「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド

柴田はつみ

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第7章 誤解とすれ違い

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 あの日、アランに抱き締められた熱は、まだ胸の奥に残っていた。
 けれど、それは温もりと同時に、重たい鎖のようでもあった。
 信じたい――そう思う一方で、クラリッサ夫人の姿が心を曇らせる。

 そんな折、侯爵家で開かれる慈善茶会への招待状が届いた。
 主催者の名を見て、心臓がひときわ大きく跳ねる。
 ――クラリッサ夫人。

 欠席したいと一瞬思ったが、アランは「夫人として出席すべきだ」と譲らなかった。

 

 茶会の会場は、淡い薔薇色の壁紙とレースのカーテンに包まれた優雅な広間。
 円卓には紅茶と菓子が並び、香り高い茶葉の匂いが漂う。
 私は挨拶を済ませると、クラリッサの姿を探した。
 彼女は中央の席で、華やかな笑みを振りまいている。

「まあ、エリシア様。お会いできて光栄ですわ」
 にこやかに立ち上がり、手を取ってくる。
 その仕草には敵意の欠片もない――少なくとも、外からはそう見える。

「旦那様もきっとすぐいらっしゃいますわ。……ああ、先日のお話の続きを」
 耳元で囁く声が、冷たく背筋をなぞる。

 

 午後、会場の人混みから少し離れた廊下を歩いていると、奥の小部屋から聞き慣れた声が聞こえた。
「……それは本当か?」
 アランの声だ。
 続いて、クラリッサの艶のある声が重なる。
「ええ。彼女は義兄上と親しくしておられますわ。……私、偶然見てしまったの」

 心臓が跳ね、足が止まる。
 足元の絨毯が沈む感覚も遠く、ただその会話だけが鮮明に響く。

「君は……本気でそう思っているのか」
「ええ。……でも、まだ間に合いますわ。あなたが本当に望む相手は、彼女ではないはず」

 その瞬間、扉が開き、クラリッサがこちらを振り向いた。
 表情には驚きも動揺もない。ただ微笑み、優雅に一礼する。
「まあ……エリシア様」

 アランもこちらを見たが、その瞳には確かな迷いが宿っていた。
 私は何も言わず、踵を返す。
 背後でアランが呼ぶ声がしたが、足は止まらなかった。

 

 屋敷に戻ると、レオニードが待っていた。
「顔色が悪い。……何があった」
 言葉を選ぼうとしたが、喉が詰まる。
 レオニードは何も言わず、ただ私を抱き寄せた。

「大丈夫だ。俺がいる」
 その温もりに、張り詰めていた感情がほどけていく――と、その瞬間。

「……また義兄上か」
 低く抑えた声が、玄関口から響いた。
 アランが立っていた。
 その瞳には、明らかな疑念と怒りが混ざっている。

「……誤解です」
 そう言っても、彼は一歩も引かなかった。
「どちらの誤解だ? 俺のか、それとも……俺が見た光景のほうか」

 その言葉は、私の心を鋭く切り裂いた。



 アランの声は静かだった。
 けれど、その奥に潜む冷たい刃が、私の胸を切り裂く。

「……君は、本当に義兄上と何もないと言えるのか」
「ええ」
 迷わず答えたつもりだった。
 しかし、アランの眉間の皺は深まるばかりだ。

「俺は、クラリッサ夫人から直接聞いた。……君と義兄上が密会していた、と」
「それは……罠です。信じてください」
「君は以前も、庭園で義兄上と二人きりだったな」
 淡々とした口調なのに、その言葉の一つ一つが胸に突き刺さる。

「私だって……あなたとクラリッサ夫人の噂を聞いたことがあります」
「……それとこれとは別だ」
「同じです!」
 声が上ずった。
 アランが一瞬だけ目を見開き、それから低く息を吐く。

「……分かった。しばらく距離を置こう」

 その言葉は、予想以上に重く響いた。
 距離を置く――それは契約の終わりを早める宣告のように感じられた。

 

 重い沈黙の中、レオニードが廊下の奥から現れた。
「……何を話していた」
 彼の視線が鋭くアランを射抜く。
 アランは短く答えた。
「俺たちの問題だ」
「彼女を責める権利はない」
「夫として当然のことをしているまでだ」
「その“当然”が、彼女を傷つけている」

 二人の間に緊張が走り、空気がひりつく。
 私はその場から逃げ出したい衝動に駆られたが、足は動かなかった。

 

 部屋に戻ると、窓の外はもう夕暮れだった。
 橙色の光がカーテンを透かし、床に影を落としている。
 鏡に映る自分の顔は、ひどく疲れ切って見えた。

(……このまま、二年が終わったら)
 胸の奥で、誰にも聞こえない声が囁く。
 ――それでも、悲しむのは自分だけ。
 その覚悟を固めるように、指先でドレスの布を強く握りしめた。
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