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〖49〗奇妙な品物
しおりを挟む口を尖らせると、彼は困ったなと呟いた。
長い指がシオンの顎を持ち上げる。
「今のお前は女だ」
「!」
綺麗な瞳に躊躇ったのが悔しくて、シオンは大きく首を横に振る。
「部屋の中なんだから、女の人のフリする必要なんて·····」
離れようとしたシオンの腰を、力強い腕が引き寄せた。
「嫌だ」
伸ばした手は掴まれ、リヒトの胸の中にすっぽりと収まってしまう。
「どうしても脱ぐというなら、別の方法でお前を女にしてやろう」
耳元に低い声が囁かれる。
シオンは驚いてリヒトを見上げた。
「どちらの方が"窮屈"だろうな?」
薄い唇が三日月のような弧を描く。
金の瞳は、完全にこちらを弄んでいるようだった。
「さて、脱ぐのか?」
頬が熱い。シオンは下唇を噛み、弱く首を振った。
「いい子だ」
優しく髪を撫でる手は、幼い子供にするそれと同じだった。
リヒトはいつもそうだ。
しかし近すぎる距離は、かえって彼の本心をわからなくさせる。
「1時間後には戻るから、そのままいい子にしてるように」
リヒトが言い残し、部屋を出てゆく。
シオンはしばらく呆然としてから、ムッと眉をひそめた。
こんな所で待つだけでは、本当にただのお荷物と変わらない。
女の格好をしていたって中身は男だ。守られるようにこの部屋の中にいる必要もない。
窓の外から、のどかな町の音が聞こえてくる。
リヒトが戻るまでに帰ればいい。シオンは部屋を飛び出した。
正午の町は程よい賑わいに満ちていた。
「みて、綺麗なお姉さん!」
高い子供の声に振り返る。
こちらを指さした少女が、キラキラとした視線でシオンを見つめている。
もしかしなくても「綺麗なお姉さん」とは自分のことだろうか。
隣にいた母親らしき人物が、娘の手を掴み、何度か礼をする。
レンガの家が並ぶ道を通り過ぎ、大きな広場へ出る。噴水を境に、街の雰囲気はガラリと変わった。
賑わう商店街が続いていた。
商人たちが品物を売り、軽装の人々が道を縫うように進んでゆく。
人の流れに従い、街を進む。
カンカンカン、と、甲高い鐘の音が響く。シオンは音のした方に視線をやった。
テントの中に、たくさんの人が密集していた。
「ここでしか見られない奇妙な品物だよ!」
「奇妙な品物·····?」
よくある商売文句だ。
シオンは、薄暗いテントの中へ進んだ。
中は喧騒と熱気に満ちていた。
揉まれるようにしながら奥へと進んでゆく。
紹介されていたのは、船の模型だった。
「ここ一番の目玉品!!宙に浮く海賊船───」
わあわあと歓声が高まる。
模型は確かに舞台から浮いているが、これにはカラクリがある。
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