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6章

夜のお茶会 2

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「そういえばノインくんに聞きたかったんだけど」
「うん? なに? ジンくん」
「こっちの世界って、その……同性婚とかありなの?」
 
 ギョッとしてしまった。
 フィリックスとリグを見ていてなんとなくその辺りのことはどうなのかなぁ、とリョウも気になってはいたけれど。
 
「あるよ? 重婚も普通だよ」
「「普通なの!?」」
「普通だよ。でもだいたいするのは貴族かな。お金がないとなかなかね」
「あ、そ、そうなんだ」
「なんで許されてるかって言うと、魔力と適性が揃ってある人って結構レアなんだよね。だから、なにがなんでも確保したいっていうか」
「「あ、ああ、なるほど」」
「特にジンくんは召喚魔法師学校でモテモテだったでしょ?」
「あ、うう、うん……ま、まあ……」
 
 トラウマを刺激されている顔になっている。
 察したノインが「まあ、そういう感じでね?」と括った。
 それにしても、重婚も普通とは。
 なかなかに衝撃だ。
 
「なんか貴族って血筋がどうの、とかすごくこだわるイメージだったけど」
「こだわる家は多いと思うな。たとえばミルアさんの実家って【鬼仙国シルクアース】専門の家だから、【鬼仙国シルクアース】の適性の人を集めてるんだけど、逆にいろんな世界の適性を集めている家もあるんだって。一つの世界に特化している家はその世界の専門家せんもんけ、色んな適性を持つ家は浅く広くって感じだってオリーブさんが言ってた」
「「へーーー」」
 
 なので本当は、ミルアの実家はミルアを【神林国ハルフレム】の専門家に嫁に出そうとしたらしい。
 しかし、ミルアは政略結婚が嫌で家から飛び出し、父親はそれに怒り狂ってミルアが飛び出す前に勘当した――ということにしたという。
 何度聞いても、結局は酷い話である。
 
「ミルアさんってどーーーっしても恋愛結婚したいらしいよ」
「ああ、イケメンの彼氏募集中でしたね」
「うん。優秀で優しくてイケメンなら同僚にいるのにねぇ。なんでフィリックスさんはダメなんだろうね? フィリックスさんも黒髪は好きらしいけど」
 
 と、ノインがわざとらしくフィリックスに話を振る。
 確かに、リョウから見てもフィリックスはとても優良物件と呼ばれる部類のように思う。
 不意にあの日、ベッドの中に引き摺り込まれた時のことを思い出してしまい、慌ててケーキを食べてごまかす。
 その時のお詫びなのだから、このケーキは。
 
「ノイン、おれの好みは確かに黒髪だが――まあ、わかるだろ?」
「うん」
 
 にこ、と微笑むフィリックスに、にこ、と微笑み返すノイン。
 黒髪は黒髪でも、物静かな黒髪がお好みなのだ。
 隣に座ってケーキを黙々と食べて、時々逆隣のレオスフィードの汚れた口元を紙ナプキンで拭ってあげるような――そんな清楚で口数が多くないタイプ。
 
「理想を目の前にすると納得だよね」
「うん」
「あははは……」
 
 ミルアがあまりにも対極で、笑ってしまう。
 けれど、正義感が強くて優しくてお人好し、行動的なミルアは十分かっこいい女性だ。
 いつか素敵な男性に巡り会い、幸せな結婚ができると思う。
 
「あとアイツ、事務仕事と家事が壊滅的だし料理を作らせようものならキッチンごと黒焦げにするし自信満々に計算間違えて仕事増やすし、現場では壊しちゃダメなもんまで壊すし同期じゃなかったら殺意しか残らない」
「あ、う、うん……犯人たまに半殺しにしちゃうもんね……」
「「半殺し……!?」」
「そうそう、たまに犯人に『逃げろ!』って叫んじゃう」
 
 色んな意味で大丈夫なのか、それは。
 
「そういえばスエアロはどうしているのだろうか?」
 
 ケーキを一つ食べ終えたリグが、フィリックスに話しかけた。
 もうそれだけで嬉しそうにしたフィリックスだが、スエアロの名前を聞いて一気に仕事モードの表情になる。
 
「ああ、すまない、伝え忘れていた。あの子ならパルテオの村の側の塔のところに帰っているよ。町の中にはどうしても入りたくないと言ってて……。そうだ、あの子の両親のことも伝えに行かないと」
「スエアロの両親のこと、本当に調べたのか?」
「調べたさ。約束だからね」
「…………」
 
