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初夜でした

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 海さんは僕を離さない。

「話が終わるまで、ここにいなさい」

「でも、僕は……」

「ちょっと貴方! これじゃ話が進まな……」

「ここにいなさい」

「海さんっ……僕は……」

「お前は私の妻です。妻の前で言えないような理由など、この私にはありません」

 海さんはそう言った。

 きっぱりと。

 きっぱりと、言い放った海さんの目。それは僕をまっすぐと捉えていた。

 そして掴んで離さないその逞しい腕にはいっそう力が込められて。

 それがなんだか。

 それがなんだか無性に。

 嬉しくて。

 抱きつきたくなるほど、嬉しくて。

「……っ、魅色ちゃん」

「なに? 柳ちゃん」

「僕……海さんの奥さまになる」

「なっ!?」

 ううん。

 なるって表現はおかしいよね。

 だってもう、僕たちは結婚しちゃったんだから。

 ごめんなさい。海さん。後で訂正するから、そうやって睨むのはちょっとやめてね。

 海さんに向かって苦笑いを浮かべると、真っ青な魅色ちゃんがこれ以上なく慌てて僕にかかった。

「奥様になるって……柳ちゃん! 聞いてちょうだい、これは……」

「魅色ちゃん」

 僕は冷静だった。

 至極冷静な態度で、僕は魅色ちゃんに向かった。

「魅色ちゃんの心配は、なんとなくだけど僕にもわかるよ。成人もしていない男の僕が結婚。しかもお嫁さんなんだもんね。その他にも、魅色ちゃんにとって不安要素はいろいろあるみたいだけど……でもさ」

 僕は握られている海さんの手の甲に、そっと自分の手の平を乗せた。

 冷たい旦那さまの手。

 それが今の僕には、とても心地よい温度に感じる。

 なんでかな?

「海さんは僕をもらってくれたんだ。なんにもない僕を。なんにも持ってない僕を。なんにも知らない僕を……海さんはね、そんな僕を抱きしめてもらってくれたんだよ」

 新居の前でやられたアレさ、すごく驚いたけど、結構嬉しかったんだ。

 だから、ね。

「海さんは、信じられるよ」

 依然、僕の手を握る海さんの表情は、変わりなく涼しげだったけれど、ほんの少しだけ笑ってる。

 その笑みの奥がなんの意味をもたらすのか、僕にはわからない。でも、とても安心するんだ。

 けれど、魅色ちゃんは、納得がいかないみたいだ。

「そんな確証も根拠も、どこにもないじゃないっ」

 それもそうだろう。誰が聞いたって、僕の言ったことは納得のいかない理由だろうから。

 でもね。

「柳ちゃん。いったん真城に帰りましょう。お願いだから、まず私と話を……」

「僕は海さんと一緒にいたいんだ!」

 僕は強く、そう言った。

「柳ちゃん……」

「海さんは、約束を守ってくれる大人だ、って。僕は思うよ」

 声量が強すぎたかな。魅色ちゃんは押し黙り、けれど僕の言葉に耳を傾けてくれた。

 そりゃあ、海さんのことなんてまだまだなんにも知らないよ。

 突然、好きでもなんでもない僕を、龍一様から嫁にと勧められ、それで結婚するにあたって、あんなにでかいマンションの最上階をポンと買っちゃったり。

 高そうなお店に連れてってくれたと思ったら、素敵な服をトータルコーディネートして、それをプレゼントしてくれたり。

 レストランで美味しいピザをたくさんご馳走してくれたり。

 そんな優しい一面を見せてくれた海さんのことなんて、まだなんにも知らないよ。

 それから。

 ジェントルマンだと思っていたら、いきなり僕をベッドの上に押し倒して、僕の頭をとろんとろんにした上に、無理やり僕の大事なところを弄んだ挙句、あ……あ、あ、あっ、あんな……えっちなことまでしてくれやがった海さんのことなんて!! まだなんにも知らないよ。

 あんな。

 あんな、意地悪な顔がすごく似合って、僕のことをまっすぐに見つめて、僕でも気付かないようなことにすぐに気がついて、いちいち優しくしてくれる海さんのことなんて、まだまだま~だ!

 なんにも知らないんだよ。

 そんな知らない人と、これから先、ずっと一緒に暮らしていくだなんてさ。無茶な話もいいとこだ。

「それでも……」

 僕は、ね。

「それでも、僕は海さんを信じるよ。だから、もう一度言います」

 僕は、ソファに座る海さんを見下ろす形で、彼の深い漆黒の瞳に、自身のそれを合わせた。

「僕をもらってください」

「もちろん」

 何を当然なことを、と。

 フッと意地悪に微笑んで、握っていた僕の手を、ぐいっと自身に引き寄せる。

「わっ……!」

 当然のことながら、僕の体勢はそのまま崩れて海さんへとダ~イブ。

 ぼすっと、彼の腕の中に抱え込まれる形となってしまい。

「死ぬまで、貴方は私のモノですよ」

 もう一度誓ってくれた、その優しい唇で。

 僕はまた一段と。魅色ちゃんの前で大人の階段を登らされてしまいました。

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