155 / 241
そうだ。新婚旅行へ行こう
17
しおりを挟む
ロビーへ移動すると、魅色ちゃんが高級そうなソファーに座って待っていた。あ、今日はお着物だ。僕の見間違いじゃなければ、お着物にものすごく気合が入っているように見える。帯が赤いもん。燃えるようだもん。ものすごく。
魅色ちゃんは僕に気がつくと、おはようと挨拶をする。僕もおはようございます、って挨拶を返してから、深々と頭を下げた。
「魅色ちゃん。昨日はごめんなさい」
謝る僕を見て、魅色ちゃんはどう思ったのか、ため息を吐きながらも笑って許してくれた。僕の顔を上げさせると、隣へ座るように言ってくれた。
あれ? そういえば、綾瀬さんは一緒じゃないのかな? キョロキョロと辺りを見渡すと、魅色ちゃんが。
「ああ、疲れて寝てるのよ。私、一晩中怒ってたから、あの人に」
ごめんなさい! 綾瀬さん!!
「柳ちゃんが謝ることじゃないのよ。私があの赤髪男を嫌ってるだけなんだから」
ふふっと笑っているけれど、その笑みから冷気が漂っているのをヒシヒシと感じるよっ! 本当に綾瀬さん、ごめんなさいっ! それから海さんっ! 後で一緒に魅色ちゃんにごめんなさいしようねっ!
魅色ちゃんと海さんの仲が悪いのは今に始まったことじゃないけれど、今回は僕が悪いのにそれでも海さんに怒るだなんて……もっとずっと前から、こういう感じなんだろうか?
そもそも、この二人ってどんな関係なのかな?
今更ながら、僕は魅色ちゃんに尋ねてみた。
「ねえ、魅色ちゃん。前から思ってたんだけど、海さんと魅色ちゃんってどんな関係なの?」
「私とあの人?」
「うん。綾瀬さんが海さんの秘書さんだからってだけの知り合いじゃないよね? 喧嘩はするけど、なんて言うのかな……仲が良いように見えるんだ」
そう言ったら、魅色ちゃんは顔を歪ませながら寒そうに両腕を擦った。
「嫌だわ、止めて。あの人と仲が良いだなんて……向こうも聞いたらびっくりするわよ」
「でも、前から知ってるんでしょ?」
そう聞くと、魅色ちゃんは観念しましたとばかりに頷いた。
「あの人と私はね。いとこなのよ」
「えっ? いとこ?」
ってことは、魅色ちゃんと海さんって親戚同士なの? ちょっとどころでなくびっくりする僕に、魅色ちゃんが説明をしてくれた。
「そう。母方のね。私の母の姉があの人のお母様なのよ……と言っても、初めて出会ったのが今から七年くらい前かしらね。あの人、通っていた学校が厳しかったし寮生だったから、それまでは話に聞いていた程度だったのよ」
「そっか。海さん、エスカレーター式の学校に通っていたんだよね」
「そう。私も女子校で寮生だったから、長期休みで帰省している時にね、初めてあの人を紹介されたのよ」
「そうなんだ……」
うん。でも、それを聞いて納得した。兄妹みたいだなって思ったのも、二人が親戚関係だったからなんだ。きょうだいかぁ……初めの頃は、僕と海さんも兄弟みたいって言われてたっけ。あれから少しは変われたのかな?
