「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド

柴田はつみ

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第6章 嫉妬の逆転

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 湖畔から戻った翌朝、屋敷の空気はいつも以上に張り詰めていた。
 アランは食堂に姿を見せず、私は一人で朝食を取った。
 レオニードも出かけているようで、屋敷は妙に静かだった。

(……昨日のこと、どう思っているのかしら)

 彼の冷たい視線と、レオニードに向けた苛烈な声が、耳から離れない。
 あの怒りは、嫉妬なのか、それとも――。

 

 午後、使用人が「旦那様がお呼びです」と告げた。
 案内されたのは執務室。
 扉を開けると、アランは机に背を向け、窓辺に立っていた。
 銀糸の髪が夕陽を受け、淡く輝いている。

「……昨日のことだが」
 低い声に、心臓が跳ねた。
「義兄上と、ずいぶん親しげだったな」
「誤解です」
「そうか?」
 彼は振り返り、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 その瞳は氷のように冷たくも、奥底で燃える炎が見えた。

「……君は俺の妻だ。他の男に触れさせるな」
「二年だけの、でしょう?」
 皮肉を込めたつもりだったが、次の瞬間、手首を掴まれ、強く引き寄せられた。

「二年だけ――そんなつもりはなかった」
 耳元で囁かれ、息が詰まる。
 彼の腕が背に回され、逃げられないほど近づけられる。
 胸板越しに伝わる鼓動が、私のそれを乱す。

「君が義兄上と笑い合う姿を見て……初めて、自分がどれほど君を欲しているか思い知った」
「……っ」
 言葉が出ない。
 アランの瞳は真剣で、これまでの距離を嘘のように埋めようとしていた。

 唇が触れそうになった、その時――。

「エリシア」
 扉の向こうからレオニードの声がした。
 アランは一瞬だけ動きを止めたが、腕の力は緩めなかった。
「入るな」
 低い声が執務室に響き、空気がさらに張り詰める。

 

 レオニードは扉の前で立ち止まったまま、短く言い放った。
「……彼女を泣かせるな。それができないなら、今すぐ手を離せ」
「泣かせる気などない。……俺は、彼女を離さない」

 二人の言葉は互いに譲らず、私の心は激しく揺れていた。
 その夜、アランは執務室から私を離さず、まるで何かを確かめるように視線を絡め続けた。

(……この人は、本当に私を愛しているの? それとも、ただ奪われたくないだけ……?)

 答えはまだ、闇の中にあった。



 アランの腕は驚くほど熱かった。
 けれど、その熱は優しさではなく、独占の証のように感じられる。
 息が詰まる距離で見上げると、彼の瞳が深く揺れていた。

「……義兄上に触れられて、何も感じなかったのか?」
「そんなこと……」
 言いかけた瞬間、彼の指が私の顎をすくい、視線を絡め取る。

「答えろ、エリシア」
 低く震える声に、鼓動が速まる。
「……何も、ありません」
 そう告げても、彼の表情は緩まなかった。

「俺は、君を二度と誰にも渡さない」
 その言葉と同時に、腕の力が増し、背が壁に押し付けられる。
 逃げ場はない。
 彼の影が私を覆い、吐息が頬をかすめた。

 唇が触れる直前――。

「エリシア!」
 再び扉の向こうからレオニードの声。
 アランは唇を止め、目だけで扉を睨む。

「……義兄上。お前は彼女を守っているつもりかもしれないが、それは俺の役目だ」
「役目? 彼女を泣かせる役目か?」
「泣かせた覚えはない。……だが、嫉妬はした」

 その告白に、胸が揺れた。
 アランは私から視線を逸らさず、扉越しにレオニードへ言葉を投げつける。

「お前には悪いが、俺は二年の契約などどうでもいい。……彼女は一生、俺の妻だ」

 

 扉の向こうで、短い沈黙。
 やがて、レオニードの低い声が響く。
「……その言葉を信じられる日が来ればいいな」
 足音が遠ざかっていく。

 執務室に残ったのは、私とアランだけ。
 彼は私を抱き締めたまま、耳元で囁いた。
「……君が信じるまで、何度でも言う。俺は君を離さない」

 その声は真剣で、熱を帯びていた。
 けれど私の胸にはまだ、クラリッサ夫人の影と、マリアベルの言葉が残っている。

(……信じたい。でも……)

 揺れる心を抱えたまま、その夜は更けていった。
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