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《49》絵になる男女
しおりを挟むきゃあ、と、女たちの悲鳴が上がる。
ノワはそっと瞼を開いた。
目の前で、見慣れたアイボリー色の髪から、水滴が滴った。
「キ·····」
「キース様!」
ノワの声を甲高い声が遮る。
「私、なんてことを·····!」
震え声で叫んだマルコリーネの目元は赤らんでいた。
紅の口元はぷるぷると痙攣している。
「そちらのご令嬢が、キース様のありもしない悪評を公言してらしたの·····」
(!?)
彼女がこちらをゆびさす。
出鱈目だ。
他の令嬢達はノワへ蔑みの視線をやり、ヒソヒソと耳打ちしあっている。
「私、聞くに耐えなくて·····声を掛けたら、彼女、このパーティーには皇太子殿下に近づく為だけに参加したのだと仰って·····!」
ノワは空いた口がふさがらなかった。
「キース様は彼女に騙されていますわ!」
マルコリーネがキースへ近づく。
熱の篭った視線は彼を一心に見つめていた。
細い手が胸元へと伸ばされる。
瞳を濡らしたスレンダーな美女とキース。なんだかここだけひどく絵になる。
呆然と、映画を見ているような気分だった。
マルコリーネの手は、遮るようにキースの手に包まれた。
「·····メシャール侯爵令嬢に、ご挨拶申し上げます」
キースは彼女の手の甲へ触れるだけのキスを落とした。
マルコリーネを取り巻いていた数人からは、うっとりとした溜め息がもれた。
「そんなことよりも私のせいで·····今すぐにでも、どうぞ私の邸宅にいらっしゃってください、お詫びを·····」
早口に捲したてるマルコリーネの視線は、すっかりキースの顔面に釘付けだ。
「気持ちだけ受け取ります。馬車を待たせているので」
キースは彼女の誘いを一刀両断した。
ぽかんとするマルコリーネに背を向け、彼はノワに手を差し出す。
「行こう」
耳打ちした彼に頷いて、ノワは彼の後に続いた。
「お──お待ちください、キース様!」
その場にヒステリックな声が響く。
ノワを睨みつけたマルコリーネが、肩を上下させていた。
「ご存知ないようですが、キース様がいながら、彼女は皇太子殿下とも逢い引きしてらしてよ?!」
この目で見たんですと言い切る彼女。
ノワは内心「げ」と呟いた。
一緒に来場した男性以外と踊ることは、マナー違反ではない。
が、自分は今「キースの想い人」としてこの場にいるのだ。
彼の面子に泥を塗ることになる。
ノワが口を開くより早く、隣からため息が聞こえた。
「私の片思いのようですね」
切なげな瞳がノワを見下ろす。
硬い腕が腰を引き寄せた。
「それでも私は、貴女を諦められない」
「は·····」
ノワは今度こそ言葉を失った。
大切なものを見つめるような瞳。これが演技なのだから、恐ろしい男だ。
周りの令嬢たちは、芝居も忘れ羨まし気にノワを眺めている。
キースはノワの腰へ手を回したまま歩き出した。
「大丈夫だったかい?」
触れられた部位がくすぐったい。
離してと言おうとして、未だ彼女たちがこちらを眺めていることに気づいた。
「キース、あの·····」
役目を放棄し、揉め事を起こし、仕舞いには彼にシャンパンを被せた。
恩を着せるどころか飛んだ恥をかかせてしまったのだ。
二人は無言のまま伯爵家の馬車に乗り込んだ。
向かいに座ったキースの表情をうかがう。
水も滴るなんとやら。シャンパンに濡れたキースはそれさえ様になっている。
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
プライドの高い彼だ。
こんな屈辱を受けて、黙っているはずがない。
恨みを買ってしまった可能性がある。
本末転倒も良いところだ。
「嫌な思いをさせたね」
耳に届いたのは普段と変わらぬ声だった。
「えっ····ううん、僕は·····」
大丈夫、と呟き、もじもじと指を動かす。
怒ってはいないようだ。
「·····っそ、れにしても、キースって女の人にモテるんだね、あの人、怖かったけど凄く美人だし·····」
気まずさから話題を振る。
が、空気は重苦しい一方だ。
いつもは冗談ばかり言う彼の口は閉ざされたまま。
黙っていれば、話しかけるのも躊躇うほどの美青年だ。
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