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第二十五章 「追う者と、逃げる者 ― クリスの懺悔、キャロルの拒絶」
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夕暮れが王宮の回廊を染めていた。
高窓から差し込む橙色の光が、石床に長い影を落とす。
キャロルは歩いていた。
歩幅は一定で、迷いはない。
――その背を、追う足音があった。
「キャロル、待ってくれ」
息の乱れた声。
王太子としてではなく、一人の男としての声。
キャロルは立ち止まらない。
「……殿下」
振り返らずに答えるその呼び方が、もう距離を示している。
クリスは彼女の前に回り込み、道を塞ぐように立った。
「頼む、少しだけでいい。
今度は……逃げない」
キャロルは、ようやく足を止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
青い瞳は澄んでいて、揺れていない。
「殿下。
“追いかける”立場に、慣れておられないのですね」
その静かな指摘に、クリスは息を詰める。
「……俺は、間違っていた」
やっと絞り出すように言う。
「君を強いと思い込んでいた。
何を言われても、何をされても――
君なら耐えられると」
キャロルの表情は変わらない。
ただ、わずかに睫毛が伏せられた。
「……殿下は」
静かな声。
「リネアと一緒にいても、傷つかないと思っていましたの?」
クリスの喉が鳴る。
「……そんなつもりは……」
「私が“強い女”だから?」
畳みかけるように、しかし声は荒げない。
「……強いのではありません」
キャロルは、はっきりと言った。
「泣くことも、怒ることも、
許されなかっただけです」
その一言が、クリスの胸を深く抉った。
「……俺は……」
言葉が続かない。
「君なら大丈夫だと……
そう、思っていた……」
キャロルは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
(やはり、この人は――)
(私を“信じて”いたのではない)
(“耐える役目”を、私に与えていただけ)
目を開いたとき、そこにはもう感情はなかった。
「殿下」
声は穏やかで、残酷だった。
「それは“信頼”ではありません。
ただの、甘えです」
クリスの肩が落ちる。
「……違う。
俺は君を、愛している」
必死な告白だった。
だがキャロルは、首を振る。
「殿下。
“愛している”と言えば、すべてが許される関係は
とっくに終わっています」
静かに、しかし明確に。
「私はもう、
誰かの判断ミスを引き受ける役目を降りました」
クリスの目に、初めてはっきりと恐怖が浮かぶ。
「……俺は、どうすればいい」
縋るような声。
キャロルは、少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「それを考えるのは、殿下ご自身です」
そして、決定的な一言を告げる。
「私はもう、
殿下の“選択の結果”を引き受けません」
沈黙。
追う者は、言葉を失い。
逃げる者は、もう振り返らない。
「キャロル……」
名を呼ばれても、彼女は応えなかった。
歩き出す背中は、迷いなく、凛としている。
クリスは、その背を見送りながら悟った。
これは喪失だ。
まだ手に入れてもいなかったものを、
永遠に失ったのだと。
回廊に残るのは、
追いかけることしか知らなかった男と、
もう戻らない女の残像だけ。
キャロルは心の中で、静かに呟く。
(私はもう、逃げていない)
(選んだのは、私)
そしてその選択は、
誰にも覆せないほど――確かだった。
高窓から差し込む橙色の光が、石床に長い影を落とす。
キャロルは歩いていた。
歩幅は一定で、迷いはない。
――その背を、追う足音があった。
「キャロル、待ってくれ」
息の乱れた声。
王太子としてではなく、一人の男としての声。
キャロルは立ち止まらない。
「……殿下」
振り返らずに答えるその呼び方が、もう距離を示している。
クリスは彼女の前に回り込み、道を塞ぐように立った。
「頼む、少しだけでいい。
今度は……逃げない」
キャロルは、ようやく足を止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
青い瞳は澄んでいて、揺れていない。
「殿下。
“追いかける”立場に、慣れておられないのですね」
その静かな指摘に、クリスは息を詰める。
「……俺は、間違っていた」
やっと絞り出すように言う。
「君を強いと思い込んでいた。
何を言われても、何をされても――
君なら耐えられると」
キャロルの表情は変わらない。
ただ、わずかに睫毛が伏せられた。
「……殿下は」
静かな声。
「リネアと一緒にいても、傷つかないと思っていましたの?」
クリスの喉が鳴る。
「……そんなつもりは……」
「私が“強い女”だから?」
畳みかけるように、しかし声は荒げない。
「……強いのではありません」
キャロルは、はっきりと言った。
「泣くことも、怒ることも、
許されなかっただけです」
その一言が、クリスの胸を深く抉った。
「……俺は……」
言葉が続かない。
「君なら大丈夫だと……
そう、思っていた……」
キャロルは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
(やはり、この人は――)
(私を“信じて”いたのではない)
(“耐える役目”を、私に与えていただけ)
目を開いたとき、そこにはもう感情はなかった。
「殿下」
声は穏やかで、残酷だった。
「それは“信頼”ではありません。
ただの、甘えです」
クリスの肩が落ちる。
「……違う。
俺は君を、愛している」
必死な告白だった。
だがキャロルは、首を振る。
「殿下。
“愛している”と言えば、すべてが許される関係は
とっくに終わっています」
静かに、しかし明確に。
「私はもう、
誰かの判断ミスを引き受ける役目を降りました」
クリスの目に、初めてはっきりと恐怖が浮かぶ。
「……俺は、どうすればいい」
縋るような声。
キャロルは、少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「それを考えるのは、殿下ご自身です」
そして、決定的な一言を告げる。
「私はもう、
殿下の“選択の結果”を引き受けません」
沈黙。
追う者は、言葉を失い。
逃げる者は、もう振り返らない。
「キャロル……」
名を呼ばれても、彼女は応えなかった。
歩き出す背中は、迷いなく、凛としている。
クリスは、その背を見送りながら悟った。
これは喪失だ。
まだ手に入れてもいなかったものを、
永遠に失ったのだと。
回廊に残るのは、
追いかけることしか知らなかった男と、
もう戻らない女の残像だけ。
キャロルは心の中で、静かに呟く。
(私はもう、逃げていない)
(選んだのは、私)
そしてその選択は、
誰にも覆せないほど――確かだった。
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