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新婚生活スタートです

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 でも、びっくりした。

 すごく余裕そうに見えたから、戸惑ってるなんて信じられない。

 実際、僕よりは余裕があるだろう。海さんは悟られないよう、そう振る舞っていただろうから。

 だから、気づかなかった。ううん。気づけなかったよ。

 それがなんだか申し訳なくて、僕は少しだけ視線を逸らす。

 すると、そっと。海さんは撫でるのを止め、僕の頬に手を宛がった。

「普段、お前は学業。オレは仕事でお互いにそれぞれの生活を送る。その時のお前は学生で、オレはただの社会人だ。けれど、ここで共に過ごす間は『夫婦』であり、一緒なんだ。これからお互いを知って、一緒に生きていくんだ。だから……」

 吸い込まれそうな瞳が、僕を捕らえて断言する。

「お前はオレを見ろ。オレだけを見ていればいい。たとえお前に……他に想う相手がいたとしても、だ」

「……っ」

 僕の心臓が、ドクンと大きく鳴った気がした。

 ああ。どうしよう。

 何かが溢れそうになる。

 なんでだろ。なんで……

「……っ」

 海さんはどうしてこんなこと言うんだろう。

 ダメだよ。そんなの。僕なんかに言っては。

 そんなの……僕なんか……僕なんか……

「……っ!」

 もう、閉じたはずなのに。

 もう、消し去ったはずなのに。

 要らないのに。

 なのに……。

「……こ、こわいんだ」

 ダメ……だよ。こんなの。

 迷惑、かけたくない。

 こんなこと言っても、おかしい子だって思われるだけだ。

 今までのように、気持ち悪がられるだけだよ。ただでさえ、瞳の色が気味悪いって嫌われ続けていたのに。

 だからダメだ。こんなの……

「うん……」

「……!」

「言ってごらん」

 ダメだよ……!

「…………っ…………こ……こわい、んだ」

「怖い……」

「な、何が、かは……わからない。でも、こわいんだ……」

「いつから?」

「一年か、二年くらい前から……だと、思う。僕の周りの人たちが、変……なの」

「変?」

「おかしいんだ……何が、って聞かれると、はっきりとはわからないんだけど。でも、変なの。みんなの……様子や、僕に対する態度が。まるで、何かから僕を守るようにするんだ……」

「……」

 ダメだ。

 そう思いつつも、止められない僕の言葉。

 僕の声。

 僕の想い……。

 まだ、一週間だよ。この人と一緒に過ごした時間は。

 なのにどうして、今まで誰にも言えなかったことを言っちゃうんだろう。

 どうして気持ちを曝しちゃうんだろう。

 止まらないの。

 でも。

 どうしよう。このままだといけない気がする。

 言っちゃいけないことを言ってしまいそうで。

 晒してはならないものを外に出してしまいそうで。

 ダメだ。

 言っちゃダメだ。

 もう出しちゃダメ。止めなくちゃ。

 自分を止めなくちゃ。

「柳……」

 なのに。なのに……!

「……下手だよね、みんな。何かを隠してること、知ってるよ。わかるよ。友達だもん……でも、それが何なのかは教えてくれないんだ。それと……関係、あるのかな? 僕……たまに、ね」

 ピリッと、頭に何かが走る感じがする。

 でも、もう自分では止められなくなっていた。

 止まらなくなっていた。

 海さんを前に、自制が利かない。

 止まらない……。

「ほんとに、たまになんだけど。……僕の、頭」

 止まらない……!

「真っ白に、なるの」

「……」

 ああ、もう……

「なんでみんな、隠すんだろう……」

 もう。もう……

「なんで……だろ。なんで……」

 僕……

「どうして……決めちゃうの?」

「柳?」

 海さんのシャツを握った手に、これでもかと言うくらいの力が入る。

 それは自然と。

 無意識で。

 僕は。

「僕っ……僕はっ……!」

 それまで誰にも出さなかった感情を、外に出す。

「いたかった……!」

 それまで蓋をしていた箱から、何かがドッと溢れ出した。

 面倒で。うざったくて。

 自分には必要なかったモノ。

 僕には要らない、むしろ捨てたかった感情。

 最後だと信じているこの人だけには、決して見せたくなかったモノ。

 けれどもう遅い。

 どうにも止まらない。

 僕の気持ちは、暴発する。

「まだっ……まだ……っ……真城にいたかった! あのお家にいたかったっ……! 結婚なんて……したくなかった!!」

 吐き出すように、叩きつけるように。

 僕は海さんにありったけのモノをぶつけた。

 海さんが嫌いと言うわけじゃない。むしろ好きだと思った。

 こんな僕をもらってくれた人だから……というのもある。

 でも。そうじゃない、そんなんじゃないんだ。

 だって真城は、楽しかったから。

 あそこにいたみんなが僕を受け入れてくれた気がしたから。

 帰ったときは、「おかえり」。寝る前は、「おやすみ」を言ってくれたから。

 その生活が、一年半も続いていたんだ。

 続けさせてくれたんだ。

 だから。

「やっと慣れてきたところだったのにっ……! やっと『ただいま』って言えるようになったのに!」

 どうして終わりは、突然来るんだろう。望んでもないのに。

 なんで僕は、首を横に振ることができないんだろう。人形じゃないのに。

 なぜ僕は、諦めることしかできないんだろう。ちゃんとお口は、あるはずなのに。

「なんで勝手に決めるの!? なんで僕に理由を言ってくれないの!? どうして……僕には『お家』がないの!?」

 やっと……家族になれると思ったのに……。

 なのに、また。

「どうしてあの時っ、僕をっ……、……っ……ぅ、あっ……!?」

 ……っ!

 な、んだ、これ?

 頭が痛い。

 僕の邪魔をするように、頭が急に痛みだした。

 同時に、込み上げてくるような吐き気もする。

 なんだよ。邪魔、するなよ。

 僕ぐらいは好きにさせてよ。僕ぐらいは自由にさせろよ!

 どうして僕は僕を縛るんだよっ……!

 どうしていつもこんな……

「い、だっ……、……っ……」

 痛い。痛いよ。

 真っ白になったり、痛くなったり。

 なんだよ、これ。自分のくせに。

 自分なのに……!

「……っ」

 ………………助けて。

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