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その命あるかぎり…誓えますか?

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 おにいさんに手を引かれるまま着いた先はイタリアンのお店だった。ここに美味しいマルゲリータがあるよっていうことで、中に入ろうとした時だった。

「紫瞠さんっ?」

 若い女の人の声が僕たちの後ろから掛けられた。誰だろうって僕が振り返ると、若くて綺麗な長髪の、でも見たことのない女の人がおにいさんを見て嬉しそうに笑っていた。

 おにいさんの知り合いかな? 僕はそう思っておにいさんを見上げると、当のおにいさんは僕と初めて出会った時と同じ冷たいお顔になっていた。

 ううん。それよりも怖い顔。ビクッと肩を竦ませると、それに気づいたおにいさんが僕を見て柔らかく微笑んだ。

 良かった。いつものおにいさんだ。ほっとすると、お姉さんが僕を見て眉を顰めた。でもそれは一瞬のことで、すぐににっこりとした笑顔を作って僕を見ながらおにいさんに尋ねた。

「あら、可愛らしい子ね。妹さんかしら? こんにちは」

「あの、弟です。こんにちは……」

 なんだろう? この感じ。ザワザワする。お姉さんの顔は笑っているけれど、この作っている感じがとても気持ち悪い。

 この人は、たぶん僕に関心がない。どころか、僕を邪魔だと思っている。そのはっきりとした感情が、お姉さんの笑顔から溢れていた。

 僕がおにいさんとの関係性を答えると、お姉さんは驚いた顔をして顔を近づけてきた。

「弟さん? まあ、なんて可愛らしい弟さんなの! 食べちゃいたいくらいね」

 派手な柄のマニキュアを塗った指が僕の頭に触れようとしたとき、それよりも大きな手がお姉さんの手を止めた。

「この子に触れるな」

「え……紫瞠さん?」

 まただ。

 おにいさん、とても怖い顔でお姉さんを見てる。お姉さんも、さっきまでの笑顔はどこへやら、強張った顔になってとても焦っている。まるで、やらかしたとばかりの。

「ごめんなさいっ……でも、あの、私っ……」

「用が無いなら放っておいて貰えますか?」

「やっ、待って! 私はまだっ、貴方のこと……!」

「しつこい」

「ひっ……!」

 一連のやり取りは、僕が間に挟めるようなものじゃなかった。おにいさんに無下にされたお姉さんは小さな悲鳴を上げて固まってしまった。

 二人の間に何があったのか知らないけれど、きっとこのお姉さんはおにいさんに話したいことがあるんだ。どんな理由かは、子供の僕でも何となくわかる。僕はその場から離れようと思った。

 ううん。本当は、これ以上怖いおにいさんを見たくなかっただけかもしれない。お姉さんも小さく震えていたけれど、おにいさんの手を握る僕の手も震えていた。

 意を決しておにいさんに声を掛けた。

「お、おにいさん……あの、僕がいない方が良ければ、離れるから……」

 握られているおにいさんの手を離そうとすると、おにいさんはそれに気付いて「そうだな」と短く答えた。

 でもおにいさんの行動は予想外のもので。

「まだ付きまとうつもりなら、それ相応の覚悟をしてくださいね」

 お姉さんにそれだけ言い放つと、おにいさんは僕を連れてお店から離れていった。それも足早に。

「え……え?」

「悪い。マルゲリータはまた別の日にしよう」

 そしてスタスタと歩いて行った先はエレベーター。僕はお姉さんへと振り替えると、青ざめた顔で立ちすくんでいる彼女があった。僕と目があったとき、一瞬だけ僕を睨んだようだったけれど……僕たちを追いかけてくることはなかった。

 エレベーターが到着し、誰もいないそこへ乗り込むとおにいさんは地下二階のボタンを押した。駐車場へ行くつもりなんだとわかって、おにいさんに確認した。

「帰るの? おにい……」

 さん、と続けるつもりが出来なかった。それは、おにいさんが僕を抱え込むようにして抱き締めたから。

 手を握られたことも驚いたけれど、ベッドで眠るとき以外でこうされたのは初めてで、もっと驚いた。

 いや、それよりも。

「おにいさんっ!? あの、ここっ、エレベーターっ……おにいさんっ」

 エレベーターの中。今は誰もいないとはいえ、扉が開けば誰かが目撃するかもしれない。いや、されても兄弟だからやましいこととかはないんだけれども、狼狽えざるをえない。

 おにいさんの腕の中であたふたと腕を動かすも、僕が蠢く度にぎゅうって強く抱き締めてくる。

 正直、苦しいってことよりも。おにいさんのこの行動を拒んでしまうことの方が駄目なんじゃないかって。僕よりも一回りも二回りも大きな身体のおにいさんが、すごく小さな子供のように見えて……

 ああ、僕が離しちゃ駄目だって。

 そう思ったら、僕の腕はおにいさんの広い背中に回ってた。まるで子供をあやすように、大丈夫だよっておにいさんの背中を撫でた。

 そうすると、おにいさんの力が弱くなっていって、もう一度僕の身体を今度は優しく抱き締めた。

 そして案の定、エレベーターの扉が開くなり、知らないおばちゃんたちの集団と鉢合わせ、黄色い悲鳴を浴びることとなったわけだけど。
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