でも、魅色ちゃんが語る当時の二人の関係は、今の二人のそれではなかったみたい。
「初めて会った時はあの人、今よりも冷たかったの。それに、何とも言えない怖さがあったわ。私も学生だったし、口に出来たのは挨拶程度で他に何も言えなかったの。常にピリピリした空気を纏っていて、親族相手には愛想笑いすら浮かべることも無い。何か話さなきゃって思うのに、あの人を前にすると声が出ないのよ。なのにちゃんと物事は動いてる。無言の圧力ってこういうことを言うのねって、あの人を通して思ったわ」
確かに海さんは、たまに怖い顔をすることがあるけれど、この魅色ちゃんがそこまで言うほどの怖さは見たことが無い。僕には優しくて、意地悪で、でもちゃんと笑ってくれる旦那さまだから。
僕は聞き返した。
「そんなに……怖かったんだ?」
「ええ、とてもね。だから私は……」
魅色ちゃんは何かを言おうとして、口を噤んだ。僕に言おうか、どうしようかと迷っているみたい。眉をハの字にして、自分の膝元を見ている。
「魅色ちゃん?」
声を掛けると、魅色ちゃんは僕の手を取って真っ直ぐに視線を合わせた。
「ねえ、柳ちゃん。変なことを聞くようだけれど、貴方……あの人のことを好きなんでしょう?」
唐突の質問に、僕はちょっとだけ固まった。すぐに好きだよって返せないことに罪悪感を抱いた。どうしてかと聞かれれば、恥ずかしいと思う感覚に似ていたから……。
今度は僕が自分の膝元に視線を落とした。
「う……うん」
カッと耳が熱くなる。海さんが好きだから、というよりは自分の顔が赤くなるのが恥ずかしいからかもしれない。手を握られているから自分の顔を隠そうにも隠せないし、僕はさらに俯いた。
それを見て魅色ちゃんはどう思ったのか。半ば呆れるような口調でこう言った。
「もう。その好きの意味もすぐにわかっちゃうくらい可愛い顔をするんですもの……これ以上、私が何を止めても無駄なのね」
なんだか、窘められているような感じがして、僕は魅色ちゃんに目線だけを上げて尋ねた。
「変、かな……?」
それに対して魅色ちゃんは、はっきりと答えた。
「同性同士っていうのを変なのかって聞かれれば、そうね。悪いけれど、私は変だって思うわ。自然の摂理に反しているもの」
そう心の中で思っていたとしても、本人を前にしてはっきりと言い切る人はそうそういないと思う。でも、魅色ちゃんは優しかった。
「だからってね。好きだって言い合っている人たちの仲を引き裂きたいとまでは思わないわ。同性同士だろうが異性相手だろうが、相思相愛なのは素敵なことだと思うわよ。心が通じ合うって理屈じゃないものね。勿論、一方的に好きだって言ってるだけなら、その応援はできないけれど。互いが互いを想い合っているということなら……親の薦める結婚を退けて勘当覚悟で結婚した私が言える道理じゃないものね」
そう。魅色ちゃんと初めて出会った場所は真城でだった。どうして真城で会ったのかという理由はそれ。勘当覚悟の駆け落ち。
最終的に折れたのは魅色ちゃんのお父さんだったらしいけど、最近みたいに綾瀬さんのことで喧嘩をしてしまうこともあるみたい。でも、魅色ちゃんは自分の結婚相手を自分で決めて、今に至るんだ。
そしてその詳細は。今まで聞かされたことがなかった。海さんと魅色ちゃんは、ただの親戚関係というわけじゃなかったらしい。
「正直に言うわ。あの人はね、私のいとこであって、元婚約者なのよ」
「え……?」
魅色ちゃんが口を噤んだ理由がわかった。
魅色ちゃんは僕に気がつくと、おはようと挨拶をする。僕もおはようございます、って挨拶を返してから、深々と頭を下げた。
「魅色ちゃん。昨日はごめんなさい」
謝る僕を見て、魅色ちゃんはどう思ったのか、ため息を吐きながらも笑って許してくれた。僕の顔を上げさせると、隣へ座るように言ってくれた。
あれ? そういえば、綾瀬さんは一緒じゃないのかな? キョロキョロと辺りを見渡すと、魅色ちゃんが。
「ああ、疲れて寝てるのよ。私、一晩中怒ってたから、あの人に」
ごめんなさい! 綾瀬さん!!
「柳ちゃんが謝ることじゃないのよ。私があの赤髪男を嫌ってるだけなんだから」
ふふっと笑っているけれど、その笑みから冷気が漂っているのをヒシヒシと感じるよっ! 本当に綾瀬さん、ごめんなさいっ! それから海さんっ! 後で一緒に魅色ちゃんにごめんなさいしようねっ!
魅色ちゃんと海さんの仲が悪いのは今に始まったことじゃないけれど、今回は僕が悪いのにそれでも海さんに怒るだなんて……もっとずっと前から、こういう感じなんだろうか?
そもそも、この二人ってどんな関係なのかな?
