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前部

par.ワイズ【中編】

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「あ……えっと、その、そう、いえば……村……おれ、一度、帰った……」
「え! 村に帰ったの!? ……母さんたち、やっぱり心配してた、よね?」
「うん、すっごく。……手紙も、出してないの?」
「その手があった!」
「…………」

 本気で驚いているワイズ。
 この様子だと、他の三人も村になんの連絡も指定なさそうだ。
 優等生で村長の娘であるユエンズさえ、手紙で連絡する事を忘れているのかもしれない。

「! 今、連絡、しておく?」
「え? でも便箋もペンも持ってないし……?」
「繋げ。縁絡鏡」

 ロックゴーレムがいなくなった場所に手を伸ばす。
 指先に魔力を集め、簡易にした魔法陣を描く。
 それが広い場所へ移動して、水面を打つ波紋のように広がる。
 白い光の後、故郷の村が映し出された。

「え!?」
「村長」
『ん? なんだこりゃ……ん!? ミクル!? ワイズ!?』
「え、えええええええ!」

 これは『縁絡鏡えんらくきょう』という一方通行の魔法。
 相手が魔法を使えない場合に使用する。
 オディプスとなら『思伝テレパス』を使う。
 これは口を開かず、頭の中の思考の一部を魔力で共有する魔法だ。
 また、相手の姿も見る事が出来し、こちらの姿を相手に見せる事も出来る。
 ワイズの無事を知らせるのには手っ取り早いと思った。

「なにこれなにこれなにこれミクルーー!」
「うぇえぇ……!?」
『ワ、ワイズ! ワイズなの!?』
「お父さんお母さん!」

 襟を掴まれガクガク揺さぶられる。
 そうこうしている間にワイズの両親が村長に呼んでこられたようだ。
 夫婦はワイズの元気な姿に涙を浮かべる。
 ワイズも、両親の姿にミクルを揺さぶるのをやめて向き直った。

「あ、あのね……わたしは元気! 今ミクルが魔法で……」
『ええ、ええ、ミクルはすごいわ! うちの村に結界を張って、モンスターが入ってこれなくしてくれたの。そう、この魔法もやっぱりミクルなのね』
「!」
『そうかそうか、元気か……リズは一緒じゃないのか?』
「う、うん、今はぐれてて」
『事情はミクルから聞いているが……ユエンズとエリンも元気か?』
「うん、村長! 二人ともいつも通りだよ」
『今どこにいるの——』

 けほ、と咳き込む。
 ワイズに揺さぶられて、一瞬上手く息が出来なかった。
 しかし、一歩下がってワイズが両親、村長と話す姿を眺めていると……不思議な感覚になる。
 なんだか、村に帰ったような……そんな気分に。

「——というわけで! わたし達はエリンのいう勇者の願いを叶える為に『魔陣の鍵』を集める事にしたの!」
「…………」

 胸を張って宣言するワイズ。
 その話を改めてまとめると、ミクルがオディプスに攫われる前にワイズたちは偽勇者に遺跡に連れて行かれた。
 その遺跡でエリンは勇者の声を聞き、その通りにしたら偽勇者の罠から抜け出し返り討ちにする事が出来た。
 なので、エリンの聞く『勇者の声』の通り『魔神の鍵』を集め、天空に現れた『暗黒城』に赴き、魔王を倒す……らしい。

(……ん?)

 ミクルはそれを聞いて首を傾げた。
 あの城は、確かに『疫病の魔王』の城だろう。
 だが、『疫病の魔王』と『魔女クリシドール』は同一人物。
 彼女自身がそう言っていた。

(? どういうこと……だろ? 混乱してきた)

『魔女クリシドール』は『魔陣の鍵』を揃えて、自分の死体を使い『疫病を治めろ』と言ったが……そういえばあの天空の『城』については特に言っていなかったように思う。
 あれが『魔女クリシドールの城』?
 彼女の住処は村の近くの塔ではないのか?
 ではあの城はなんだ?
 あそこから吹き出すエヤミモンスターたちは?

「…………」

 天空に現れた逆さまの『暗黒城』、そして……エリンの聞く『勇者の声』とは——本当に、なんだ?

(無関係、ではない。でも、噛み合わない。魔女の言葉を信じても、勇者の言葉を信じても……なんだろう、これ……変……)

 オディプスは『魔陣の鍵』を集めて『魔女クリシドール』の遺体を弔うと言っていた。
 ミクルもその考えには賛成である。
 彼女のあの悲しげな眼差しを思い返すと、もう休ませてあげたい。
 だが、ワイズたちが聞いた話……『勇者の声』は、エリンを通して聞いたそれは『魔陣の鍵』を用いて城に赴き、魔王を倒せ——。

(『魔陣の鍵』を集めた先に『魔女クリシドール』の遺体がある。……『魔女クリシドール』は『魔王』……。勇者の話も……間違いでは、ない?)