 目を丸くして驚いているリグ。
 フィリックスがスエアロの両親のこと調べたのが、それほど意外だったのだろうか。
 思わずジンが「どこにいるんですか?」と聞いてしまう。
 するとフィリックスは首を横に振った。
 
「父親の方は北方のエレスラ帝国で奴隷として働かされて亡くなっていた。母親の方もレンブランズ連合国の内紛で徴兵され、戦死していたよ。ウォレスティー王国以外の国は流入召喚魔を“資源”として扱っているから、生存は絶望的だと思っていたけれど……」
「っ!」
「し、資源……? この国以外の国は、そんな扱いなんですか……!?」
「数が多くて保護を諦めたんだ。ウォレスティー王国はアスカと同じくアスカを支えたミセラがいたから、保護に舵を切った。この国はアスカを手に入れるために、手を取り合う形の共存を選んだんだよ。混乱で暴れ、被害者も多く出たがそれでも受け入れる道を選んだ唯一の国がウォレスティー王国だけだった。市民反発も……当時はかなりのものだったが、それでもな」
 
 フィリックスの両親は、その混乱の中で召喚魔によって命を奪われた。
 スエアロは人間により、両親を……。
 双方にとって不幸な結果になってしまった。
 それでも共に手を取って歩んでいくことを選んだのがこの国。
 二つの隣国は、討伐や捕縛を行い隷属魔法で奴隷にして強制労働させることで“区別”する道を選んだ。
 だから今も絶えずウォレスティー王国には召喚魔が流入し続けるし、保護居住区のあるユオグレイブの町には安住の地を求めて召喚魔が訪れる。
 
「スエアロに、そのまま伝えるのか?」
 
 少しだけ落ちた声色で、リグがフィリックスに問う。
 あまりにも悲しい真実。
 それをそのまま伝えるというのは、あまりにも――。
 
「伝えるよ。死因はおれも詳しくわからないけれど、それが約束だ。それに、あの子はきっと受け止める強さがある」
「……」
「それと、きみのせいじゃないから。スエアロも同じことを言うよ。きみには一切なんの関わりもない。きみが背負う必要のないものだ」
 
 数多くの悲劇をすべて背負おうとするリグのことをわかっていて、フィリックスが先に否定する。
 あまり響いてはいなさそうだが、リョウもフィリックスと同じ意見だ。
 ただ、ハロルド・エルセイドが異界と『エーデルラーム』を繋げた理由が“召喚魔と人の区別をなくした世界”のためだと聞いたあとだと、やはりレイオンの言う通りやり方が絶望的に間違っている。
 その理想だけは素晴らしいと思う。
 だがすべてが押しつけられてしまった。
 誰も同意せず、望みもしない形で無理矢理。
 だからたくさんの不幸が生まれてしまった。
 
「スエアロに話す時……僕も同行してもいいだろうか」
「ああ、ぜひ。スエアロもきっときみに会いたがってる」 
 
 スエアロはリグに助けられて、リグのことが大好きだからきっとフィリックスの言う通りリグに会いたがっている。
 あの子はもう、とうの昔に答えを出しているのだ。
 うんうん、とリョウたちも頷く。
 しかし、そうなると気になるのはこれからのこと。
 
「リグに苗字が新しく与えられる、という話は……その、いつ頃に決まるんでしょうか……?」
「うーん、今は王宮もバタバタしているようだからなぁ。ただ他国に取られる前に、大急ぎで与えるはずだ。来週か遅くとも再来週には王都へ来るよう召喚状が届くと思うぞ」
「え、それってリグさんが王都に連れて行かれるってことですか? だ、大丈夫なんですか?」
 
 ギョッとしたジン
 それに対してレイオンはニヤ、と笑う。
 
「心配なのはわかるが手回しはしてある。ミセラが王子を捜しにユオグレイブに来てくれたのは僥倖だった。おかげでミセラとアスカ、ディオナが後ろ盾になってくれたよ」
「ディオナ、さん?」
「ああ、仲間の一人だ。女騎士で、今は警騎士団のトップを務めてる」
「ま、またやべー人が出てきたなぁ」
 
 女騎士団長、と言われるとめちゃくちゃかっこいい。
 実を言えば、英雄アスカの仲間には他国の偉い人もいるのだそうだ。
 彼らが他国の手出しを極力抑えてくれる手筈になっていると言う。
 
「手を回す時間があって幸いしたが、まあ、それでも狙われているのは間違いない。目下問題は国内の貴族たち。その貴族たちが、どの王子を推すかどうかで揉めてくれたおかげでかなり目をそらすことができた。こっちはこっちで問題が広がっているようだしな」
「ぼくが、【竜公国ドラゴニクセル】の適性だったからだな」
「まあ、そうですね。しかし、実際問題レオスフィード殿下は王位に興味はあるのですか?」
「ない! ぼくはリグのような召喚魔法師になりたいんだ。異界の魔法が使える召喚魔法師になって、異界の住民が安心して住める町を作りたい!」
「ほお」
 
 おお、とリョウたちも感心してしまう。
 小さいのに具体的な目標があるらしい。
 そして、彼はそれを国境付近に作るのがいいと言う。
 先程のレイオンとフィリックスの話から、隣国から逃れてきてすぐ保護できるからとさらに具体的に提案した。
 
「レオスフィード殿下は利発でいらっしゃる」
「そんなことない。ぼくはまだまだ勉強しなきゃいけないことがたくさんある。リグと話していると、勉強を嫌がって逃げ回っていたのがみっともない。ぼくの勉強はとても遅れている……」
「……いったいどんなことをしたらあのサボり魔王子をここまで真面目に矯正できるんだ?」
「……? 普通に勉強を教えただけだが……?」
 
 なんでも、レオスフィード王子は勉強嫌いで有名で、ダロアログに誘拐された時も勉強から逃れるために屋敷から脱走したせい――だったらしい。
 そんな王子をこんな真面目で謙虚にしてしまうとは。
 リグが多才すぎてフィリックスもまた力なく笑う。
 
「そうだ、ぼく自分のことは自分でできるようになりたい。掃除や洗濯や料理も。リータ、ここでぼくも働きたい!」
「はい? 王子様が?」
「うん! リグみたいになんでもできるようになりたいんだ。お願いします!」
「あらあら……え? いいのかい?」
「まあ、本人がやりたいんなら……。明日にはレオスフィードの従者も来ると思うが……うん」
「ま、まあ、レイオンさんがそう言うのなら……じゃあ、働いてもらおうかね」
「やったー!」
 
 とんでもない王子様になったものである。
 
 
 
 
 とりあえず王都から呼び出されるまでは穏やかにここで人間らしい生活を学ばせよう、ということになり、お茶会は終わり。
 食器を洗いながら、ほう、と一息吐く。
 
「ケーキ美味しかったねぇ」
「コン!」
「ぽんぽこー」
 
 みんなは部屋に戻っている。
 フィリックスも今夜は一応護衛も兼ねて宿に泊まるそうだ。
 なんだか修学旅行みたいで少し楽しい。
 しかし、それよりもやはりケーキパーラーカブラギのケーキはどれも本当に美味しくて、夢見心地が続く。
 
「リョウ、それが終わったら大浴場の水を抜いて軽く床を流しておいてくれるかい? 掃除は明日アタシがやるから」
「はい、わかりました」
「それとケーキ! 本当に美味しかったよ。あんなの毎日食べられるようになると思うと、太りそうだけど……ふふ、年甲斐もなくウキウキしちゃうねぇ」
「喜んでいただけてよかったです。ダンジョンに行けたら、種類も増やせそうなんですけど……」
「本当かい? じゃあ明日休んで行ってみてくれる?」
「ええ? いいんですか?」
 
 実は冒険者登録もなあなあになったまま。
 今度こそ登録しに行きたいと思っていた。
 明日お休みがもらえるのなら、チャンス到来かもしれない。
 
「もちろんだよ! お菓子まで取り扱えるとなると、むさ苦しい男の冒険者じゃなく女の冒険者にも客層が広がる。売り上げが伸びれば新しく人も雇えるようになるし……民宿を再開できるかもしれないよ」
「本当ですか? 頑張ります!」
「ああ、期待してるよ!」
 
 忘れそうになるが、カーベルトは民宿だ。
 今は下宿先として使われているが、部屋は余りまくっている。
 人手が増えれば、その余っている部屋をまた貸し出せるようになるだろう。
 皿洗いが終わってから、言われた通りに大浴場のお湯の水を抜きに向かう。
 男湯と女湯。
 リョウは普段部屋のシャワーを使っているが、たまに大きなお風呂に浸かりたい時は湯を抜く前に浸からせてもらう。
 今日はシャワーの気分なので、女湯の湯はそのまま抜いた。
 
「次は男湯だね」
「コンー」
「ぽんぽこ」
 
 脱衣場を過ぎ、浴場の扉を開ける。
 そこには、なんと人がいた。
 


 ◆◇◆◇◆




ジン ▶︎
ノイン ▶︎
フィリックス ▶︎
リグ ▶︎
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