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6話 酒場

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 リオンと呼ぶようになった女性に引っ張られてグリムは町の中に入った。

 町に入る頃には太陽が沈み、町の街灯に明かりが灯っていた。

 シンデレラの世界、と彼女は言っていた。いくつもの世界を旅する中でグリムがシンデレラの世界にやってきたのはこれで2回目だった。

 世界は物語の数だけ存在する。また同じ物語の世界がいくつも存在することもあった。基本的に物語の流れに違いはないが、細かい部分で差異が生じることもある。グリムの経験上、同じ物語でも町や城の作りなどは異なることが多かった。

「着いたわ」

 掴まれていた腕が離される。彼女の視線の先を見ると目的地は周りの家とそれほど形に違いはなかった。入口のドアの前にオープンと書かれた立て看板が置かれているだけで果たしてここは本当に宿屋なのかと疑ってしまう。

「入るわよ」

 扉にノックをせずにリオンはそのまま家の中に入っていく。
 後を追うようにグリムも中に入るとカランと扉の内側に取り付けられていたベルの鐘の音が鳴った。

「マスター、今日は席あいているかしら?」

「いらっしゃい、まだ誰もきていないから貸し切りだよ」

「あなたのお店つぶれるんじゃないの?」

「余計なお世話だ」

 リオンの軽い冗談に対してマスターと呼ばれた無精ひげを生やした男は笑いながら返事をする。

「誰かを連れてくるなんて珍しいじゃないか、そちらの兄ちゃんは?」

 グリムを見てマスターと呼ばれた男は軽く目を見開いた。

「旅人よ」

「旅人ってことは……「白紙の頁」の所有者か!」

「うーん、なんて説明したらいいのかしら……」

「まぁ、そんなところだ」

 リオンが言葉に詰まる様子を見てグリムは助け船を出す。「頁」を持っていない事実を全員に話していたらきりがない事をグリムは過去の経験から理解していた。

「俺はこの世界以外の人間を見るのは初めてだ」

「私も初めてだったわ。それよりもマスター、私たちはどこに座ればいいのかしら?」

 せかされるように言われたマスターは「こっちだ」と手前の空いている席を指さす。
 リオンはありがとう、と言うとそのまま席へと向かった。グリムも後を追って椅子に座る。

「とりあえずビールを一杯ね」

 シンデレラの姉はマスターと呼んだ店主に注文をする。

「あなたもお酒は飲めるわよね?」

 問いに対してグリムは頷くと彼女はすぐに同じものを注文する。まもなくして同じお酒が二人の前に置かれた。

「それじゃ、まずは乾杯しましょうか」

「お、おい……今夜の宿を紹介してくれるんじゃないのか」

「何よ、酒場に入ったらまず乾杯でしょ?」

 すでにグラスを手に持ちながらリオンは不満そうな表情をする。マスターと呼ばれる男やカウンターの裏側に置かれたいくつものお酒を見てうすうす感づいていたが、この場所はどうやら酒場のようだった。

「軽く一杯付き合いなさいよ」

 リオンはそういうと手に持ったグラスをこちらに向ける。他に当てもないグリムは断るわけにもいかず、自身の手元に置かれたものを持ちあげると彼女のグラスに軽くあてて乾杯した。

    ◇

「……何よあなた全然飲んでいないじゃない」

 グリムが口をつけたグラスの中身を見ながらリオンは頬を膨らませる。

「お前の飲むペースが速すぎるんだ」

「そんなことないわよ」

 リオンは手に取った5枚目のビールを一気に飲み干しながら平然とした態度で話す。

「そんな事あるだろ……」

「マスターおかわりね」

 呼ばれたマスターは6杯目のビールを持ってくる。
 飲み始めてからまだ30分もたっていないが、すでにリオンはグリムの3倍近くのお酒を飲んでいた。

「おまえ、大丈夫か?」

「この程度なら平気よ」

 けろりとした様子で彼女は即答する。彼女の言う通り、多少顏が紅潮している程度で酔いつぶれそうな雰囲気ではなかった。

「そろそろ当初の目的を果たしてほしいんだが……」

 グリムがそう言うとリオンは飲みかけていたグラスから口をはなし、「目的?」と首をかしげて忘れたかのような素振りを見せる。

「お、おい大丈夫なんだよな?」

「冗談よ……あ、マスター今日からしばらくこの人をここに泊めてあげなさい」

 息を吐くように当初の目的をマスターに対して告げたリオンを見てグリムは口に含んでいたお酒を思わず吹き出しそうになる。

「さらっと挨拶みたいに言うな」

「あら、はじめからそのつもりでここに来たのよ?」

 そうなのかと一瞬納得をしかけるが、冷静に考えていきなり見ず知らずの別世界からやってきた人間を泊めてくれるなど都合がよいにも程がある。普通に考えると断られるかもしれないとグリムは店主の顔を見る。