今更ながら、僕は魅色ちゃんに尋ねてみた。
「ねえ、魅色ちゃん。前から思ってたんだけど、海さんと魅色ちゃんってどんな関係なの?」
「私とあの人?」
「うん。綾瀬さんが海さんの秘書さんだからってだけの知り合いじゃないよね? 喧嘩はするけど、なんて言うのかな……仲が良いように見えるんだ」
そう言ったら、魅色ちゃんは顔を歪ませながら寒そうに両腕を擦った。
「嫌だわ、止めて。あの人と仲が良いだなんて……向こうも聞いたらびっくりするわよ」
「でも、前から知ってるんでしょ?」
そう聞くと、魅色ちゃんは観念しましたとばかりに頷いた。
「あの人と私はね。いとこなのよ」
「えっ? いとこ?」
ってことは、魅色ちゃんと海さんって親戚同士なの? ちょっとどころでなくびっくりする僕に、魅色ちゃんが説明をしてくれた。
「そう。母方のね。私の母の姉があの人のお母様なのよ……と言っても、初めて出会ったのが今から七年くらい前かしらね。あの人、通っていた学校が厳しかったし寮生だったから、それまでは話に聞いていた程度だったのよ」
「そっか。海さん、エスカレーター式の学校に通っていたんだよね」
「そう。私も女子校で寮生だったから、長期休みで帰省している時にね、初めてあの人を紹介されたのよ」
「そうなんだ……」
うん。でも、それを聞いて納得した。兄妹みたいだなって思ったのも、二人が親戚関係だったからなんだ。きょうだいかぁ……初めの頃は、僕と海さんも兄弟みたいって言われてたっけ。あれから少しは変われたのかな?
でも、魅色ちゃんが語る当時の二人の関係は、今の二人のそれではなかったみたい。
「初めて会った時はあの人、今よりも冷たかったの。それに、何とも言えない怖さがあったわ。私も学生だったし、口に出来たのは挨拶程度で他に何も言えなかったの。常にピリピリした空気を纏っていて、親族相手には愛想笑いすら浮かべることも無い。何か話さなきゃって思うのに、あの人を前にすると声が出ないのよ。なのにちゃんと物事は動いてる。無言の圧力ってこういうことを言うのねって、あの人を通して思ったわ」
確かに海さんは、たまに怖い顔をすることがあるけれど、この魅色ちゃんがそこまで言うほどの怖さは見たことが無い。僕には優しくて、意地悪で、でもちゃんと笑ってくれる旦那さまだから。
僕は聞き返した。
「そんなに……怖かったんだ?」
「ええ、とてもね。だから私は……」
魅色ちゃんは何かを言おうとして、口を噤んだ。僕に言おうか、どうしようかと迷っているみたい。眉をハの字にして、自分の膝元を見ている。
「魅色ちゃん?」
声を掛けると、魅色ちゃんは僕の手を取って真っ直ぐに視線を合わせた。
「ねえ、柳ちゃん。変なことを聞くようだけれど、貴方……あの人のことを好きなんでしょう?」
唐突の質問に、僕はちょっとだけ固まった。すぐに好きだよって返せないことに罪悪感を抱いた。どうしてかと聞かれれば、恥ずかしいと思う感覚に似ていたから……。
今度は僕が自分の膝元に視線を落とした。
「う……うん」
カッと耳が熱くなる。海さんが好きだから、というよりは自分の顔が赤くなるのが恥ずかしいからかもしれない。手を握られているから自分の顔を隠そうにも隠せないし、僕はさらに俯いた。
それを見て魅色ちゃんはどう思ったのか。半ば呆れるような口調でこう言った。
「もう。その好きの意味もすぐにわかっちゃうくらい可愛い顔をするんですもの……これ以上、私が何を止めても無駄なのね」
なんだか、窘められているような感じがして、僕は魅色ちゃんに目線だけを上げて尋ねた。
「変、かな……?」
それに対して魅色ちゃんは、はっきりと答えた。
「同性同士っていうのを変なのかって聞かれれば、そうね。悪いけれど、私は変だって思うわ。自然の摂理に反しているもの」
そう心の中で思っていたとしても、本人を前にしてはっきりと言い切る人はそうそういないと思う。でも、魅色ちゃんは優しかった。
「だからってね。好きだって言い合っている人たちの仲を引き裂きたいとまでは思わないわ。同性同士だろうが異性相手だろうが、相思相愛なのは素敵なことだと思うわよ。心が通じ合うって理屈じゃないものね。勿論、一方的に好きだって言ってるだけなら、その応援はできないけれど。互いが互いを想い合っているということなら……親の薦める結婚を退けて勘当覚悟で結婚した私が言える道理じゃないものね」
そう。魅色ちゃんと初めて出会った場所は真城でだった。どうして真城で会ったのかという理由はそれ。勘当覚悟の駆け落ち。
最終的に折れたのは魅色ちゃんのお父さんだったらしいけど、最近みたいに綾瀬さんのことで喧嘩をしてしまうこともあるみたい。でも、魅色ちゃんは自分の結婚相手を自分で決めて、今に至るんだ。
そしてその詳細は。今まで聞かされたことがなかった。海さんと魅色ちゃんは、ただの親戚関係というわけじゃなかったらしい。
「正直に言うわ。あの人はね、私のいとこであって、元婚約者なのよ」
「え……?」
魅色ちゃんが口を噤んだ理由がわかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
562
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる