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第九章 宝よ、いずこ
九の七
道の脇にある小川をわたり、不忍池の西側の土手に踏み入って、三人は目的の鷺岩のあった場所を探した。
「そうそう、ここです」
と久右衛門が立ちどまったのは、ちょうど辯天島の西の対岸であった。
「相違ないかの」
念を押す冬至郎に、
「相違ございません。まだ辯天堂が建てられる前で、あれほど仰仰しくもありませんでしたが、小さな島が目の先にありました。それに、もうちょっと北の方、今は御花畑になっている場所の端のほうに桜の巨木がございましてなあ。あれは見事な物でした」
小源太と冬至郎は目を丸くして見合った。そして、蓮の浮かんだ池の向こうを、額に手のひらをかざして眺めて、
「今はないようだが」と小源太が訊くと、
「私が子供の頃には、もうずいぶんな老木でしたからなあ。池の東側もずいぶん造成されましたから、それがいけなかったのでしょう、寛永寺が建って数年で枯れて、大風で倒れてしまいました。この辺りも、私が両親と田舎から出てきた頃は、まだ田畑が広がって深い森などもございまして、未開地と言っていいような具合でして、山は削られ、木木は伐り倒され、沼は埋められて⋯⋯」
「その桜の大樹の正確な位置はわかるか?」冬至郎が久右衛門の長談義を断切るように訊いた。
「北のほうに、川が流れ込んでおりますでしょう。藍染川というのですが、ここからみて、その藍染川の河口と辯天島のちょうど真ん中あたりになります」
「東照宮の屋根が見えるが、あの方向かの」
「そうなります、冬至郎様」
「念のために訊いておくが、他にも対岸に大きな桜はあったであろうか」
「ありましたが、ここから見えるのは、今話した桜だけでした」
「いや、ありがたい」小源太はあまりのうれしさに、はしたなくも久右衛門の手を両手で握って上下に振った。「これほど大家さんの存在がありがたいと思ったことはいままでなかった」
「ずいぶんお世話をしてきたつもりですがね」と久右衛門はわけもわからず、なかばあきれ顔である。「それで、おふたかた、なぜ鷺岩や桜のことなど探されていらっしゃるのですか」
「それは」
と小源太は頭を掻いた。なんとごまかそうか。嘘をまったく用意していなかった。
「なに、ただふたりで賭けをしてな」と冬至郎が平然と話しはじめた。「昔、鷺のような岩があって、その対岸に大きな桜の木があったという噂話を耳にしての。それが本当かどうか、賭けをしたわけだ」
「で、どちらがお勝ちになられたので」
「もちろん私だ」と冬至郎が自慢げに胸をそらせた。
架空の話なのに、よくやるもんだと、小源太はあきれるやら、感心するやら。
礼を言って久右衛門には帰ってもらい、小源太と冬至郎兄妹は舟を借りて、池に漂い出た。水深はさほど深くはないので、竿だけでも舟は進む。蓮の花の季節でもなし、蓮の実がみのっているわけでもなし、釣りは禁止されているので釣りをする人もいないが、それでも何艘かの舟が行ったり来たりしている。
ふたりは、桜の木と鷺岩のあった場所の直線上を、舟で行き来し、竿で底をつついて何かそれらしいものが先にあたらないか、探した。
「何かあったか?」と一間進むたびに冬至郎が訊くが、
「まるで何もないですね」とそのたびに小源太は答えた。
「これでは埒があかぬ。ちと考えが甘かったな。桜の木と鷺岩の直線上に宝が隠されているのだから、すぐに見つけられるだろうと、安易に考えていた。一寸竿を刺すのがずれるだけで、まったく宝に当たらぬからな」
「兄上、これだけ探してないとなると、もう誰かに引き上げられているのではないでしょうか」
「財宝の手がかりは今回初めてそろったのだろう。先に誰かに見つけられたとは考えにくいな」
「池を造成した時に、見つけられてしまっていたとか」
「だったら、話題になるはずだ。あの江戸の生き字引の大家殿がそれらしい蘊蓄を語らなかったことからしても、それはなさそうだな」
「だったら、ずいぶん深く埋められているとか」
「いい加減にせんか、紅穂。悲観するのもわかるが、そう後ろ向きに考えていては、物事は何も成就せんぞ」
「しかし、もう幾度、池を行ったり来たりしたことでしょう」
「ううむ。手がかりを読み違えているのだろうか」
「いったん帰りましょう、兄上」
「そうだな、腹も減ってきたしなあ。そう言えば紅穂、お前、少しは炊事がうまくなったか」
「え、そうですね、ええ、まあ」