『魔陣の鍵』の示す先。
 あの、天空の城だとしたならば……。

「…………」

 行く事自体は無理ではない。
 今のミクルならば。
 だが、なぜかワイズたちを導く『勇者』に良い感情を持つ事が出来ない。
『魔女クリシドール』のあの表情、声、空気……あれを見た後では、とても。

「じゃあ、そんな感じでいっちょ世界を救ってくるから!」
『ワイズ……』
『無理するなよ!?』
『そうだぞ、無理だと思ったら逃げるんだぞ!』
「大丈夫大丈夫! ね、ミクル」
「…………」

 うん、と頷く。
 ただ『魔女クリシドール』の遺体を弔うだけだ。
 オディプスに教わった魔法で、モンスターは容易く倒せる。
 もちろん、油断は禁物だが……。
 今のところ中級魔法が必要なモンスターと遭遇した事がない。
 それに、中級魔法は洞窟の中では使えないだろう。
 もっと言えばオディプスに『手に負えないと思ったら無理せず連絡しなさい』と言われている。

「……ありがとう、ミクル」
「ん」

『縁絡鏡』を閉じる。
 笑顔のワイズは、久しぶりの両親に会えて本当に嬉しそうだった。
 ニカっ、と笑ってから、ワイズはミクルの手を掴む。

「よーし! 元気百倍だよ! 行こうミクル!」
「わ、ぅ、うん……」

 薄暗いはずの洞窟が、彼女が笑っただけで煌びやかに輝いているように感じた。
 ワイズは、昔からミクルを引っ張っていく——光のような女の子。

「……?」

 やはり彼女の側は、とても、落ち着く。
 それなのにほんの少し緊張していた。
 なぜだろう?
 首を傾げる。
 今のミクルにとってモンスターなど恐るるに足らない。
 では、この緊張感は……なんだろう、と。



「結構降ってきたね」
「ん……そろそろ二匹目の、モンスター……」
「! あれだね」

 スライムだった。
 道を降った先にある広まった場にいたのは全く動かないスライム。
 茶色くて、ぷよぷよと揺れる程度で全く微動だにしない。

「スライムか……大きいね」
「うん、でも……」

 鑑定眼でモンスターを調べる。
【土属性】、【物理耐性】、【溶解能力】……。
 手を差し出し、指先に魔力を集め、魔法陣を展開し、構成を整えていく。
『土属性』の弱点は『風属性』。
 だが、ロックゴーレムよりも巨大で軟体のスライムにはただの風魔法だけではダメだ。
 飛び散らせれば増殖する事もある。
 だから——。

(魔力変化、付与『風属性』、真空、空間固定、切り抜き、ずらす、断絶一時固定、酸素増、爆発、ダメージ倍、魔法ダメージ増、魔法使用後の解除……)

 魔法陣に詰める効果。
 マナの量、凝縮具合、範囲、初級の魔法を中級の魔法のレベルまで『強化』する。

『魔法とは道具だ。その可能性は人と同じく無限に広がる』

 オディプスが時折口にする言葉。
 初級の魔法は、誰でも使えるものだ。
 だが、では弱いのかと言われるとそうではない。
 むしろ、効果範囲が広くなり、逆にこういう場所では使いづらいだろう。

「真空の箱にて流れて出ずる欲望を消失せよ、ヴァキューム・ウォール!」

 カッ、と目を見開いたスライム。
 しかし、気付いた時にはもう遅い。
 すでに魔法は発動しており、スライムをギュオ、と吸収でもしたかのように消し飛ばした。
 空中からころん、と魔石が地面に落ちる。
 上手く強化出来たようだ。

「っ……!」

 ワイズが息を呑む。
 その魔法は——その世界に存在しない魔法。
 スライムが跡形もなく一瞬で消えた場所に落ちた魔石を、ミクルは回収する。
『観測所』の動力として使えるし、オディプスは「あまり魔力を無駄使いしたくない」と言って魔石の魔力を好んで使う。
 魔石の魔力はすでに『属性』が付けられている事がほとんどなので、それ以外の属性の魔法として使うのなら一度分解しなければならない。
 しかし、今のミクルには難しいことではなかった。
 なにしろ日々の生活の中でそれを繰り返している。
 そうしないと、生活が出来ない場所で過ごしているのだから。
 拾った魔石は空間倉庫にポイ、と入れてワイズを振り返る。

「行こう」
「う、うん……ねえ、ミクル、今のどうやったの」
「? 普通に……魔法で……」
「……魔法ってあんな事まで出来るんだ……?」
「ん……初級魔法を、強化すれば……」

 初級魔法の強化……主に使用魔力量と凝縮濃度の調整。
 これもまた、日々生活の中で加減を覚えざるを得ない。
 そう考えると、オディプスの用意した『観測所』は本当に『魔道士』の修行に向いている。

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