「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド

柴田はつみ

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第3章 罠と濡れ衣

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 侯爵邸の舞踏会が終わり、客たちが次々と帰路につく中、私は庭園の脇に立っていた。
 冬の夜気は冷たく、吐く息が白く広がる。
 屋敷の灯りから少し離れたこの場所は、静かで、遠くから音楽だけが微かに聞こえていた。

 アランは来賓との最後の挨拶に回っており、私は一人。
 レオニードは私を探しているのか、さっきから視界に入っては消えていた。

「まあ、こんなところに」
 背後から甘い声がした。振り返ると、マリアベルが立っていた。
 深緑のドレスに、首元まで覆う白い毛皮。
 その笑みは、まるで私のことを心配しているように見せかけている。

「公爵夫人、少しお話ししたくて」
「……何かしら」
「実は、アラン様について、耳に入れておくべきことがあるのです」

 彼女の言葉は、ゆっくりと、慎重に私の心の中に滑り込んでくる。
 クラリッサとアランの距離、二人がしばしば密会しているという噂。
 ――噂だと頭ではわかっている。それでも、胸は冷たい痛みで満たされていく。

「信じられない? でしたら、少しこちらへ」
 マリアベルが庭園の奥へと私を促す。
 疑念と警戒心がせめぎ合い、足は重い。
 けれど、彼女の言葉に動かされ、一歩踏み出してしまった。

 

 庭園の奥の東屋。
 マリアベルは「ここで少し待って」と言い残し、その場を離れた。
 冷たい風に肩をすくめたその時、背後から足音が近づいてくる。

「……エリシア?」
 振り返ると、そこには若い男性の姿――侯爵家の遠縁にあたる青年だった。
 酒に酔っているのか、足元がおぼつかない。
「こんな所で会えるとは……今夜は随分と綺麗だ」
 ふらりと近づき、私の手を取ろうとする。

「やめてください」
 拒もうとした瞬間、青年が私の肩を引き寄せ――

「……何をしている」
 低く抑えた声が闇を裂いた。
 アランだった。
 その瞳は怒りで冷たく光り、青年を睨みつける。

「誤解です! 私はただ――」
 必死に弁解しようとする私の声を遮るように、彼は青年の腕を掴んだ。
「二度と妻に近づくな」
 短く言い捨て、私の手を強く引く。

 

 侯爵邸の廊下。
 誰もいない場所まで来ると、アランは私を振り返った。
「……なぜ、あんな場所にいた」
「マリアベルに呼ばれて……」
「マリアベル?」
 その名を聞いた瞬間、彼の目が細くなる。
「どうしてそんな誘いに乗った」

 問い詰める声が、胸に突き刺さる。
「だって……クラリッサ夫人との噂のことを……」
「……くだらない」
 吐き捨てるように言い、彼は私から視線を逸らした。
 それはまるで、私の言葉そのものを拒絶する仕草だった。

 

 そこへ、レオニードが現れた。
「……何事だ」
「義妹が他の男と人目を忍んで会っていた」
「誤解だ。俺が保証する」
 レオニードは私の肩を庇うように手を置き、アランを睨み返す。

「彼女を疑う前に、自分の行動を省みろ。……クラリッサ夫人とのことを、どう説明する?」
 空気がさらに張り詰めた。
 アランの拳が震え、レオニードの瞳が挑発的に光る。
 私の存在など忘れたかのように、二人は視線をぶつけ合う。

 この瞬間、私は確信した。
 この二人の争いは、嫉妬だけではなく――私を奪い合う戦いへと変わり始めているのだ、と。
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