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ー安息ー粧子ー

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「広川さん。大丈夫ですか」
「はい。ありがとうございます」
「では、失礼します。ご協力ありがとうございました」
 若い刑事さんに挨拶をし、玄関先でわかれると、急に力が抜けた。博人君には悪い事をしたかもしれない。でも、先程の狂気に満ちた、知らない女性に私は刺された。それを思い返すと、1人でに身体が震えた。怖い。
「ママどうしたの!」玄関先で座り込んでいる、私の姿を見て真奈が血相を変えた。私の事が心配だから最近は実家に帰ってくる。いつの間に大人の様な考えを持つ娘になったのだろう。つい数年前までは、本当に幼かったのに。
「ご、めんね。大丈夫だから」
「ほ、本当に?」
 ふと見ると、紙袋が置いてあるのに気が付く。
「何? これ?」 
「あっ。これ。ママが大好きなおばあちゃんのクリームコロッケ。ごめん。片付けるの忘れてた」タッパーに入っている母のクリームコロッケを見て思わず微笑んでしまう。リビングへ入ろうとしたら、真奈の様子がおかしい事に気づく「あ、りがとうね。真奈。どうかした?」私の問に真奈は、急いで答えようとした。
「そ、その。パパにね。来てもらっているの。ダメかな」その言葉で私は表情をこわばらせてしまった。
「家にいるの?」
「ううん。家には入れないからって、公園にいるって」
「そう、か」あの人らしい。そういう真面目な所は昔のままだ。
「公園で話すね。まだね、ダメなのごめんね」その言葉で真奈は口を噤んだ。
「あっ。真奈。ご飯まだだったね。お腹すいたよね」
「おばあちゃんちで食べたよ」
 そうだった。お母さんに頼んで行ったんだった。本当に助かる。
 
 家から歩いて10分程ある公園へ行く。何故だろう。足取りはそんなに重くはない。私達を裏切った人に会うのに。
「久しぶり」ベンチに存在していた、約4年振りに見る顔は、少し変化していた。
「や、せた? よね」
「ま、あ、ね」
「ま、なと連絡取ってたの?」
 私の問に対して、目前に居る人は、今までの経過を簡単に話してくれた。
 真奈の事を時々見守っていた事や、ストーカーに間違われていた事。そのお陰で博人君と会えた事も。
「そっか。そんな事が。近くに住んでるの?」その問いに目前にいた人は頷いた。
「その、し、んぱいしたら、ダメかな? 君の事。色々真奈から、聞いていて」今迄の私ならきっと拒否していたと思う。でも、今は……。
「あ、り、がとう。でも、彼女は?」
「別れたよ」その言葉に何故か涙が出た。意味など無かった。そして、目前の人の頬を思いっきり引っぱたいた。以前は出来なかった行為だったから。
「昔なら許せなかったけど、今は違う」赤くなった頬を押さえもせずに、目前の人は黙って聞いていた。そして、そっと親指で私の涙を拭いた。
「私の事は心配しないでいい。でも、真奈は貴方と連絡取り会いたいのね。それならいいよ」
「君とは? 連絡取れないの?」
「私には連絡しないで」その言葉に目前の人は俯く姿を見て続けた。
「真奈。スマホを欲しがっているから」
「そう」
「来週の月曜日。真奈。塾終わるの9時だから、それまでにスマホ用意しておくわ。送ってやって」
 蒸し暑い酷暑の夜。目前の人は、この暑さと虫と闘いながらここで待っていたのだろう。私の帰りを。そう考えると、少しだけ胸が熱くなった。
「じゃあ行くね」
「うん」
 きびすを返し家路へ向かう。温かい視線を背中に感じると、先程の警察で見た狂気に満ちた表情を少しだけ、忘れられる気がした。
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