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葉月side
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「ふ~ん。例の旦那がねぇ」
「俺らも一回見てみてぇな。まこ」
「どんだけの男か知る必要があるな。みの」
愛しの柳がここに来ない理由を楠木さんが二人に済ませると、こいつらは廻の隣側のカウンター席に座り、頬杖をついて企みあう。
「ま。これからゆっくり時間をかけて存分に知ることができるけどね」
「なんてったって卒業は俺らと一緒だもんね」
楽しそうに。嬉しそうに。心底の喜びを露にして。
今後のプランを練っていく真実。
しかしその延長線上では、廻が無表情のまま俯き、俺は爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
卒業は真実と一緒……だって?
「ふざ……けんな」
「「ん?」」
ドン!!
今度は握りしめた拳をカウンターに叩きつけた。
それが俺の、わかりやすい怒りだったから。
「はづ……」
「ふざけんな。卒業は俺たちと……俺とするはずだったんだ」
なのになぜ。
なぜ。
柳はこんなにも振り回されなければならない?
真実と同じ学校になる必要がどこにあるんだ?
俺の呟くような苛立ちの発言は、BGMのない店内にはよく響き、当然のことながらその場にいた全員の耳に入ることになった。
そこで、あからさまな不服を、その顔に表す者たちが二人……。
「何言ってんだよ。ホントは逆だろうが」
「柳はお前と一緒じゃない。俺たちと一緒に卒業……いや。俺たちと一緒に入学して卒業するはずだったんだ」
「「逆ギレしてんじゃねぇよ」」
ブチッ。
俺の中で、何かが切れた。
「葉月……」
「「なに? やんの?」」
「若いねぇ……」
カタン、と席から腰を浮かせ、両の足をしっかりと地につける。
同時に、二つの同じ顔が、挑発的に笑ってカウンターから離れた。
これから何が始まるのか空気で察する唯一の大人が、カウンター向こうで苦笑い。
さも興味なさげに見守るのは、無表情の女の子。
「片岡とマジでやるのはこれで二回目かぁ?」
少し長い前髪を右手で掻き上げながら、真がニヤリと邪悪に笑む。
「あの時は決着つかなかったしな。いい機会だ」
これから柳も着ることになるだろう制服のネクタイを緩めるのが実……いや、こっちが真か? いやでも実……ああくそっ、似すぎなんだよ。この嘘つきツインズ。
「「幸い、俺たちの柳もいないことだしな」」
怒り……まーっくす。
デデデデーン!!!
「「!?」」
「……っくりしたぁ」
「も~、何さ?」
「廻……」
突如。
戦闘フィールドを突き破った、凄まじいスマホの着信音が鳴り響いた。持ち主である一人を除き、その場にいた一同の視線が一気にそのスマホへと向かう。
「運命の人からだから。静かにして」
運命の人。
かの名曲の着信音を聴いてピンとくる相手からの電話に、スマホの持ち主である少女……廻の頬には仄かに赤みが乗っていた。
ハッとして、息を飲み込む。
「……柳」
名を呼び、電話向こうにいる愛しき運命の人に、廻はふわりと微笑んだ。
「「柳!?」」
柳にしか見せない彼女の笑みに、同じ顔二つが同じリアクション、同じ表情で飛び付いた。
つーか、なに。廻さん。
柳の携帯の電話番号、いつのまに登録したの? 俺らと一緒にするはずじゃなかったっけ? 抜けがけかよ。
しかし廻はただいま電話に夢中。俺の疑問など微塵も気づくはずがなく。
「うん。うん……大丈夫。気にしてない。柳ならいいの」
柳の発する一言、一言に、心底嬉しそうに頷き答える。相変わらず無表情で、淡々とした口調だけど。
オーラが違う。
運命の人にしか発することのないピンクのオーラ。それが廻の周りに纏っているのだ。
今の廻、テンション最高潮に違いない。
「……うん。うん。二人ともいるよ。ちょっと待ってね」
頷きながら、静かに耳元から離される廻のスマホ。
そしてスイッ、と向けられるスマホの先は嘘つきツインズだった。
「柳から」
「っ! みの!」
「わかってる!」
同じ顔に、くっきりと刻まれる眉間の皺。普段は仲間、そして深い絆で結ばれる兄弟に、試練が立ちはだかる。
二人が同時に、それぞれの片手を振り上げた。
「「じゃんけんぽんっ!!」」
「チィッ!」
「よっしゃ! 柳! 真だよ!」
電話の順番権。
柳が関われば、この兄弟は敵同士にもなるのだ。
