転生王妃はもう二度と愛さない ―処刑の夜に誓った復讐―

柴田はつみ

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第十一章 義妹の微笑と、贈り物の毒

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 夜会の翌朝。
 王宮の回廊は、昨夜の熱気が嘘のように澄み切っていた。

 けれど澄んだ空気の中に、確かに混ざる。
 人の舌が運ぶ、甘い毒。

 キャロルは窓辺に立ち、白い息を吐いた。
 朝の光が、薄いレースのカーテンを透かして頬に落ちる。冷たいはずなのに、肌がじりじりと熱を帯びている気がした。

(昨夜の宣言は――“祝福”だけでは終わらない)

 拍手の音。
 羨望の視線。
 そして、針のような沈黙。

 あの沈黙が、今日から噂という形を持ち、王宮を這い回る。

 コンコン、と控えめなノック。

「キャロル様。リネア様がお越しです」

 胸の奥が、わずかに冷えた。

「……通して」

 扉が開く。

 栗色の髪を淡く結い、翡翠の瞳を輝かせた少女が、花の香りを連れて入ってきた。

「お姉さま!」

 リネアは駆け寄り、両手をきゅっと握りしめて見上げる。
 その顔は、昨夜の夜会が夢だったかのような無邪気さに満ちていた。

「おはようございます。……昨夜は、素晴らしかったですね」

 微笑み。
 祝福の言葉。

 けれど、キャロルは見逃さない。

 リネアの視線が、ほんの一瞬だけ――
 キャロルの指先へ、正確に落ちた。

 昨夜、クリスに握られた手。
 まだ微かに、熱が残っているように感じる手。

「ありがとう、リネア。来てくれて嬉しいわ」

 キャロルはあくまで柔らかく返した。

 リネアは胸に手を当て、うっとりしたように言う。

「殿下が……あんなふうに、みんなの前で宣言なさるなんて。
 お姉さまは、本当に愛されていらっしゃるのですね」

 言葉だけ聞けば、純粋な祝福。

 だが、次の一言は――
 ほんの少しだけ音が違った。

「……羨ましいです」

 小さく落とされた声。

「リネア?」

「いえ、違うんです。羨ましいのは、お姉さまが、というより――」

 リネアは微笑んだまま、言葉を選ぶように瞬きをする。

「お姉さまが、もう“遠い人”になってしまうみたいで……少し、寂しいだけ」

 その言い方は、あまりにも上手だった。
 相手の心をくすぐり、罪悪感を芽生えさせ、つなぎ止める言い方。

(……前世でも、こうして私は縛られていった)

 キャロルは心の奥で静かに息を整える。
 顔には、変わらぬ微笑を貼りつけたまま。

「私は変わらないわ。リネアは私の大切な家族よ」

「……本当?」

「本当よ」

 リネアはほっとしたように息を吐いた。
 その肩が、小さく緩む。

 だが、そこで彼女はぱっと表情を明るく変えた。

「そうだ、お姉さま! 今日は贈り物があるんです」

「贈り物……?」

「はい。昨夜の夜会の記念に。
 お姉さまに、もっとお似合いになるものを……と思って」

 侍女が一歩進み出て、小さな箱を差し出した。
 白い絹で包まれた、繊細な装飾。

 箱を開けると、そこには――
 薄桃色のリボンが巻かれた香油の瓶と、小さな宝石箱。

 甘い香りがふわりと広がった。
 花と蜜を混ぜたような、心を緩ませる匂い。

「まあ……綺麗」

 キャロルがそう言うと、リネアは嬉しそうに頷く。

「王宮で流行っている香りですの。
 “可憐な王妃様”にふさわしいって……皆さん仰るんです」

 可憐な王妃。
 その言葉が、胸の奥で小さく鳴った。

(“皆さん”……誰が?)

