年前、仕事の付き合いで仲良くなった研究者がいた。
その男は村川という名前だ。
彼は海外でも学んでいた秀才だったが、いわゆる社内営業――ロビー活動が苦手だったので、冴えないポジションに追いやられていた。
村川と何度か飲みに行き、ある日の晩はお互いに悩みを抱えていたこともあって飲みすぎてしまった。酔いが関係したかは分からないが、その日の帰りに彼が個人で所有している研究室を見せてくれた。
そこは貸し倉庫に機材を詰めこんだような感じの部屋だった。
まるで本人が不遇な立場にあることを反映したような殺風景な光景。
村川は聞き慣れない専門用語で説明をしてから、次第に目を輝かせてあるものについて話し始めた。
――それのことは“異次元への扉”と紹介された。
俺は物理や科学どころかSFさえもよく分からないので、あいまいに頷くしかなかった。
とはいえ、酔いの回った頭でも彼の研究者としての熱意は伝わってきた。
異次元への扉は試着室ぐらいの大きさのボックスにドアがついており、縦長の大きな電子レンジのようにも見えた。
村川はその装置の使い方を説明するといって、無造作に置かれたペットボトルを手に取った。それから、大人二人で狭いスペースに一緒に入った。
壁に当たる部分に金属製のフレームが長方形を描くように接着されており、その内側は大人の身長と同じぐらいの直径だった。フレームに仕切られた部分には何の変哲もなく、冷蔵庫に貼り付けた磁石のように見えなくもなかった。
「……しっかり見ててくれ」
もったいぶるような態度で彼はいった。
唐突に投げこまれたペットボトルは壁に当たらずに、どこかへ消えてしまった。
まるで手品のように見えたが、研究者がそんなことに時間を費やすはずもない。
扉を開けて外に出てみても、ペットボトルはどこにも見当たらなかった。
突飛な出来事にも思えたが、同時に童心に帰るような感覚も胸に湧いていた。
「……なあ、もう一度見せてくれないか」
「……ああっ、分かった」
もう一度、俺と村川は未知なる装置の中に入った。
「――いくぞ」
村川は指先でつまんでいたボールペンをフレームの内側の部分に向けて投げた。
ボールペンは壁に接触する瞬間に、吸いこまれるようにして消えてしまった。
「一体、どうなってるんだ!?」
外に出て確認してみたものの、どこにもそのボールペンは見当たらなかった。
「――夏井、頼む」
ふいに村川は冷えたコンクリートの床に手をついていた。
「おいおい、何をしてるんだ」
生まれて初めて土下座されてどうすればいいのか分からなかった。
「試算では、あの扉の向こうは地球以外のどこかの世界につながっている。……だけれど、どうなっているかは全く分からない。細菌やウイルス、放射線……有害な空間が広がっている可能性もある」
そう広くない室内で懇願するような声が響いていた。
「それに耐えるだけの防護服が必要だ……」
話を最後まで聞かなくても結論は見えていた。
しかし、彼の話を遮ろうとは思わなかった。
「僕の給料ではここの設備を揃えるのが限界だった。こんなわけの分からない研究のために、銀行は金を出してくれない」
「いくらかかるんだ、その防護服は……?」
「……300万かかる。返すまでにどれだけかかるか分からないけれど、必ず返す」
翌日、俺は400万あった貯金から、300万円おろした。
もちろん、その時にはすでに酔いがさめていた。
お金を渡してしばらくすると、村川からの連絡は少しずつ減っていた。
今思えばまめに連絡する時間すら惜しい状態だったのだろう。
まったく疑わなかったといえば嘘になるが、彼にお金の催促をしたことは一度もない。
やがて、結果が全てを物語ることになった。
その時、村川が研究のことを打ち明けてから数年が経過していた。
俺は目的もなくサラリーマンを続けていて、お金を渡した時と同じぐらいまで貯金が増えていた。
だからといって、何かが満たされるような経験はなかった。
人によってはこれを贅沢だと捉える人がいるかもしれない。
とにかく俺は、手応えを得られない仕事を惰性で続けることに嫌気が差していたのだ。
自分の代わりはいくらでもいるというありきたりなことを考えたりもした。
情けないことだが、それほどまでにやりがいを持てずにいた。
そんな心境で生きていたからこそ、村川という人物に惹かれて、途方もない計画の片棒をかついでみようと思ったのだろう。
俺は知らなかったが、村川は海外の伝手を頼り協力者が増えていた。
研究を極秘にしておきたいようで、貸し倉庫みたいな雰囲気はそのままだった。
まさか、こんなところに世紀の大発見があるとは誰も気づかないだろう。
――異次元への扉は異世界への扉になっていた。
村川を中心に扉の先の世界の調査は進んでいるようだった。
最低限の言語や文化、環境などのデータが集まっていた。
「村川、お金は返してくれなくていい。俺もその異世界に行かせてくれ」
彼と再会した時、自然とそんな言葉が口に出た。
それから、現地語の会話を覚えるために、村川の協力者にレクチャーを受けた。
英会話は得意な方だったが、未知の言語を習得するのに時間がかかった。
俺の身辺整理が済んだ頃、村川に異世界に連れていってもらうことになった。
戻ってきた時に住むところがないのは困るので、アパートはそのままにしておいた。
ただ、勤めていた会社は辞めることにした。
元の世界に戻れる保証もなく、どれだけ滞在するのか目処が経たなかったから。
いい年して無断欠勤したり、行方をくらましたりするやつだと思われるのは避けたかったというのもあった。
ずっと俺は社会的な体裁を気にしていたと出発前に気がついた。
その日が近づく頃、未知の世界への期待と興奮が自然と高まっていた。
仕事は中堅企業の営業マンをしていた。
数年前、仕事の付き合いで仲良くなった研究者がいた。