じゃんけんに勝ち、電話に替わる自称真(柳相手だし、ホントに真だろうけど)が気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべてみせる。
「うん。うん。え……いや、そんなことないっ、よっ……う……なんでわかんの?」
何の会話かわからないけど、おそらくつい先程までキレていたことがバレたんだろう。俺には全くわからなかった完璧な真の対応。そこからの些細な変化を、電話向こうにいる柳は感じ取ったらしい。
嘘つきの片割れ……真も、想い人の柳には敵わず、素直に感情を露にする。
「……うん。ごめん。でももう大丈夫だから! 柳と話しているうちに落ち着いてきた。さんきゅ……愛してる」
スマホ相手に愛を囁く真に、持ち主である廻が、珍しく表情を歪めた。自分のスマホに愛を囁かれたこと、そして柳に愛を囁いたことが、相当嫌だったんだろう。
しかし、幸せの絶頂にいる真が廻の様子に気づくはずもなく、笑顔のまま次の番である実へとスマホを差し出した。
対して、実は待ってましたとばかりにスマホを受け取った。
「実だよっ。柳!」
俺との戦闘モードで殺気を放ち、またじゃんけんに負けてお預けを食らっていた実も、耳にスマホを当てた瞬間に雰囲気が和らいだ。
そして真と同様、気持ち悪い笑みを浮かべて見せる。
「柳っ……うん。うん!」
なんか……すげぇムカつくんだけど。
つーか、なんで廻に掛けるわけ? ロワゾの固定電話に掛ければいいじゃん。それになんで、嘘つきツインズが俺より先なわけ?
「……うん。わかった。楽しみにしてるよ。うん。柳、愛してる。……ああ。いるよ。ほら、片岡」
あー、うざい。愛してる、愛してる煩いんだよ。同じ声で、同じ顔で。柳はお前らのものじゃねぇっての。それから、あの赤髪野郎も……。
ニヤついてんのもムカつくし、さっさと電話終わらせ……
「片岡! 柳から!」
……。
いつの間にか終わっていた実との通話。本人が口元をヘの字に曲げて俺にスマホを突き出している。
「……」
思うことは多々あるが、俺は黙ってそれを受け取った。
「俺らも一回見てみてぇな。まこ」
「どんだけの男か知る必要があるな。みの」
愛しの柳がここに来ない理由を楠木さんが二人に済ませると、こいつらは廻の隣側のカウンター席に座り、頬杖をついて企みあう。
「ま。これからゆっくり時間をかけて存分に知ることができるけどね」
「なんてったって卒業は俺らと一緒だもんね」
楽しそうに。嬉しそうに。心底の喜びを露にして。
今後のプランを練っていく真実。
しかしその延長線上では、廻が無表情のまま俯き、俺は爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
卒業は真実と一緒……だって?
「ふざ……けんな」
「「ん?」」
ドン!!
今度は握りしめた拳をカウンターに叩きつけた。
それが俺の、わかりやすい怒りだったから。
「はづ……」
「ふざけんな。卒業は俺たちと……俺とするはずだったんだ」
なのになぜ。
なぜ。
柳はこんなにも振り回されなければならない?
真実と同じ学校になる必要がどこにあるんだ?
俺の呟くような苛立ちの発言は、BGMのない店内にはよく響き、当然のことながらその場にいた全員の耳に入ることになった。
そこで、あからさまな不服を、その顔に表す者たちが二人……。
「何言ってんだよ。ホントは逆だろうが」
「柳はお前と一緒じゃない。俺たちと一緒に卒業……いや。俺たちと一緒に入学して卒業するはずだったんだ」
「「逆ギレしてんじゃねぇよ」」
ブチッ。
俺の中で、何かが切れた。
「葉月……」
「「なに? やんの?」」
「若いねぇ……」
カタン、と席から腰を浮かせ、両の足をしっかりと地につける。
同時に、二つの同じ顔が、挑発的に笑ってカウンターから離れた。
これから何が始まるのか空気で察する唯一の大人が、カウンター向こうで苦笑い。
さも興味なさげに見守るのは、無表情の女の子。
「片岡とマジでやるのはこれで二回目かぁ?」
少し長い前髪を右手で掻き上げながら、真がニヤリと邪悪に笑む。
「あの時は決着つかなかったしな。いい機会だ」
これから柳も着ることになるだろう制服のネクタイを緩めるのが実……いや、こっちが真か? いやでも実……ああくそっ、似すぎなんだよ。この嘘つきツインズ。
「「幸い、俺たちの柳もいないことだしな」」
怒り……まーっくす。
デデデデーン!!!
