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第四章:

森の迷宮(メイズ)にご用心⑪

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 銀の魔法陣が出現して、暗がりでぱっと輝いた。すると、

 しゅううううう……

 その光を浴びたとたん、どこかから空気が漏れるような音がして、霊導師リッチの身体から湯気だか煙だかが吹き出してきた。

 『…………!』

 『ほ~~~~~~っっ』

 息はしてないはずだけど、何かが詰まるような声を出してその場に膝をつく。幽鬼レイスは空中でくるくる回りながら悲鳴をあげて、その場にべちゃりと墜落してきた。よし、効いてる! 

 心の中でガッツポーズして、見つめることしばし。意識が戻ったのか、先に幽霊モドキの方がひょっこり起き上がった。

 「えっ、あれ!? かわいくなってる!」

 「ていうかあれ幽鬼……?」

 『たぶんもうちがうと思うよー』

 『……ほ?』

 背後から飛んでくる驚きの声に、きょとんと首をかしげる幽鬼はすっかり様変わりしていた。ぞろっと長くて薄汚れてたローブは、頭のてっぺんから足まですっぽり包むパステルカラーのキグルミに。目鼻立ちがぼやーっとしてて不気味だった顔は、ぬいぐるみみたいな真ん丸おめめ&おちょぼ口になってるし、ランタンに至ってはオレンジのカボチャ型だ。

 アンデッド系は見た目が不気味だから気味悪くて怖いのであって、それがひっくり返れば怖くない、はず! という主張をそのまんま生得魔法にしてみたんだけど、どうにかうまくいったみたいだ。よかったよかった。

 わたしがこっそり胸をなでおろしている間に、当の元・幽鬼さんは足元の水たまりを覗き込んでほっぺをぺちぺちして、『これが私……??』みたいな、今まさに魔法をかけてもらったシンデレラ的リアクションをしている。

 なんかいきなり可愛いなぁと思いつつ見ていたら、その後ろからすっときれいな手が伸びてきて抱き上げた。

 「――おお、お主ホーリィか? 随分と愛らしくなったな、似合っておるぞ」

 開口一番でそんなことを言ったのは、フェリクスさんに勝るとも劣らない凄まじい美青年だ。暗い中で浮き上がって見える白金色の長い髪、灰がかった若草色のきれいな瞳。肖像画レベルで整った顔立ちに、黒っぽいローブとかマントが不思議と似合って――いや、ちょっと待って!?

 「うそっ、まさか霊導師のひと!?」

 「うむ、如何にも。こちらもまた随分と愉快な反応をするな」

 「「「「え゛えええええ!?!」」」」

 仰天している一同にくすくす笑っている元・霊導師さん、声もさっきまでのノイズ交じりから打って変わってえらくきれいだ。低くて柔らかくてちょっと甘やかで、現代日本なら間違いなくイケボと呼ばれるヤツだろう。いやあの、確かに怖くなくなったらいいなぁとは思ってたけど! ちょっと補正が入りすぎじゃないかな、ていうか!

 ほぼ初対面のひとに失礼だとは思ったけど、がしっと片手を掴んで脈を確認する。さっきよりは断然しっかりしていて、男のひとらしい骨格になった手首からは、とくとくと元気のいい拍動が感じられた。やっぱり。

 「ど、どーいう理屈でんですか!?」

 「ああ、それか? 実はな、昔王城で働いておった頃、あまりに勤めが忙しくてろくに休めなんだ時期があってな。
 このまま過労で死んでなるものかと、魂を一時的に切り離して宿体の時を止める術を使ったのだが……修羅場を乗り切った後、うっかり戻せなくなってしまってなぁ」

 いくら万人が認める天才魔導士(注・本人談)とはいえ、百年以上も同じ地位に居座るのは迷惑だし、何より後輩たちの成長の妨げになる。それで頃合いを見計らって姿をくらましたのち、ここの遺跡で霊獣を守りつつ暇を潰していたのだとか。

 「其方の生得魔法、察するに相手の性質を広義で転換するものだな? それで魂を切り離した術が『なかったこと』になったらしい。改めて礼を言わせてくれ」

 『ほーっ♪』

 「え、えーっとその、なんか結果オーライで何よりです……」

 『ねー、おにーさん、試練はどうなの? ご主人すごいでしょ?』

 「おお、勿論合格だとも。胸を張って霊獣を迎えるがよいぞ。――最奥の間よ、いざこれに出でませい!!」

 わたしの肩から口をはさんだティノくんに、ラスボスさんが鷹揚に頷いてみせる。よく通る声で高らかに呼びかけると、地響きと共に鍾乳洞の壁が沈んで、奥へと続く道が現れた。
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