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ー不可視の人物ー

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「ヒロ。電話に出て!」
 数日後。忙しそうに、夕食の用意を行っている母が急かす様に、叫びながら炒め物をしていた。電話に出た僕は瞬時に声の主を理解した。粧子さんからだった。凄く不安そうで、申し訳なさそうな声だった。
「博人君。ごめんね。実はね」  
 粧子さんは恐らく、闇の部分を僕に出した事により、心を許したのだろう。信頼されているらしい。
「私を刺した被疑者を確保したって、警察から連絡があったの。これから顔を見に来て欲しいって言われたんだけど」と、同行を願われた。仕方ない、か。
 
 刑事ドラマに登場するマジックミラーを初めて見た僕は、少しだけ心が踊った。その向う側の女性に、取調べが行われていた。
「すいません。刑事さん。独りじゃ心細くって。博人君にきてもらいました」
 久しぶりに見る、スキンヘッドの優しい田所刑事だった。
「大丈夫ですよ。自分も朝井君に聞きたい事もありましたし。所で広川さん。この女性に、見覚えはありますか?」
 暫く凝視した粧子さんは、首を横に降りながら言った。
「知らない女性です」
「そうですか。やはり」
「この人誰ですか?」僕の問に田所刑事は、言葉少なめに言った。
「久光と、関係が深かった女性です」元カノか。僕がそう思った瞬時に、粧子さんの声が聞こえた。
「この人が私を? 何の為に刺したんですか?」
「それを今調べているんですが……」と、田所刑事が言ったと同時に、ミラー越しの女性が興奮状態になって叫んでいた。
 
「私は、悪い事してないわよ! あの女、捨てられたのに、しつこく晴文のマンションまで来ていたの。彼をストーカーから守る為の行為よ。どこが悪いって言うのよ!」その言葉を聞いて、取り調べた刑事が釘を刺した。
「そんな理由で人を刺すなんて。道理は通らない! それにどうやって調べた?」厳しい口調の刑事に、屈服する様子もない女性は愛しそうに、手首の石のブレスレットに触れながら、笑みを浮かべて話した。
「教えてくれた人がいたのよ。凄いのよ。その人」 
  