「「!?」」
「……っくりしたぁ」
「も~、何さ?」
「廻……」
突如。
戦闘フィールドを突き破った、凄まじいスマホの着信音が鳴り響いた。持ち主である一人を除き、その場にいた一同の視線が一気にそのスマホへと向かう。
「運命の人からだから。静かにして」
運命の人。
かの名曲の着信音を聴いてピンとくる相手からの電話に、スマホの持ち主である少女……廻の頬には仄かに赤みが乗っていた。
ハッとして、息を飲み込む。
「……柳」
名を呼び、電話向こうにいる愛しき運命の人に、廻はふわりと微笑んだ。
「「柳!?」」
柳にしか見せない彼女の笑みに、同じ顔二つが同じリアクション、同じ表情で飛び付いた。
つーか、なに。廻さん。
柳の携帯の電話番号、いつのまに登録したの? 俺らと一緒にするはずじゃなかったっけ? 抜けがけかよ。
しかし廻はただいま電話に夢中。俺の疑問など微塵も気づくはずがなく。
「うん。うん……大丈夫。気にしてない。柳ならいいの」
柳の発する一言、一言に、心底嬉しそうに頷き答える。相変わらず無表情で、淡々とした口調だけど。
オーラが違う。
運命の人にしか発することのないピンクのオーラ。それが廻の周りに纏っているのだ。
今の廻、テンション最高潮に違いない。
「……うん。うん。二人ともいるよ。ちょっと待ってね」
頷きながら、静かに耳元から離される廻のスマホ。
そしてスイッ、と向けられるスマホの先は嘘つきツインズだった。
「柳から」
「っ! みの!」
「わかってる!」
同じ顔に、くっきりと刻まれる眉間の皺。普段は仲間、そして深い絆で結ばれる兄弟に、試練が立ちはだかる。
二人が同時に、それぞれの片手を振り上げた。
「「じゃんけんぽんっ!!」」
「チィッ!」
「よっしゃ! 柳! 真だよ!」
電話の順番権。
柳が関われば、この兄弟は敵同士にもなるのだ。
じゃんけんに勝ち、電話に替わる自称真(柳相手だし、ホントに真だろうけど)が気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべてみせる。
「うん。うん。え……いや、そんなことないっ、よっ……う……なんでわかんの?」
何の会話かわからないけど、おそらくつい先程までキレていたことがバレたんだろう。俺には全くわからなかった完璧な真の対応。そこからの些細な変化を、電話向こうにいる柳は感じ取ったらしい。
嘘つきの片割れ……真も、想い人の柳には敵わず、素直に感情を露にする。
「……うん。ごめん。でももう大丈夫だから! 柳と話しているうちに落ち着いてきた。さんきゅ……愛してる」
スマホ相手に愛を囁く真に、持ち主である廻が、珍しく表情を歪めた。自分のスマホに愛を囁かれたこと、そして柳に愛を囁いたことが、相当嫌だったんだろう。
しかし、幸せの絶頂にいる真が廻の様子に気づくはずもなく、笑顔のまま次の番である実へとスマホを差し出した。
対して、実は待ってましたとばかりにスマホを受け取った。
「実だよっ。柳!」
俺との戦闘モードで殺気を放ち、またじゃんけんに負けてお預けを食らっていた実も、耳にスマホを当てた瞬間に雰囲気が和らいだ。
そして真と同様、気持ち悪い笑みを浮かべて見せる。
「柳っ……うん。うん!」
なんか……すげぇムカつくんだけど。
つーか、なんで廻に掛けるわけ? ロワゾの固定電話に掛ければいいじゃん。それになんで、嘘つきツインズが俺より先なわけ?
「……うん。わかった。楽しみにしてるよ。うん。柳、愛してる。……ああ。いるよ。ほら、片岡」
あー、うざい。愛してる、愛してる煩いんだよ。同じ声で、同じ顔で。柳はお前らのものじゃねぇっての。それから、あの赤髪野郎も……。
ニヤついてんのもムカつくし、さっさと電話終わらせ……
「片岡! 柳から!」
……。
いつの間にか終わっていた実との通話。本人が口元をヘの字に曲げて俺にスマホを突き出している。
「……」
思うことは多々あるが、俺は黙ってそれを受け取った。
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