混沌藍皿

柏木あきら

文字の大きさ
17 / 24

17.国営マーケットの夕陽

しおりを挟む
 翌朝エミリオの姿は国営マーケットにあった。
「エミリオ、久しぶりじゃない? 待ってたわよ」
 【混沌の蒼】の常連客である女性はマーケットが始まってすぐ立ち寄ってきて、大きな声で笑う。早くも店に来てくれる客が数名いてエミリオは嬉しくてたまらない。
「他のマーケットに出てたからね。でもいいものをたくさん仕入れてきてるよ。ほらこのグラスなんてどう」
 話をしている間にも別の客が店を覗きに来る。地方のマーケットものんびりしていていいけれど、大勢の客とこうして触れ合うこのマーケットが好きだなあとエミリオはつくづく感じた。
 バタバタしているうちに昼を超え、空腹を覚え出した頃にトトが手にパンが入った紙袋を持ってきた。
「いやに繁盛してるからさ、買い出しもいけないかと思って」
「神さまかよ!」
 紙袋を受け取ると早速中にあったパンを口に咥える。ふんわりとした生地がほんの少し甘くて美味しい。店の一角で木箱の上に座りパンを味わう。

「そう言えばあいつ来るかな」
 隣に座り、同じくパンを齧りながらトトがつぶやいた。あいつとはアノンのことだろう。トトはトーヴでのマイムとの出来事を知らない。エミリオはそうだなぁと苦笑いをする。
「もう来ないかもな。アイツが欲しがっていたものはないから」
 それを聞きトトはいつもプレートがあった場所を振り向き驚く。あれだけ大切にしていたプレートがそこにないからだ。
「アイツに売ったの?」
「いいや、訳あって手放した」
 トトはキョトン、としていたがエミリオはその先を言わないから彼もまた聞かない。プレートが鎮座していない棚はなんだか寂しいけどそのうち慣れるだろう。そしてアノンが来なくなることも、慣れるはずだとエミリオは大きな背伸びをした。

 午後からも忙しく、気がつけば日が傾き、夕焼けがあたりを照らしていた。エミリオは今日はやけに夕陽が綺麗だなと思いつつ人々が行き交う通りをぼんやりと見ていた。閉場時間が近くなり、さすがに客足も途絶えてきた。あとしばらくすれば終わりの合図の鐘が鳴るだろう。ふと、人並みの中に黒いコートの男を見つけ目がそちらを追う。だがそれは彼ではなかった。また目で追いかけてしまった自分にため息をつき、本棚の整理をしようと屈んで作業をしていると後方から足音がして声をかけられた。
「おい」
 頭上からのその声に頭をあげると、そこにはいつもの黒いコートを着たアノンがいた。
 赤い瞳を向け、エミリオを見つめている。驚いたエミリオは思わず持っていた本を落としてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...