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《27》共犯者
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派手な落下音を想像し手のひらで視界を塞ぐ。
しかし待てども、そよぐ風の音以外は聞こえない。
恐る恐る塀の下を見下ろす。
赤い瞳がノワを見上げていた。
冷たい月光を浴び、彼は不敵に笑う。
ノワは息を飲み込んだ。
「な、なんで·····」
「勘違いしてたぜ」
美しい男は、歌うように言葉を続ける。
「今日の狙いはラージェイトだったなんてな」
「!」
あまりにも下品な冗談だ。
ノワは言葉をなくした。
「お前のビッチ行動には感服するぜ」
「だから、違うって·····!」
へぇ~、と愉快そうに呟くリダル。
強い風が吹く。
ノワは慌てて塀にしがみついた。
リダルはこっちの情けない様子を見て楽しんでいるようだ。こんな最低男に見蕩れていたなんて、何かの間違いだと思いたい。
「僕はホモでもなければ、ビッチでも──!」
「来いよ」
「は?」
「抱きとめてやるから」
「··········は?」
ノワは表情筋の限界まで顔を歪めた。
相手は相変わらず嫌な笑みを浮かべている。
今度はどんな悪ふざけだろうか。
「い、いい。1人で降りる」
弱く首を振ると、リダルは長い腕を広げてみせた。
「遠慮すんなって」
かわいた笑い声と共に、悪魔は言葉を紡ぐ。
「俺達、今から"共犯者"だろ?」
友達から昇格したらしい。
全く嬉しくない。
「お前の手を借りるくらいなら、警備に捕まるほうがマシ!」
「そうかよ」
相手はくいと片眉を上げる。
そして、彼は次の瞬間大きく息を吸い込んだ。
(こいつ·····!)
叫ぶつもりだ。
「ま、待った!」
ノワは慌てて引き止めた。
「わ、分かった!分かったから·····」
リダルは溜め込んだ空気をあっさり吐き出す。
彼の前では、世界中の悪役令息も裸足で逃げ出すだろう。
満足気な笑顔が堪らなく憎たらしい。
「絶対、受け止めろよ!」
「受け止めてくださいだろ?」
「う、受け止めてください·····」
「ハハ」
ノワの苛立ちと恐怖は頂点に達していた。
「うぅ·····」
おずおずと足を伸ばす。
予想以上に怖い。けれど、何よりこの男の前では、これ以上情けない姿を見せたくはない。
「ほら」
自身の胸を拳で叩いたリダルが、再びぱっと腕を広げる。
不気味なクラスメイトが、今は何故か、とても心強く見える。
何もかもがありえない。
「ぜ、絶対絶対、受け止めてよ」
からかわれたり、脅されたり、気まぐれに助けられたり。
まるで玩具のように振り回されて、悔しくて仕方がない。
「早く来いよ」
彼の声を合図に、ノワは覚悟を決めた。
「·····っ!」
身体が宙に投げ出される。
ノワは強く瞼を閉じた。
──────────────────
恐る恐る目を開く。
微かに、石鹸の香りがした。
「あ…」
リダルはノワをしっかりと抱きとめていた。
細められた目元にドキリとする。
ノワは慌てて彼の胸を押した。
「早く降ろしてよ」
自分でも酷い態度だと思うが、咄嗟に手が出てしまった。
そうでもしなければ、何もかもを見透かすような瞳に、見蕩れていたことがバレてしまうような気がした。
「·····」
──こいつも、"今までの奴ら"と同じだ。
一方リダルは、予想以上に軽い温もりを手に感じながら、つま先で地面をけった。
「良い事教えてやろうか?」
「…?」
形の良い唇が動く。
何を言い出すのだろう。リダルを見上げる。
彼は不思議なものを見るようにこちらを見下ろしていた。
そして、すぐにまた嫌な感じの笑みを浮かべる。
「フィアンは、お前の思ってるようなやつじゃないぜ」
「?」
大きな手が肩から背中を滑る。
ノワは小さく震え上がった。
「どういう·····」
聞きかけ、口を噤む。
この男が、フィアンの何を知っているというのだろうか。
少なくともゲームのプレイヤーだった自分の方がフィアンのことを分かっているはずだ。
(それ以前に、リダルの言葉なんて信用出来ない)
聞いたって無駄だ。
リダルが腕の中からノワを降ろす。
「·····手伝ってくれてありがとう」
ノワは素っ気なく礼を言い、リダルに背を向けた。
逃げ道は確保してある。
あとは、計画通り遂行するのみ。
暫く先を進み、そっと後ろを振り返る。
リダルは着いて来てはいなかった。
ほっとしながら庭を進む。
開け放たれた窓から、屋敷の中へ入り込む。着地とともに足音が高く響いた。
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