転生王妃はもう二度と愛さない ―処刑の夜に誓った復讐―

柴田はつみ

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第四章 義妹の微笑と、静かに芽吹く綻び

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 その日の午後、屋敷の庭には、春の陽光がやわらかく降り注いでいた。
 白薔薇の蕾はまだ固いまま、風に揺れて淡い影を芝生の上に落としている。

 キャロルは石畳の小道を歩きながら、心を落ち着かせようとしていた。

(……大丈夫。私は揺らがない)

 胸の奥に、静かに言い聞かせる。

 クリスの瞳に宿っていた、あの痛切な光。
 距離を縮めようとして、けれど触れることをためらった指先。

 あの光景が、ふとした拍子に脳裏へ蘇るたび、胸の奥で何かが軋む。

(思い出しては駄目。
 あの人を見つめては駄目)

 誓いの言葉を、心の内で繰り返す。

 その時――

「お姉さま!」

 弾むような声が、庭へ飛び込んできた。

 振り返ると、小走りに駆けてくる少女の姿。
 肩までの栗色の髪に、淡いピンクのリボン。
 大きな翡翠の瞳が、光を弾くようにきらめいている。

 義妹――リネア。

 キャロルの胸に、わずかな微笑が浮かぶ。

「リネア。外は肌寒いわ、薄着では風邪をひいてしまうわよ」

「えへへ、大丈夫です。だって、お姉さまに会いたくて、急いでしまったんですもの」

 少女は愛らしく笑い、キャロルの腕へ遠慮なく抱きついてくる。

 その温もりは小さく、軽く、守るべき存在の象徴のようだった。

 ――過去の記憶を、知る前までは。

「殿下に、お会いになられたのでしょう? どうでしたか?」

 リネアは顔を上げ、期待に満ちた瞳で尋ねる。

 キャロルは一瞬、言葉を選んだ。

「……礼儀正しく、立派な方よ」

「まぁ、素敵……!」

 リネアは胸に手を当て、夢見る少女の顔をした。

「お姉さまのような方が未来の王妃になるだなんて……きっと、国も幸せになりますね」

 その言葉は美しく、善意に満ちている。

 ――だからこそ。

 胸の奥に、かすかな違和感が落ちた。

 それは、痛みではない。
 音さえしないほど小さく、しかし確かな 違和感の種。

(今の……何?)

 問いが喉元まで上るが、飲み込む。

 リネアは続ける。

「でも……私、自分のことを考えると、少しだけ、寂しくなるんです」

「寂しい……?」

「だって――」

 少女は、寂しげに微笑んだ。

「お姉さまは、殿下と出会って、遠くへ行ってしまうのでしょう?
 私だけ、置いていかれてしまう気がして……」

 キャロルの胸がきゅうっと締めつけられる。

 優しい言葉。
 涙を堪える少女。
 「捨てないで」と願う幼い心。

 ――あの日、彼女を抱きしめた記憶と重なる。

「大丈夫よ、リネア。あなたを置いていったりしないわ」

 キャロルは思わず、その髪を撫でた。

 リネアは、うつむいたまま微笑む。

「……嬉しいです。
 でも――」

 そこで一拍、言葉を区切る。

「お姉さまが、殿下に夢中になりすぎてしまわれたら……
 私の声なんて、もう届かなくなってしまいますよね?」

 柔らかい声。

 綿菓子みたいに甘くて、やさしい。

 なのに。

 キャロルの背筋を、冷たいものがすっと走った。

(……今のは)

 それは、ただの寂しさなのか。
 それとも――

 **「姉の心を縛るための、やさしい糸」**なのか。

「私は、お姉さまを誰にも奪われたくありませんの」

 リネアは顔を上げ、笑った。

 微笑は完璧だった。
 花のようで、疑う余地など、どこにもない。

 それでも。

(胸が少し、痛い)

 キャロルは自覚してしまった。

 それは愛情でも嫉妬でもなく――

 「何かが歪んでいる」という直感。

 遠い未来の断頭台の光景が、一瞬、脳裏をよぎる。

 王の宣告。
 リネアの微笑。
 群衆のざわめき。

(同じ過去へ――戻ってはいけない)

 キャロルは静かに息を吸い込み、微笑を返した。

「大丈夫よ、リネア。私は、私のままよ」

「……本当、ですか?」

「ええ」

 その瞬間。

 少女の瞳に、一瞬だけ
 読み取れない色が、影のように差した。

 すぐに消えた。

 可憐さと無垢さだけを残して。

「なら、よかったです。
 私は、いつまでもお姉さまの味方ですから」

 風が、庭の薔薇を揺らす。

 柔らかな陽光の下――

 見えるはずのない綻びが、確かに 小さく芽吹いた。

 それに気づいたのは、まだ誰でもなかった。

 ただ一人、胸の奥に微かな痛みを覚えたキャロルを、除いて。



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