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37話
しおりを挟む熟睡した夜から、私はちょっとおかしい。
ルイの声を聞くだけで、鼓動が速くなるようになってしまった。
調理中、食器を洗う時、何気ない会話をする時——ルイが近くにいると、胸がドキドキとする。
この感覚、覚えがある。
何年ぶり?
前世から合わせて二十年ぶり、ぐらい?
そんなに久しぶりでは、私自身がこの感覚に振り回されてしまうのも無理はない。
「ティータ、夕飯はオムレツが食べたいな」
「ひゃわわわわわっ!」
「!? だ、大丈夫!?」
一週間も、こんな感じである。
重ねた食器を吹っ飛ばし、派手に床に落っことして散らばせてしまう。
ルイが拾うのを手伝ってくれるけれど、明らかに……わかりやすく、私は不審だ。
アーキさんとマチトさんにも心配され、コルトにも心配され、ルイには当然……「大丈夫?」と心配される。
ああああ、大丈夫、じゃ、ない。
こんな気持ち久しぶりすぎて、自分で自分が制御できない。
ルイはこんな私にもずっと優しいし、私、どうしたらいいの?
好き……好きって言っちゃう?
仮初の夫婦ということで、私のこの国での生活のために一緒にいるだけなのに。
ルイに迷惑になってしまわない?
いえ、他に行くところもないし、ルイがいいなら本当の夫婦に——待て待て待って、ダメよ私。
私にはリオがいるのよ?
リオを立派に育て上げ、自立した大人になるまでは自分の恋とか、そういうのは後回しにするべきじゃない?
わからない。
どうしたらいいのか、なにが正解なのか。
母親としての自分を最優先すべきだけど、それならリオに“父親”もいた方がいいのでは?
でもでも、他人の子どもを自分の子どもとして慈しむことができる人ってもはや才能って聞いたことある。
前世の世界でも再婚相手の父親が、元夫との間にできた子どもを虐待し、殺してしまうニュースは連日流れていた。
ルイがそんなことをするとは、全然思えないけど……でも、それをルイに強要するわけにもいないというか。
「ううううーーーーん」
「キッキッ」
「コルト……あ、ごめんね、ご飯よね」
「キィー」
ぺちぺち、と頬を叩かれて我に帰る。
最近、こういうことばかり考えているのよね。
畑の水やりをしてから熟れたトマトを収穫し、コルトに一つご飯としてあげるとコルトは嬉しそうにトマトを食べる。
好き嫌いがなくて助かるわ。
「…………」
そして、店に戻ろうと振り返ると、オルゴールの優しい音が店舗内から聴こえてくる。
この優しい音色は、ルイが作り、奏でているのだ。
目を閉じて、陽光と風を頬に感じつつ優しい音色を堪能する。
やっぱり、いいな。
心が穏やかになる。
オルゴール特有のゆっくりとしたテンポ。
優しいのに、時々悲しいような、儚いような気持ちにもなる。
今日のは知らない曲。
でも、好きだな。
ルイはよくアニメの曲のオルゴールを作るから、これもアニメの曲だろうか?
サビの部分がすごく切ないな。
けれど、店舗からオルゴールの音色が聴こえてくるのはいい意味ではないのよね。
この国の住人たちはオルゴールの音色がキンキンという金属音にしか聞こえなくて、嫌いらしい。
つまり、オルゴールが鳴ってるってことは、お客さんがいないってことだもの。
「戻ろうか」
「キキ!」
私にとってはお店から漏れるこの音色を、この太陽の光が燦々と降り注ぐ畑で緑と土の匂いや湖畔から吹く風に包まれて聴くの、かなり癒されるんだけどな。
お店の中だって陽光がたっぷり入る仕様で、美味しい料理に舌鼓を打ちながら曲名も知らないオルゴールを聴くの、いいと思うんだけど。
うん、私は好き。
すごく——すき。
「……ルイ……好き」
口に出すとスッキリする。
いえ、自覚は、ある。あった。
でもやっぱり直接本人に言う勇気はない。
「「…………」」
そう、言うつもりなんて、これっぽっちもなかったのよ。
でも、ちょうど勝手口からリオを抱っこしたまま顔を出したルイと思い切り目が合う。
驚いた顔をしているし、私も今なにが怒っているのかわからず固まった。
「え」
聞かれた?
私の小さな小さな、秘めおくつもりの呟きを?
本人に?
「あ、え、え? あの、あの?」
「あ、ええと……、……だ、大丈夫、なんにも聞いてない」
「っ——!」
顔を思い切り逸らされた。
けれどそのせいで見てしまう。
ルイ、耳が赤くなっている。
めちゃくちゃしっかり聞いてるじゃないのーーーーー!
はく、はくと口を閉じられなくなる。
やだ、ええ? これ、ど、どうしたらいいの?
まさかこんな形で……いやいやいや、そもそも、言うつもりもなかったのに!
あ、だ、だからルイは「聞いてない」って気を遣ってくれたのか! じゃ、なくて!
「そ、そうだ、あの、リオが……ママって言ったんだよ。ティータが『リオは言葉が遅い』って心配してたけど」
「え! ほ、ほんと!?」
生後半年程度で「まま」などの言葉が喋れるようになる、と言われていたけれど、リオは全然その気配がなくて心配していた。
慌てて駆け寄ると、リオが小さな手を伸ばす。
その手を掴むと「あーあ」と叫んだ。
「「…………」」
単語に 聞こえなくも ない。
「さっきは本当にママって言ったんだけどなぁ」
「う、ううん、いいの」
「まんまぁ」
「「喋ったぁぁぁぁ!?」」
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