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《28》宝石の床
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予想以上に大きな音が鳴り、体を強ばらせる。
見下ろした床は滑らかな大理石。
所々がキラキラと輝いている。
ノワはギョッと目を見開いた。
公爵家はダイヤモンド鉱山を所持している。その上、公爵夫人が大の宝石好きだという噂は有名だが、本来宝石とは装飾として身に付けるものであって、床に散らばらせる代物ではないのでは。
(もはや、床が宝石庫·····)
今更ながらとんでもない家に侵入してしまった。
ノワは足音を消すために靴を脱ぐ。
計画は至ってシンプルだった。
邸の非常警報機を作動させ、さっさとこの場から去る。
逃げ道は邸の裏側へまわった門。食料の仕入れや召使い達の出入りに使われる裏門は、内側からのみ開けることが可能だった。
他人の家を知り尽くしているなんてリダルの言っていた通り変質者のようだが、これもユージーンを救う為だ。
ノワは先を急いだ。
真っ直ぐ続く廊下に身を隠せそうな所はない。
誰かに見つかれば一巻の終わりだ。
(頼むから、誰も来ませんように·····)
次の角を曲がる。
十数メートル先に、非常警報機を見つけた。
ここまでは順調だ。
あとは発動ボタンを押して、ここからトンズラするのみ。
(ええっと·····まずは逃げ道を確保しないと)
ノワは警報機のすぐ隣にあった窓へ手を伸ばした。
金具を捻り、窓を開く。
「よし·····」
〈ブォーーン、ブォーーン!〉
大きなサイレンが、一斉に城中へ響いた。
「!?」
目の前の警報機が赤く点滅している。
〈ブォーーン、ブォーーン!〉
閉まっている窓と連携していたらしい。ノワは慌てふためきながら、窓へ片足をかける。
庭へ飛び降りようとし、床に靴を置いてきたことを思い出した。
素早く手繰り寄せ、窓に向かう。
再び窓に足をかけた時、後ろに、人の気配を感じた。
「·····っ!」
視界が歪む。
強い力が、壁に身体を押さえつける。抵抗を試みるが、とても逃げられそうにはなかった。
「こんな所で何をしている?」
背後から冷たい声が問う。
ユージーンだ。
(な、なんで、こんなに早く?!)
ノワはあることを思い出す。
ヒロインがユージーンの部屋へ招待された時、ゲームのイラストはやたらキラキラと輝いていた。
(あれは、この床のせいだったんだ·····)
今更知ったところで、時すでに遅し。
「·····まあいい、いずれ自分から話したくなるだろう」
拷問官が口にするような台詞だ。
ノワの背を冷たい汗が伝った。
(や、やばい·····)
ここで捕まれば、原作のノワと同じく死亡確定だ。
ユージーンに自分の顔は見られていないはずだ。
なんとしてでも逃げなければ。身をよじると、首元に焼けるような痛みが走った。
いつの間にか、首元に剣を当てられていた。
「·····それとも、」
ノワの顔から、血の気が引く。
「今、ここで殺してやろうか」
正体を明かし本当のことを話しても、信じてはくれないだろう。
助けたかっただけなのに、こんな仕打ちあんまりだ。剣は容赦なく首元にくい込んだ。
「ジェ、ジェダイト様!」
ノワは反射的に叫んでいた。
ジェダイト──ゲーム中の、ユージーンの愛称だ。
好感度が80パーセント以上に上がった頃、彼はヒロインに願った。
"君だけは、そう呼んでくれないか"
なぜジェダイトと呼ばせたがったのかは、ゲームを最後までクリアしていないノワには分からない。
が、こうなればやけくそだ。
藁にもすがる思いで、ノワはそれを口にした。
「··········なぜ、その名を?」
返ってきたのは空気が凍てつくような声音だった。
効果は裏目に出たようだ。
(し、死んだ·····)
さようなら現世、夢のような時間をありがとう。
誰にともなく心の中で呟いたとき、背に重みを感じた。
「…っえ?」
後ろの人物が、ノワの背にのしかかる。
一瞬、状況を忘れ胸を高鳴らせ──強い力に腕を引かれた。
「───リダル?!」
窓から飛び込んできたリダルは、荒々しくノワを抱きあげた。
まるで物を持つようなそれだ。
彼の肩越しに、床へ倒れているユージーンを見つけた。
「は、ちょ、待っ·····」
「待つわけねぇだろ、阿呆」
リダルが窓をとびこえる。
視界いっぱいに星空が広がった。
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