「2階の奥の部屋が空いているからそこを好きに使ってくれ」

 しかし、マスターはリオンの言葉を聞いて素直に首を縦に振った。

「い、良いのか?」

「意地悪なシンデレラの姉のわがままは今に始まった事ではないからな」

 マスターはリオンを軽くからかいながらビールを置き終えるとカウンターの方へと戻っていった。リオンは受け取ったグラスを持ちながら離れていく店主に誰がわがままよ、と文句を垂れていた。

「これであなたの宿問題は解決ね、それとあなた明日の予定はあるのかしら?」

「特に決まっていないな」

「それなら明日は朝7時にこのお店の前に集合よ」

 言い終えるといつのまにか手に付けていた7杯目のビールを一瞬で飲み終える。

「次飲むときは私のペースに合わせなさいよ」

「それは無理だ」

 何よ、と文句を言いながらリオンは席を立った。カウンターに立っていたマスターに支払いを済ませると扉の前でくるりとこちら側を向く。

「寝坊するんじゃないわよ」

 言い終えた彼女はそのままお店を出て行った。


    ◇


「…………」

「すげぇ女だろ?」

 一人残されて呆然としていたグリムを見たマスターが話しかけてくる。

「あいつはいつもあんな感じなのか?」

「そうだな」

 マスターはそういって笑いながら机の上に置かれたグラスを片付ける。

「そういえば兄ちゃんさっきあの『意地悪なシンデレラの姉』の事を変わった名前で呼んでいなかったか?」

「……名前の事か」

 グリムの返答にマスターは「それだ」と言葉を返しながら片付けたジョッキを洗い始める。

「意地悪なシンデレラの姉に名前なんてないだろ?」

「そうだな」

「あんたが名前をつけてやったのか?」

「まぁ……な」

 名前を付けると言われると大層なものになってしまう。肯定することに若干の抵抗はあったが、否定するのも話がややこしくなってしまうと適当に答える。

 ふーん、と興味のなさそうな反応をする店主を横目にグラスに残っていたお酒に口をつける。


「……でも、あいつに名前がついたことは良かったかもな」

「?」

 グリムが注がれていたお酒を飲み終わる頃にマスターは視線を洗い物に向けながらそうつぶやいた。

「俺にはよくわからないが、あいつは気にしてたからよ」

 シンデレラの物語の中に登場する意地悪なシンデレラの姉には名前はない。

 この世界でも彼女に名前はなかった。

 物語の中で名前を与えられる人間は少ない。目の前のマスターのように名前を持っていない事に対して疑問を持たない方が自然だった。

「そりゃ、皆から意地悪なシンデレラの姉と呼ばれていたら嫌だろ」

「この町の人々は特徴というか、与えられた役割でよんでいるだけで悪意はないけどな」

 俺なんてろくな役割も書かれていない、とマスターは笑う。

 世界からろくな役割を与えられない者と与えられた役割がまともでない者。そのどちらが恵まれているのか......それはいくつもの世界を旅してきたグリムにも答えられるものではなかった。

「寝床とかは最低限手入れしてあるからもう先に上がってきな」

 マスターは扉を開けて、外側に立てかけられていたオープンと書かれた看板をしまいこみ、クローズと書かれたものに入れ替える。今日はもう店じまいという事だろう。

「そうさせてもらう、ありがとう」

「明日も朝早くからあの『意地悪なシンデレラの姉』……じゃなかった、リオンに付き合うんだろ、大変だと思うが……あいつは良い奴だからな」

「良い奴か……」

 マスターの言葉の最後の部分をグリムは復唱する。


 変わった女だと思った。グリムのような見ず知らずの人間を助けるお人よしは滅多にいない。「頁」を持たない人間を気味悪く思って接する人間のほうが多いくらいだった。

「そうだな」

 グリムは一言だけ告げてそのまま2階に上がった。
 店主が言った通り、明日も朝が早い。寝坊しない為にも大人しく部屋に入り、そのまま寝床についた。
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