冬至郎は長い嘆息をした。
「これは、期待しないほうがよさそうだな」
「そうそう、ここです」
と久右衛門が立ちどまったのは、ちょうど辯天島の西の対岸であった。
「相違ないかの」
念を押す冬至郎に、
「相違ございません。まだ辯天堂が建てられる前で、あれほど仰仰しくもありませんでしたが、小さな島が目の先にありました。それに、もうちょっと北の方、今は御花畑になっている場所の端のほうに桜の巨木がございましてなあ。あれは見事な物でした」
小源太と冬至郎は目を丸くして見合った。そして、蓮の浮かんだ池の向こうを、額に手のひらをかざして眺めて、
「今はないようだが」と小源太が訊くと、
「私が子供の頃には、もうずいぶんな老木でしたからなあ。池の東側もずいぶん造成されましたから、それがいけなかったのでしょう、寛永寺が建って数年で枯れて、大風で倒れてしまいました。この辺りも、私が両親と田舎から出てきた頃は、まだ田畑が広がって深い森などもございまして、未開地と言っていいような具合でして、山は削られ、木木は伐り倒され、沼は埋められて⋯⋯」
「その桜の大樹の正確な位置はわかるか?」冬至郎が久右衛門の長談義を断切るように訊いた。
「北のほうに、川が流れ込んでおりますでしょう。藍染川というのですが、ここからみて、その藍染川の河口と辯天島のちょうど真ん中あたりになります」
「東照宮の屋根が見えるが、あの方向かの」
「そうなります、冬至郎様」
「念のために訊いておくが、他にも対岸に大きな桜はあったであろうか」
「ありましたが、ここから見えるのは、今話した桜だけでした」
「いや、ありがたい」小源太はあまりのうれしさに、はしたなくも久右衛門の手を両手で握って上下に振った。「これほど大家さんの存在がありがたいと思ったことはいままでなかった」
「ずいぶんお世話をしてきたつもりですがね」と久右衛門はわけもわからず、なかばあきれ顔である。「それで、おふたかた、なぜ鷺岩や桜のことなど探されていらっしゃるのですか」
「それは」
と小源太は頭を掻いた。なんとごまかそうか。嘘をまったく用意していなかった。
「なに、ただふたりで賭けをしてな」と冬至郎が平然と話しはじめた。「昔、鷺のような岩があって、その対岸に大きな桜の木があったという噂話を耳にしての。それが本当かどうか、賭けをしたわけだ」
「で、どちらがお勝ちになられたので」
「もちろん私だ」と冬至郎が自慢げに胸をそらせた。
架空の話なのに、よくやるもんだと、小源太はあきれるやら、感心するやら。
礼を言って久右衛門には帰ってもらい、小源太と冬至郎兄妹は舟を借りて、池に漂い出た。水深はさほど深くはないので、竿だけでも舟は進む。蓮の花の季節でもなし、蓮の実がみのっているわけでもなし、釣りは禁止されているので釣りをする人もいないが、それでも何艘かの舟が行ったり来たりしている。
ふたりは、桜の木と鷺岩のあった場所の直線上を、舟で行き来し、竿で底をつついて何かそれらしいものが先にあたらないか、探した。
「何かあったか?」と一間進むたびに冬至郎が訊くが、
「まるで何もないですね」とそのたびに小源太は答えた。
「これでは埒があかぬ。ちと考えが甘かったな。桜の木と鷺岩の直線上に宝が隠されているのだから、すぐに見つけられるだろうと、安易に考えていた。一寸竿を刺すのがずれるだけで、まったく宝に当たらぬからな」
「兄上、これだけ探してないとなると、もう誰かに引き上げられているのではないでしょうか」
「財宝の手がかりは今回初めてそろったのだろう。先に誰かに見つけられたとは考えにくいな」
「池を造成した時に、見つけられてしまっていたとか」
「だったら、話題になるはずだ。あの江戸の生き字引の大家殿がそれらしい蘊蓄を語らなかったことからしても、それはなさそうだな」
「だったら、ずいぶん深く埋められているとか」
「いい加減にせんか、紅穂。悲観するのもわかるが、そう後ろ向きに考えていては、物事は何も成就せんぞ」
「しかし、もう幾度、池を行ったり来たりしたことでしょう」
「ううむ。手がかりを読み違えているのだろうか」
「いったん帰りましょう、兄上」
「そうだな、腹も減ってきたしなあ。そう言えば紅穂、お前、少しは炊事がうまくなったか」
「え、そうですね、ええ、まあ」
冬至郎は長い嘆息をした。
「これは、期待しないほうがよさそうだな」
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