 その異様な笑みを見て、身が竦む思いをしたのは僕だけではない。ふっと横を見ると、粧子さんの顔に色が無くなっていた。かなり衝撃を受けたらしい。
「広川さん。だ、大丈夫ですか」僕が声かけると、粧子さんの様子を見て翻弄した、田所刑事が補足した。
「すいません。御足労かけて。ご自宅まで送らせます」その言葉に反応して、横にいた僕と同年代の若い刑事が動きだした。僕も後に続いて帰ろうとすると、田所刑事に呼び止められた。
「朝井君。少し教えてくれないかな」と。
「君は、その。どこまで分かるのかな」
「どこ、までとは?  し、つもんの意図が」
「あっ。分からないよね。実はね。腑に落ちない事があってね」
「はい」
「安西。あっ。この被疑者の名前だけれど、別離たあとに、久光と関係のあった女性達を3人とも刺したらしい。久光ではなく、女性達に矛先が向いたわけなんだが」
「じぶん、で調べたの、ですか? どう、やって」その問に田所刑事は、眉間にシワを寄せて答えた。
「久光と別れたのは去年だし、本人から聞き出すにも無理がある。最初の3人は、顔見知りだったらしいのだが。広川さんは知らないと言っていた。しかし刺された場所は、マンションの自転車置き場だ」
 田所刑事が、僕に何を聞きたいのかをその言葉で理解した。
「住人。しか、知らない、場所。ですね」
 会っていない人の特定。僕や潤子さんは。力を使えば会わなくっても人物を視る事ができるし、人物像もわかる。ただ、場所の特定は不可能だ。それを伝えると、田所刑事は少し考え込んだ。
「場所の特定は不可能か」
「もし、かして、田所さん。誰か指示した者が、いるかもしれない? と」
「察しがいいね。今壁の向こう側にいる安西を視て、何か分からないかなと」申し訳なさそうに話しながら、頭を下げる田所刑事を見ると、少しなら手伝ってもいいか。と云う感情になる。僕は深く深呼吸した後に眼をとじて尋ねた。
「田所さん。この女性の言っている、『凄い人』が分かればいいという事ですね」田所刑事は無言で頷いた。
 視線を安西に戻すと、凄い念を感じて、僕は気分が悪くなった。ミラー越しで良かったと、心底思った。取り調べが続く中、僕は意識を集中させた。壁を隔てた人物を視る事は、かなりの集中力が必要だ。守護霊ともコンタクトが取れない。被疑者、20代後半の薬剤師。安西文香に向って意識を集中する。
 即座に激しい感情が、僕の中へ入ってきた。
『愛していたのに、酷い。苦しい。嘘つき。私がこんなにも苦しいのに、どうして違う女と笑ってるの。私を思い出してよ』安西が久光のマンションや、職場まで出向いている画像が視えた。
 僕の全身を汗が流れていくのがわかる。
「朝井君。大丈夫か?」田所刑事が僕の体調を心配してくれる中、再度、安西の感情が入ってきた。
『あの人が、あの女の事を教えてくれた。許せない。あの女』続いて、男性の声が聞こえて来た。
『文香さんの思うままにしたら良いよ。彼を守る為だよ』一瞬だが、眼鏡をかけている男性が、椅子に座る安西に手を翳している姿が視えた。僕よりも年齢が上らしい。男の手首には、安西と同類の天然石ブレスレットが光っていた。もう少し精神を集中すると、男性が薄気味悪い笑みを浮かべているのを感じた。その瞬間に、田所刑事の声が聞こえた。
「朝井君! どうした!」僕は気がつくと地面に屈していた。息がかなり荒くなり、全身が汗まみれになっている。
「た、田所さん。男性が、いました。め、がね、をかけて、お、そら、く」僕が途切れ途切れに声に出すと、猛烈な頭痛が襲った。きっと、傷害を犯す程の激しい念を受けたからだろう。僕の異常な行動を見て田所刑事は、
「廊下の椅子に移動しよう」と、心底心配していてくれた。
 
 僕は廊下に出て椅子に座ると、頭痛が軽くなった。田所刑事が用意してくれたミネラルウォーターを飲んだら落ち着きを取り戻した。
「朝井君。送るよ。悪かったね」
「もう、大丈夫、です。広川さんの住んでる、場所の特定は、安西、自信が、行ったと思います。凄い、執念で」
「成程。実は久光の職場や、自宅前で、安西がいた目撃証言が多数あってね。まあ、それが今回の確保にも繋がったんだけど。でも、どうしてそこまでして」
「安西は、催眠、暗示状態。だと思います。恐らく、男性から、心理療法を、受けていた。安西と同じ、天然石の、ブレスレットも視えました」
「男性が催眠をかけて、解いていないという事か?」
「解いていない、というか。安西、自身で、解かないん、です。その人物を、崇拝している、みたいです。自身の行為が、正しいと思って、いる」
「洗脳みたいなモノかな」
「そんな、感じです。しかし、その男が、傷害教唆、したのかまでは」僕はその言葉の後に、母が1度だけ真剣な眼差しで言った言葉を思い出した。
 
『貴方の能力は、人を笑顔にし、安心させる為のもの。忘れないで』と。能力を自在に使用するのを楽しんでいた時期。僕に対して諌めの言葉だったと思う。でももし、僕と反する思いの人物が勝る力を駆使しているとしたら……。かなり危険な人物に違いない。
 かなり疲れた。無口になった僕の様子を見て、田所さんは、声をかけてくれた
「ありがとう。博人君。気をつけて、帰れる?」「大丈夫、です」と、小さな声で答えると歩き出した。田所刑事の心配そうな視線を背に受け、警察署を後にした。
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