その男は村川という名前だ。
彼は海外でも学んでいた秀才だったが、いわゆる社内営業――ロビー活動が苦手だったので、冴えないポジションに追いやられていた。
村川と何度か飲みに行き、ある日の晩はお互いに悩みを抱えていたこともあって飲みすぎてしまった。酔いが関係したかは分からないが、その日の帰りに彼が個人で所有している研究室を見せてくれた。
そこは貸し倉庫に機材を詰めこんだような感じの部屋だった。
まるで本人が不遇な立場にあることを反映したような殺風景な光景。
村川は聞き慣れない専門用語で説明をしてから、次第に目を輝かせてあるものについて話し始めた。
――それのことは“異次元への扉”と紹介された。
俺は物理や科学どころかSFさえもよく分からないので、あいまいに頷くしかなかった。
とはいえ、酔いの回った頭でも彼の研究者としての熱意は伝わってきた。
異次元への扉は試着室ぐらいの大きさのボックスにドアがついており、縦長の大きな電子レンジのようにも見えた。
村川はその装置の使い方を説明するといって、無造作に置かれたペットボトルを手に取った。それから、大人二人で狭いスペースに一緒に入った。
壁に当たる部分に金属製のフレームが長方形を描くように接着されており、その内側は大人の身長と同じぐらいの直径だった。フレームに仕切られた部分には何の変哲もなく、冷蔵庫に貼り付けた磁石のように見えなくもなかった。
「……しっかり見ててくれ」
もったいぶるような態度で彼はいった。
唐突に投げこまれたペットボトルは壁に当たらずに、どこかへ消えてしまった。
まるで手品のように見えたが、研究者がそんなことに時間を費やすはずもない。
扉を開けて外に出てみても、ペットボトルはどこにも見当たらなかった。
突飛な出来事にも思えたが、同時に童心に帰るような感覚も胸に湧いていた。
「……なあ、もう一度見せてくれないか」
「……ああっ、分かった」
もう一度、俺と村川は未知なる装置の中に入った。
「――いくぞ」
村川は指先でつまんでいたボールペンをフレームの内側の部分に向けて投げた。
ボールペンは壁に接触する瞬間に、吸いこまれるようにして消えてしまった。
「一体、どうなってるんだ!?」
外に出て確認してみたものの、どこにもそのボールペンは見当たらなかった。
「――夏井、頼む」
ふいに村川は冷えたコンクリートの床に手をついていた。
「おいおい、何をしてるんだ」
生まれて初めて土下座されてどうすればいいのか分からなかった。
「試算では、あの扉の向こうは地球以外のどこかの世界につながっている。……だけれど、どうなっているかは全く分からない。細菌やウイルス、放射線……有害な空間が広がっている可能性もある」
そう広くない室内で懇願するような声が響いていた。
「それに耐えるだけの防護服が必要だ……」
話を最後まで聞かなくても結論は見えていた。
しかし、彼の話を遮ろうとは思わなかった。
「僕の給料ではここの設備を揃えるのが限界だった。こんなわけの分からない研究のために、銀行は金を出してくれない」
「いくらかかるんだ、その防護服は……?」
「……300万かかる。返すまでにどれだけかかるか分からないけれど、必ず返す」
翌日、俺は400万あった貯金から、300万円おろした。
もちろん、その時にはすでに酔いがさめていた。
お金を渡してしばらくすると、村川からの連絡は少しずつ減っていた。
今思えばまめに連絡する時間すら惜しい状態だったのだろう。
まったく疑わなかったといえば嘘になるが、彼にお金の催促をしたことは一度もない。
やがて、結果が全てを物語ることになった。
その時、村川が研究のことを打ち明けてから数年が経過していた。
俺は目的もなくサラリーマンを続けていて、お金を渡した時と同じぐらいまで貯金が増えていた。
だからといって、何かが満たされるような経験はなかった。
人によってはこれを贅沢だと捉える人がいるかもしれない。
とにかく俺は、手応えを得られない仕事を惰性で続けることに嫌気が差していたのだ。
自分の代わりはいくらでもいるというありきたりなことを考えたりもした。
情けないことだが、それほどまでにやりがいを持てずにいた。
そんな心境で生きていたからこそ、村川という人物に惹かれて、途方もない計画の片棒をかついでみようと思ったのだろう。
俺は知らなかったが、村川は海外の伝手を頼り協力者が増えていた。
研究を極秘にしておきたいようで、貸し倉庫みたいな雰囲気はそのままだった。
まさか、こんなところに世紀の大発見があるとは誰も気づかないだろう。
――異次元への扉は異世界への扉になっていた。
村川を中心に扉の先の世界の調査は進んでいるようだった。
最低限の言語や文化、環境などのデータが集まっていた。
「村川、お金は返してくれなくていい。俺もその異世界に行かせてくれ」
彼と再会した時、自然とそんな言葉が口に出た。
それから、現地語の会話を覚えるために、村川の協力者にレクチャーを受けた。
英会話は得意な方だったが、未知の言語を習得するのに時間がかかった。
俺の身辺整理が済んだ頃、村川に異世界に連れていってもらうことになった。
戻ってきた時に住むところがないのは困るので、アパートはそのままにしておいた。
ただ、勤めていた会社は辞めることにした。
元の世界に戻れる保証もなく、どれだけ滞在するのか目処が経たなかったから。
いい年して無断欠勤したり、行方をくらましたりするやつだと思われるのは避けたかったというのもあった。
ずっと俺は社会的な体裁を気にしていたと出発前に気がついた。
その日が近づく頃、未知の世界への期待と興奮が自然と高まっていた。
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