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ただ帰りたかっただけなのに… 3
しおりを挟むしかし雅は止まらない。彼はマシンガンのように俺の悪口を並べ立てた。
「いや、責めるね。このクソ兄貴は昔からずっと愚図で鈍間な人間だった。頭もよくないわ、器量もないわ、度胸もないわで昔っからネチネチネチネチとキモかったんだよ。そのくせ、都合のいいところだけ持っていきやがる。母さんや父さんからの期待なんて微塵もなかったもんな。あの二人は常に俺だけを見ていた。きっと今頃、血眼になって探してくれているはずだよ。俺・だ・け・な!」
俺は宙を見上げながら両親の顔を思い出した。確かにそうだ。あの二人の期待は常に雅。俺はそもそもないものとして扱われてきた。学費も雅の分は用意できても、俺の分は用意されなかった。特にしたい勉強もなかったし、フリーターでよかったんだろうけれど、不平等がゆえのモヤモヤは残ったまま。だがそれも、雅からすると俺が悪いらしい。もっと可愛げがあったなら、学費の四分の一くらいは用意してもらえたのかもな。
俺は肩を落としながら雅に言った。
「ああ。そうだな。雅の言う通りだよ。俺は最初から期待なんてされてなかったし、たった一人戻ったところで二人にがっかりされるのがオチだ」
「だろ?」
「でも、期待していたお前はこの世界で必要とされているんだ。お前に帰って欲しいと言ったら、この国の人達が困るだろ。だから不必要な俺が帰るんだよ。お前だってその方が……うぐっ!」
最後まで言う前に口を塞がれた。とても強い力で。手の平を押し当てられ、頬を掴まれる。それも片手で。
ああ、余計なことを言ったのか。俺は苦痛に顔を歪めて、されるがままとなった。
激昂した雅が血走った目を俺に向ける。
「うるせえな! 何勝手にボソボソほざいてんだよ! いちいち気持ち悪いんだよ、この陰キャオタクが!」
「んむぅ、ぐう……!」
今日は一段と力が強い。何がスイッチだったのか、雅は手の力を緩めない。察知した二人が雅を俺から引き離そうと素早く動いた。
……が、その前に、雅の首元にギラリと輝く長剣が押し当てられた。彼の背後にはもう一人、人間がいたんだ。
「城の敷地内で争うなと言ったはずだ。守れないのなら首を切る。それがたとえ、聖者であってもだ」
青い髪を持った長身の男が、射殺すような鋭い眼光で雅を睨んでいた。国王直属の騎士、セルだ。普段は寡黙な彼だが、雅の暴走を忖度なく止めてくれる数少ない人間だ。でも、そのやり方が今回は少しまずかった。聖者の首に剣を当てている。これは他の二人が許さなかった。
ルイスはセルに手の平を向けて何やら攻撃をしそうなポーズをとり、対してバイロンは狼を召喚してセルの腕に噛みつかせた……って、ちょっと待って、みんな。俺、今夜もこの小屋を寝床として使うつもりなんだから……頼むから、頼むから壊さないでくれ。
口を塞がれて何も言えない俺は、わたわたと身振り手振りで訴える。それに気づいてか気づかないでか、ルイスとバイロンはセルを。セルは変わらず雅を睨んだ。
「セル。剣を下ろせ」
「皇帝の命に背いていいはずがない。そうだろう?」
「命を破ろうとしているのはミヤビだ。ミヤビが手を離すまで、俺は動かん」
誰一人として引かないこの状況下で、「……チッ」と鬱陶しそうに舌打ちをしたのはこの男だった。
「マジでうっぜえ。こんなんただのスキンシップだろ」
吐き捨てるように言った雅は、俺からパッと手を離すと、踵を返しながら勢いよく扉を開け小屋から出て行った。
これのどこがスキンシップ!? そんなツッコミができる余裕は俺になく、その場で盛大に咳き込んでしまった。
丸まる背中を、ルイスが駆け寄り擦ってくれた。
「大丈夫か、スグル」
「う、うん……大丈夫。これでも加減してくれてるから」
「しかし……」
バイロンが何かを言いかけて止めた。あまりに扱いが酷いのではないか、そう言いたかったんだろう。でも、彼らが優先すべきは俺ではなく雅だ。直情的で血の気の多い弟だけれど、この国での役割はきっちりこなしているし、きっと俺以外の者には手をあげないはずだ。だから俺がこの世界からいなくなれば、雅も穏やかになるだろう。
ああ、本当にこれで最後なんだと、俺は口元を拭ってから三人に向かって深く頭を下げた。
「ルイス、バイロン、セル。皆さんどうか、雅のことをよろしくお願いします」
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