 リネアはさらに宝石箱を開き、銀細工の指輪を見せた。
 月光石が小さく光る。

「殿下に握られた手に……指輪があったら、もっと映えると思って」

 キャロルは一瞬、呼吸を止めた。

(手に、映える――)

 それは祝福の言葉に見えて、実は“印”だ。
 誰のものか、誰に愛されているか、周囲に示すための印。

 リネアはその指輪を、キャロルの指へ通そうとした。

 キャロルは、やさしく手を引いた。

「ありがとう。……でも、今は、まだいいわ」

 リネアの瞳が、一瞬だけ揺れた。

「……どうして?」

「殿下からいただくものは、殿下からいただきたいの。
 あなたの贈り物が嫌という意味ではないわ」

 言い方を間違えれば、相手を傷つける。
 だから、丁寧に。

 けれどリネアは、笑顔のまま固まった。

 次の瞬間、彼女はふっと笑って、明るい声を作った。

「……そうですよね! 私、余計なことをしてしまいましたね」

「余計なんて」

「いいえ。だって私、お姉さまに似合うと思っただけですもの。
 お姉さまは、“強い方”だから――」

 言葉がふわりと落ちる。
 褒め言葉の形をした針。

 強い。
 つまり、可憐じゃない。
 守られるべきじゃない。

(……始まった)

 キャロルは確信する。

 贈り物はただの贈り物ではない。
 香りは、印象を作る。
 指輪は、所有を示す。
 そして“可憐”という理想像で、キャロルを型に押し込める。

 それは支配だ。
 やさしさの顔をした支配。

 キャロルは微笑みを崩さず、香油の瓶をそっと持ち上げた。

「香りは、ありがたく使わせてもらうわ。
 あなたの気持ちは、嬉しい」

 リネアの表情がぱっと明るくなる。

「本当ですか? よかった……!」

(でも――これを使えば、何かが起こるかもしれない)

 前世の記憶が警鐘を鳴らす。
 香りは、時に“言い訳”にもなる。

 ――眠った。
 ――気分が悪くなった。
 ――ふらついた。

 その原因として、香油が利用される可能性。

(毒ではなくても、毒になる)

 キャロルはそっと瓶を戻し、蓋を閉じた。

 リネアは安心したように胸を撫でおろし、キャロルの腕にそっと触れた。

「お姉さま。これからも、私に頼ってくださいね」

「ええ」

 キャロルは頷いた。
 頷きながら、心の奥で静かに呟く。

(頼るふりをして、私は観察する)

(あなたの“糸”の結び目を、必ず見つける)

 そのとき、扉の外で足音が止まった。

 控えめなノックの後、低い声が響く。

「……キャロル。入ってもいいか」

 クリス。

 リネアの指先が、きゅっとキャロルの腕を掴んだ。

 微かな力。
 甘い独占。

「殿下……! どうぞ」

 リネアが先に答える。
 まるでこの部屋の主のように。

 扉が開き、クリスが入ってくる。

 灰青の瞳が、まずキャロルへ――
 次に、リネアの腕の位置へ落ちた。

 一瞬、空気が凍る。

「……義妹殿もいたのか」

「はい。昨夜のお祝いをお姉さまにお伝えしたくて」

 リネアはにこやかに微笑む。
 無垢な天使のように。

 クリスは短く頷いた。

 そして、キャロルの手元の箱へ視線を移す。

「……それは?」

 キャロルは穏やかに答えた。

「リネアからの贈り物です。香油と……指輪」

 クリスの瞳が、わずかに暗くなる。

「指輪……」

 声が低く沈む。

 リネアが可憐に首を傾げた。

「殿下。お姉さまにお似合いだと思ったんです。
 でも、お姉さまは“殿下からいただきたい”って」

 その言い方が上手すぎた。
 まるで、“私は身を引く”と言いながら、相手の心に針を残す言い方。

 クリスの視線が、キャロルへ戻る。

「……そうか」

 短い返事。

 しかし、その声には、抑えた熱が滲んでいた。

 キャロルは、軽く会釈する。

「殿下。昨夜のこと、改めて申し上げます。
 私は、殿下の意思を大切にしたいのです」

 それは距離を守る言葉でもあり、
 彼を刺激しすぎないための言葉でもあった。

 クリスは小さく息を吐く。

「……分かった。後で、二人で話す」

 リネアが微笑んだ。

「もちろんです。お姉さま、殿下。
 私はお邪魔をしないように、すぐに――」

 そう言いながら、彼女の指先はまだ、キャロルの腕に触れたままだ。

 見えない糸。

 キャロルはその糸を、静かにほどくように、そっと腕を引いた。

「ありがとう、リネア。……気をつけて戻ってね」

 リネアは一瞬だけ目を見開き、
 すぐに柔らかく笑った。

「はい。お姉さま」

 その笑顔の奥に、
 ほんの少しだけ冷たい光が宿ったことを――
 キャロルは見逃さなかった。
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